あれから5年後。
僕はいつの間にか35歳になって、いい大人になっていた。
そして、僕が作ってしまった200万円の借金をあと一カ月で完済できる。
この5年間、本当に長く感じたし辛い時もあったが、いつだって小林さんが支え続けてくれて鈴村と励まし合って今日までやってこられた。
鈴村もだいぶ借金が減って、少し余裕が出てきた様子。
今ではすっかりギャンブルに見向きもしなくなり、穏やかな生活を送っている。
「あなた、今日は何時頃お帰りになるの?」
「今夜は20時になりそうだ。
新しい取引先と打ち合わせがあるんだ」
「わかったわ、無理せず頑張ってくださいね」
そう、僕は小林さんに告白をして付き合うようになり、結婚したのだ。
最初は断れても仕方ないと思っていたんだ、僕には借金があるからそんな奴と一緒になりたくないだろうなって。
だけど、彼女は快く僕を受け入れてくれたんだ。
人生で一番の賭けだったような気がして、僕は不思議な気分になった。
何だか、全ての運を使い果たしてしまったような気がするが・・・。
「今まで君がいてくれたから、今日までやってこられた。
本当に、ありがとう」
「初めてありがとうって言ってもらえた・・・」
「すまない、今まで言えなくて・・・」
「いいんです、これからもずっとあなたと一緒に居られますから。
気を付けて行ってらっしゃい!」
「ああ、行ってきます!」
そうか・・・初めてありがとうと言ったのか、僕は。
もっと早く言ってあげればよかった・・・いつでも言えると思ったがそうじゃないんだな。
こんな幸せが待っていたなんて・・・もしかしたら僕がギャンブルで運が回ってこなかったのは、こんな未来が待っていたからだったのだろうか。
だったら、あの時ギャンブルに運が回ってこなくて良かったと思える。
あの時、ギャンブル運が良ければ、今頃こんな生活は出来ていなかっただろうからな。
ギャンブル運が良かったら、きっとあの生活から抜け出せなくなっていたに違いない。
そう考えれば、本当に成功していなくて良かったと思う。
「おはよう、今日も早速仕事始めようぜ!」
「おはよう、鈴村」
そして、僕たちは夢を叶えたのだ。
デザイン事務所を開きたい、その夢を叶えることに成功して小さな事務所を持った。
資金が少ないから人を雇える余裕なんてないが、今は僕と鈴村の二人で始めて行こうと考えている。
僕たちのことを話したら会社のみんなも応援して祝ってくれたから、やっていける。
もちろん、彼らとも取引をしているから別れただけじゃない。
これは再びみんなと出会うための新たなスタート。
僕も鈴村も分からない事ややったことが無いこともあるけれど、乗り越えていけると信じている。
だって、今までもそうやってやってこられたのだから、きっと大丈夫だ。
「中村、仕事が終わったら久々にパチンコでも行くか?」
「ははっ、冗談だろ?」
僕たちは笑いながら言い合った。
こんな風に冗談で言えるくらい、ギャンブルに対して興味がなくなった。
話も出来るし、建物や看板を見ても何も感じなくなった。
あの頃は本当に何もかもを失った気でいたんだ。
消費者金融から金を借りてとんでもない金額の借金して、親に連絡をすれば関わるなっていうようなことを言われて。
イライラして仕事もまともにできなくなって、ミスばかりするようになって何もかもが嫌になってしまった。
色々な人を傷つけて現実から逃げて、何も見ようとしなかった。
嫌なことは考えない、嫌なものは一切見ない。
どうして僕は運が無いんだろうなんて考えたりもした。
それが今では、また信頼できる仲間がいてまた愛する人がいて。
僕を信頼してくれる人がいて、僕を愛してくれる人がいて。
それがたまらなく嬉しいんだ。
「鈴村、今までありがとうな。
これからもよろしく頼む」
「どうしたんだ、急に?
お前らしくないじゃないか」
「言える時に言っておきたいと思ったんだ」
鈴村は笑いながら、僕の背中をポンッと叩いた。
いつ何があるのか分からないから、伝えられる時に伝えておくのがいいと思った。
もう後悔なんかしたくないからな、ちゃんと言葉に出していかないといけない。
一緒に仕事をしながら分かったこともたくさんあるんだ。
ギャンブルは運任せかもしれないが、仕事は運なんかじゃやっていけないっていう事。
仕事は自分の力でどうにかしていくしかないんだ。
金を借りるのは簡単な事で、今は即日融資をしてくれるから簡単になっている。
だが、その金を生み出すのはすごく大変なことなのだと知った。
自分で汗水たらして稼いだ金を、ギャンブルをしてたった数分で失ってしまっていたのが、本当にもったいないと思ったんだ。
一生懸命に働いて稼いだ金をあんなふうに使ってしまうのは、もうやめる。
金の重みを知ったから、もう無駄遣いなんかするものか。
だから、僕も鈴村も完済したらキャッシングカードを破棄するつもりだ。
こんなもの、手元にない方がいいに決まっている。
「中村、来月で完済するんだろ?
やったな、ギャンブルはダメだったけどお前は運命を変える運を持っていたんだな。
俺も自分の運命変える運あるといいんだけどな・・・」
「大丈夫、鈴村だって自分の運命を変える運があるさ。
諦めずに前向きに考えることで、きっと運が向いてくるはずだ」
ギャンブルの運はからっきし。
でも、自分の運命を変える運を僕は持っていたようだ。
僕にとっての幸せは、ずっと僕のすぐ近くにあったのだと気が付く。
よく近すぎて見えないというが、それは本当だったんだな・・・。
小林さんと結婚することが出来て、愛してもらえて嬉しい。
一度は鈴村と険悪状態に陥ってしまったが、今ではこうしてお互いに信頼し合っている。
一緒に仕事をして、毎日充実させることが出来ている。
僕が立ち直ることが出来たんだから、彼だって立ち直れるはずだ。
何か不安なことがあれば、今度は僕が相談になりたい。
産まれて初めて、誰かの力になりたいと思った。
この気持ちを大事に育てていきたいと思う。
僕の運命はギャンブル依存症になって、そのまま借金地獄になって死んでいくのかとばかり思っていた。
それでも何も悔いなんかないと、あの頃の自分は思い込んでいた。
今では死にたくない、もっと色々なことを経験したりしたいと考えているんだ。
今まで現実から目を背けてきた分、今度はちゃんとしっかり現実と向き合う。
例え、辛くて苦しいことがあっても、もう決して目をそむけたりなんかしないぞ。
「お前、いい眼をしているな」
「ああ、守りたいものが出来たからな。
僕がしっかり守っていかないといけない」
今度は僕が小林さんを守っていくんだ。
彼女が泣いたり落ち込んだりした時、僕が力になってあげたいと思う。
小林さんが僕にそうしてくれたように、僕もそんな存在になりたいんだ。
周りから見れば、単純だなとか馬鹿だなって笑われるかもしれない。
それでもいいんだ、この気持ちに嘘なんかないのだから。
頑張ってもどうにもならないことがあることを知ったから、頑張らなきゃいけない時には頑張りたい。
どんなに注意してたって転ぶ時は転んでしまう。
だったら今をめいいっぱい楽しんだ方がいいと思うんだ。
まるで偉人の名言みたいだな。
「僕の人生、捨てたもんじゃなかったな。
彼女や君と会えて、僕は本当に幸せだ」
僕が笑いながら言うと、鈴村が涙ぐんだ。
あの時、もし自分の人生を捨ててしまっていたらこんな未来待っていなかった。
こんなにも笑顔の溢れる温かい世界を知らずに、死んでしまう所だった。
自分の運命を変えたのは僕自身じゃなくて、彼女。
だから、帰ったらちゃんと伝えよう。
最高の笑顔で“ありがとう”と。
今までは金に余裕が無くて、指輪も買ってあげられなかった。
数時間後、取引先との仕事が終わり僕は、ジュエリー店へと向かった。
彼女のエンゲージリングを購入して、家路へと向かって歩いていく。
鈴村の話では、シャンパンゴールドが人気らしい。
だから、その色にしてみたが気に入ってもらえるのか自信がない。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
彼女が玄関まで出迎えに来てくれた。
温かい笑顔で僕が手にしている鞄を取ろうとしたから、やんわり断りそのままリビングへと向かってソファに座った。
面と向かって口にするのは恥ずかしいが、言わなきゃ伝わらない。
僕が何か言いたそうにしている事に気が付いたのか、彼女はにこにこしながら僕を見る。
僕は深呼吸をしてから口を開いた。
「今まで君を傷つけたこともあったし、ひどいこともした。
謝ったって許してもらえないかもしれないが、本当にすまなかった。
だけど、いつだって君は僕を支え続けてくれた、光だったんだ」
「そんな大したこと・・・」
「君がいてくれたから、今日までやってこられた。
君と出会えて僕は、幸せです」
そう言って、エンゲージリングを渡すと彼女は泣き出してしまった。
それにつられて、僕も涙がこぼれて二人して泣きながら笑い合った。
僕の気持ち、ちゃんと伝わっただろうか?
今まで苦労させてしまった分、今度は僕が幸せにしてあげるんだ。
僕に出来ることを、今後していけたらいいなと思っている。
そして、再び誓った。
もうギャンブルになんか手を染めないことを。