ここはどこだろう。
真っ暗で何も見えない状態が続いて、それでも何かの気配を感じる。
それが一体何の気配なのか分からず、でも悪い気は全くしない。
ただ最初、これが現実だと思っていたがこれは夢の中の話。
そうだと気が付いたのは、もう一人の俺が見えたから。
もう一人の自分は、楽しそうに大金を使ってパチンコやカジノをやっている。
勝つことは出来ていないが、それでも懲りずにギャンブルにのめり込んでいる。
あれが俺の姿・・・以前とは違うような気もするけれど、よくわからない。
第三者から見たら、俺はあんなふうに見えているという事なんだろうか?
うーん、どうなんだろう。
その奥にもかすかに何者かの姿が見え隠れしている。
仕事を頑張っているような、何だか忙しくしている様にも見える。
でも、それが何者なのか全くわからない。
急に眩しい光に照らされて、俺はゆっくりと目を覚ました。
「お目覚めになりましたか?」
「・・・ここは?」
目を覚まし目の前には真っ白な天井。
暖かな風が部屋へと入り込んできて、それが心地良い。
季節はもうすぐ夏を迎えようとしている。
目を開けたばかりで視界がぼやけてしまっているが、室内が真っ白という事だけは分かった。
視線をそらしてみると、そこには白い服を着た女性の姿があった。
その手には何かを持っていて、何かを調整しているように見えた。
もしかして、ここは病院か・・・?
でも、どうして俺が病院に。
いつの間にか運ばれたという事だろうか。
「ここは病院です。
三代澤さん、栄養失調で倒れてしまったんですよ」
「栄養失調?」
「最近、お食事をされていなかったのではありませんか?
お顔が浮腫んでいますし、血圧も下がっています。
一週間ほど入院していただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい・・・」
看護師に言われて、俺は変に言い返すことはしなかった。
何かを言い返すつもりは最初からないし、何だか疲労困憊しているような感じがして、話すのも気怠く感じる。
そうか・・・ここ最近はギャンブルに金をつぎ込んでいたから、食事はまともにしていなかったかもしれない。
ギャンブルばかり夢中になって、自分の事を考えていなかった。
食事はいつも適当に済ませていたから、とうとう栄養失調になってしまったんだ。
こんなになってしまったと言うのに、入院費がもったいなく感じてしまう。
入院しなければ、その分の金をギャンブルに充てることが出来るから。
何とかして早く退院する方法はないだろうか。
体を起こして、窓の外に目を向けると日差しが強く木々が緑色に輝いていた。
あっという間に春が過ぎて過ごしやすい季節となった。
前はあんなに寒かったのにな。
季節が変わると共に、俺もガラッと変わってしまっているのかもしれない。
「おう、三代澤!
倒れたって聞いたから見舞いに来たぞ~」
「?」
やってきたのは久留宮先輩だった。
どうして先輩が此処に・・・それに聞いたって誰から?
俺が黙っていると、小さな花束を差し出してきた。
お礼を言って受け取り、膝元へそっと花束を置いた。
色鮮やかな花が咲き誇っていて、本当に美しくて綺麗だと思った。
こんなふうにちゃんと見て綺麗だと思えるのは、久しくなかったように思う。
心が和んでとても落ち着く。
オレンジ色の花びらがキレイで、少しずつ元気が出てきた。
さすがビタミンカラーだ。
「なぁ、三代澤、いつ会社に戻ってくるんだ?」
「え?」
「あれから日向はすぐに戻ってきたが、お前は戻ってこないからさ。
皆お前の事心配して、気にしてるんだよ」
そうか、日向はあれからすぐ会社に戻ってきたんだ。
あんな失態を犯しておきながら、よくもまぁ戻れたものだ。
俺だったらもう二度と戻れないと思い、すぐ退職願を出すが。
そう言えば、だいぶ前に部長から携帯に電話が来たっけ。
すっかり忘れていたが、それは戻って来いという事を言いたかったのだろうか。
俺の事を心配して気にしてくれるのは嬉しいけれど、俺は戻るつもりなんかない。
少なくとも、日向が戻ってきたなら俺は戻らない。
また言い争うのも面倒だし、関わりたくもない。
そして、顔も見たくない。
「俺、戻るつもりないですよ。
大体、真面目に働いて金稼ぐのってバカバカしく感じませんか?」
「何を言って・・・」
「わざわざお見舞いありがとうございます。
俺は真面目に働いて稼ごうとは思いません。
ギャンブルで稼いだ方が早いって気が付いたから、戻るつもりはありませんので。
部長にそうお伝えください」
俺はそう言って、窓の外に目をやった。
もうあの会社に戻るつもりなんかないんだ。
真面目に働くのなんて、もうこりごりだ。
どうせ言い分も聞いてもらえないし、社畜みたいなもんじゃないか。
気力が無いんだよ、もう。
話をまともに聞いてくれなかった部長の下では働けない。
またあんなふうになるんだから、どうせ。
ギャンブルはいい。
自分の好きなタイミングで金を稼げるし、楽しめるから効率も良い。
すると、久留宮先輩が驚愕した表情をして俺を見てきた。
「そんなのお前らしくないじゃないか!
あんなに毎日頑張って仕事をしていたじゃないか!
今のお前より、ずっと楽しそうにしていたのに!」
俺らしくない・・・?
毎日頑張って楽しそうに仕事をしていた?
そうだったっけ?
よく覚えていないや。
以前の自分が全く思い出せない・・・そんなに頑張っていたのか?
俺が一人でそんなことを考えていると、久留宮先輩が寂しそうな表情をした。
どうしてそんな表情をするんだろう。
俺はあの頃と何が変わった?
ギャンブルすること以外に変わったことなんかないのに。
その時、久留宮先輩が俺の肩に手を置いてきた。
その手は微かに震えていて、先輩らしくなかった。
「三代澤、お前大分変っちゃったんだな・・・。
ギャンブルを始めてからお前、目がうつろになっているし性格も歪んで。
ろくに食事もせず、その分の金をギャンブルに使い込んでいたんだろ?
頼むから・・・もうギャンブルはやめてくれないか・・・頼む」
「・・・」
振るえたような声で久留宮先輩が言う。
ギャンブルを始めてから目がうつろになって、性格も歪んだ?
確かに以前よりもやる気とか気力がなくなったようには思う。
でも、そこまでじゃないと思っていた。
ギャンブルを始めてから、俺はそんなに変わってしまったのか?
ギャンブルってそんなに悪い物じゃないんだよ。
ただ、俺がのめり込みすぎているだけで、そこまで悪いものじゃない。
俺は少し言い返そうと思ったが、久留宮先輩があまりにも必死だから。
だから何も言えなかった。
ギャンブルを辞めたら、俺はどうなってしまうのだろうか?
自分が自分じゃなくなるみたいで、恐怖心がある。
「三代澤、このままギャンブルを続けていたら身を亡ぼすことになる。
今だって栄養失調で入院することになっているだろ?
・・・ギャンブルを断ち切って、一緒に仕事しないか?」
「・・・」
ギャンブルを続けていたら、身を亡ぼすことになる?
栄養失調になってしまったのは、俺が自己管理できていないのが原因だ。
だからギャンブルのせいじゃない。
そう久留宮先輩に言っても、ギャンブルは良くないと言われてしまった。
どうしてそんなにギャンブルを毛嫌いするんだろう。
そんな嫌なものじゃないのに。
楽しくできて、運が良ければ大金を手に入れることだって出来ると言うのに。
そういった話をしたら、久留宮先輩が泣きそうな表情を見せた。
先輩がそんな表情することないのに。
一緒に仕事しようと言われても、困ってしまう。
日向とは顔を合わせたくないし、正直、部長とも顔を合わせたくない。
一緒に仕事を出来る気がしないんだ。
「俺がもう一度部長にあの時の事を説明するから。
だから、戻って来い、三代澤」
今更説明したってもう遅いと思う。
それに部長は決してあの時の事を信じてくれないと思う。
連帯責任だと言って俺たちに出社停止命令を下したくらいだ。
あの話を蒸し返せば、またろくな目に遭わない。
もしかしたら、久留宮先輩が煙たがられてしまう可能性だってある。
そうなったら困ってしまう。
だから、何もしてほしくない。
「久留宮先輩、ありがとうございます。
ですが、何もしていただかなくて結構です。
面倒なことになるのは、もう御免ですから」
俺はあっさりと言い返した。
下手に手を出して、久留宮先輩に迷惑をかけたくない。
だから、何もしてくれなくていい。
俺がそう言うと、先輩はとても悲しそうな表情を見せた。
俺がやる気ないから、久留宮先輩にも諦めてほしい。
諦めてもらわないと何だか申し訳ないような気持ちになってしまう。
久留宮先輩は、それでも簡単には諦めないと言って病室を去って行った。
諦めてくれたらいいのに・・・。
だけど、久留宮先輩は俺にとって尊敬できる上司だし酷いことは言いたくない。
日向がいないと言うのであれば、少しは考えるかもしれないけれど・・・。
本当は、自分でもどうすれば良いのか分からなくなってきているんだ。