久々の休日、俺は駅前のパチンコ屋へと向かった。
自分がギャンブルを克服できたのか、どうしても知りたくなってきてしまった。
午前中からパチンコ屋へ行き、にぎやかな店内へと足を踏み入れる。
そこはとてもうるさくて懐かしい気分がしたけれど、不思議と闘志を燃やすことはなかった。
どうせ勝てるわけがないと思っているし、金の無駄遣いのような気がして手を出そうとは思わなかった。
あの頃はいつも“今日は勝てる気がする!”なんてよくわからない事を自信満々に言っていたけれど、今思い返すとバカバカしい。
勝てる気がするって、あくまでも“気がする”だけで断定ではない。
それなのによくもまぁ、あそこまで行動することが出来たなって思ってしまう。
余程周りが目に見えていなかったのだと知る。
賑やかな店内を見回していると、片隅で倒れている人物を見つけた。
あれは・・・・神沼?
酷く顔がやつれていて顔色も悪いし、来ている服も何だかボロボロでみすぼらしい感じになっている。
闇金に手を出してから、別人のようになってしまった。
あれからどうなったのかと気にはしていたけれど、もう声を掛けることすらためらってしまう。
「お客さん、そんなところで倒れられたら他のお客さんの邪魔になります。
退店していただいていいですか?」
「・・・なんだとッ!!」
店員に注意されて、神沼が怒りを露わにしている。
昔は感情豊かな奴で短気な奴じゃなかったのに、今ではすぐカッとなるようだ。
ギャンブルは身を亡ぼすと言うが、本当にその通りだった。
俺はいつの間にかしなくなっていたわけだが、神沼はどっぷりギャンブルにハマって堕ちるところまで堕ちてしまったようだ。
一歩間違えていたら、俺も神沼のような人生を送っていたんだろうか。
・・・そう思うと急に怖くなってきた。
神沼と店員がもめているから、やじ馬たちがやってきた。
皆して神沼を店の外へと連れ出している姿を見て、胸が痛くなった。
きっともうすでに自己破産もしていて、生活に苦しんでいるんじゃないかと思う。
だからといって、俺にしてあげられることは何もない。
神沼が店から離れていくのを確認してから、俺はパチンコ屋を後にした。
やっぱり、もうギャンブルには興味がない。
自宅へ戻り、今まで買い集めていた競馬雑誌やパチンコ雑誌、カジノに関する雑誌なども紐で縛ってまとめていく。
「ふぅ・・・これで片付いたかな」
雑誌をまとめたら思ったよりも室内がきれいになった。
つまりそれだけ、ギャンブル雑誌を大量に買い込んでいたという事になるから、本当金の無駄遣いだと思った。
何より、カジノで200万近く使ってしまったことが悔やまれる。
ギャンブルなんてしていなかったら今頃、もう少し貯金できていたはずだと言うのに。
自分が情けなくて呆れてしまう。
だけど、これからまた頑張っていけばいいんだ。
部屋の片づけをして、それから夕食の買い出しへ行くことにした。
近場のスーパーには目当ての材料が無くて、少し離れたスーパーへと向かった。
少し離れたスーパーは品揃えが良いから目当ての食材が買えて便利だ。
カゴを手にして店内を端っこから順に回っていくが、珍しい食材も用意されていて見入ってしまう。
食べてみたいがどんなふうに料理すれば良いのか全く分からなくて、手を出すことが出来ない。
急に寒気がして、俺は体を震わせた。
「風邪でも引いたかな・・・」
今まで忙しくしていて睡眠時間も不規則だったから、免疫力が下がって風邪でも引いたか?
そう思い歩いていると離れた先に見覚えのある人物が。
その人物を見て、俺は思わず最悪だと思ってしまった。
何故なら、俺の視線の先には日向の姿がったから。
せっかく会社を辞めて顔を合わせなくて済むと思っていたのに、ここで現れるかな・・・。
しかも、この休日に限って姿を見てしまうとは、本当にツイてない。
向こうはまだ俺に気が付いていないから、俺はさりげなく気配を消して商品棚の陰に隠れた。
見つかると何かとうるさいし、どうせまた嫌味しか言われないからな。
暫く日向を観察していると、あるお肉コーナーで立ち止まったまま。
何だ・・・肉を買うか迷っているのか?
その時、店員がやってきて割引シールを貼り始めて、貼られたパックを手にしてカゴへ入れていく日向。
もしかして、割り引かれるまでずっと待っていたのか?
節約家と言うかケチと言うか・・・俺には器の小さい男にしか見えない。
一度悪いイメージがついてしまうと、どうしても・・・。
すると、日向が急にその場から走り出したから俺も慌ててあいつの後を追った。
どこへ行くのかと思いきや、タイムセールをしている人混みの中へと自ら紛れ込んだ。
タイムセールを待っていたのか?
何だか良く分からないが、節約していることには間違いなさそうだ。
その時、誰かに肩を叩かれて俺はびっくりしてしまった。
「・・・久留宮先輩、脅かさないで下さいよ!」
「悪い悪い、お前を見かけたものだからさ。
やっぱりあいつのことが気になるか?」
「いや、たまたま見かけただけですよ」
そう、偶然見かけたから見ていただけで別に興味があるわけではない。
目の前に現れたから見てしまった、ただそれだけの事。
久留宮先輩は用事を済ませた帰りに、スーパーへ入っていく俺の姿を見かけて入って来たらしい。
見られていたなんて全く気が付かなかった。
久留宮先輩は日向を見て、気まずそうな表情をしている。
何かあったんだろうか。
そのままレジへと向かっていく日向は、周囲をやたら気にしている様子で落ち着きがなかった。
会社にいる時とはまるで別人のようだ。
ひっきりなしに周囲を警戒しているが、何かやらかしたのか?
俺がそんなことを考えていると、久留宮先輩が口を開いた。
「先日お前が急に会社を辞めただろ?
その時のことを部長に言われたらしく、デザイナーからも色々言われたんだ。
退職までは行かなかったが、かなり減給されて生活が大変みたいなんだ」
先日俺が会社を辞めたことがキッカケで、減給された?
詳しい話を聞くと、あの出来事はほとんど日向が悪かったことを知り部長が上司と相談をして減給にしたのだとか。
最初は退職してもらう話も出ていたようだが、日向がそれだけはどうしても、という事で結局減給になってしまったらしく、一定の期間だけではなくて今後も変わらないらしい。
大きな損害を出してしまったから、その責任を負う事になったんだ。
もっと早くそうしてくれていればと思ったが、あの時の判断が間違っていたのだと気が付いてもらっただけでもいいと思った。
いつまでも根に持つのも良くないから、この件はこれで終わりにしよう。
「あと、日向が最近ギャンブルを始めている様なんだが・・・。
三代澤、お前もパチンコ屋であいつを見かけたりしていないか?」
「いえ、俺はもうギャンブルはしていませんから。
日向のヤツ、ギャンブル始めたんですか?」
「ああ、ここ最近になってかららしいんだが、出入りしている姿が目撃されている。
もしかしたら、お前のようにハマってしまうんじゃないかと思ってさ」
それはどうだろう・・・日向はギャンブルする奴を見下すような性格だ。
見下している人間と同じような真似はしないんじゃないかと思う。
憂さ晴らし程度にギャンブルを楽しんでいるんだろう。
まぁ、あいつがギャンブルに染まろうとも俺には一切関係がないから、どうでもいいことだ。
ただ、久留宮先輩が心配そうな表情をしている。
そんなにあいつが気になっているのだろうか。
それから久留宮先輩と食事をしてから別れることになった。
後日。
俺は仕事をこなしつつもプライベートも充実していた。
彼女はいないけれど、休みは休みで自分のやりたいことをするようになったから。
そして、久留宮先輩が心配していたからとあるパチンコ屋へと向かった。
久しぶりの賑やかな環境に懐かしさを感じつつも、店内を歩き回っていく。
相変わらずガラの悪い連中が集まっているが、皆ギャンブルを楽しんでいる様子。
がやがやする店内をきょろきょろしながら歩き回っていく。
うーん、やっぱり都合よく見つかるわけないか。
そもそもギャンブルをしていると言っても、このパチンコ屋へ来ているとは限らない。
帰ろうとした時、どこからが怒鳴り声が聞こえてきた。
何だ、誰だ騒いでいるのは。
いくら頭に来たからといって、そんな大声で怒ることないじゃないか。
俺がその人物を確認すると、大声で怒っていたのは・・・日向と神沼だった。
あの二人、知り合いだったのか?
というよりも、本当にギャンブルに手を染めていたとは・・・。
「・・・三代澤?」
「?」
「三代澤じゃないかよ!
お前もギャンブルしに来たのか?」
二人に気付かれてしまい、俺は二人の方へと歩いていく。
精神的に参っているはずの神沼が、妙にテンションが高くなっている。
しかも、財布には札束がたくさん入れられている。
一体何があったんだ?
以前までは自己破産をしたせいか、すごく暗かったと言うのに。
その大金をどのようにして手に入れたのかという事も気になる。
何かを隠している事は間違いない。
日向は俺を無視してパチンコを打ち続けている。
神沼もパチンコを打ちながら、俺と話している。
「なぁ、日向、お前どうしてギャンブルなんかしているんだ?
俺の事をあんなに見下していたのに、お前も一緒じゃないか。
減給されて自棄になる気持ちはわかるが、ギャンブルに使ったら生活に困るだろう!」
「お前が俺の人生をめちゃくちゃにしたんだろうが!!
それなのに、偉そうに説教なんかしに来るなっつーの!
さっさと帰れよ、顔も見たくねーんだよッ!!」
「そうだぞ、人の人生に口出しするな。
三代澤、お前は何もかも順調だからそんなこと言えるんだよ!
いいよな、欲しいものが何もかも手に入る奴はさ」
そうか・・・神沼も本当は俺の事をよく思っていなかったのか。
それはそれで少しだけ寂しかった。
元はと言えば自業自得だと言うのに、どうして俺が悪いことになっているんだ。
日向だって俺の人生をめちゃくちゃにしたじゃないか。
俺はパチンコ屋の外へ出た。
賑やかだったところから急に落ち着いた場所に出てきたから、自然の音が小さく聞こえる。
耳がまだ普通に慣れていないせいで、すごく違和感がある。
俺は気持ちを落ち着かせるため、少し離れた場所まで自転車を走らせた。
やってきたのは、東京湾のすぐ近くで誰も居なかった。
自転車から降りて大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。
あんなことでイライラしていたら、無駄なエネルギーを使ってしまうから。
ふとあるものが目に入り、俺は海に浮かぶ“モノ”を見た。
「?!」
そこに浮いているのは、男性二人でどんな顔であるのか判断出来ないくらい殴られぐちゃぐちゃにされている状態だったが、俺はこの二人が何者であるのか分かった。
この服装は、かつて神沼の事を追いつめていた闇金の取り立て屋の男たちとまったく一緒。
死体となってここに遺棄されているのは・・・まさか・・・。