飲み過ぎたせいか、あれから何だか体調がすぐれない。
酒を飲み過ぎたせいでもあるし、嫌な夢を見て睡眠不足になっているせいかもしれない。
今後どうすべきなのか、正直迷っている時間なんかない。
こうしている間にも、俺の運命は破滅へと向かっているのだから。
他のギャンブル依存症の人間と違うのは、まだ俺には理性があるという事。
そして、自分の置かれている立場を少なからず理解しているという事だ。
完璧なギャンブル依存症ではないからこそ、苦しいのかもしれない。
そんなことを考えながら仕事をしていると、打ち間違えている事に気が付いた。
ヤバ・・・急いで直さないとまずいな!
俺は一人で打ち間違いを直していく。
「みんな聞いてくれ!
尚原くんがこの度昇格することになった!」
「おめでとう、尚原!」
「尚原さん、おめでとうございます!」
みんなが尚原に祝いの言葉をかけている。
そうか・・・尚原もいよいよ昇格したのか・・・。
それに比べて、俺はこんな簡単な資料も打ち間違えて直しているなんて・・・。
情けないと言うかなんというか・・・尚原とは同期で年齢も一緒だ。
それなのにここまで違うと言うのは、一体何なのだろうか。
とにかく、尚原が昇格したことは素直に嬉しい。
俺も後で何か言葉をかけよう。
今は周囲に囲まれているから、ゆっくり声をかけた方がいいだろうな。
「あいつはすごいな・・・。
俺たちなんかまだまだって感じなのにな」
「そうだな・・・」
尚原は借金をしていないし、ギャンブルもしていない。
消費者金融を利用した事も無いと話していたし。
もしかしたら、そこが俺たちとの大きな違いなのかもしれないな。
俺も保泉も借金をしているし、ギャンブルだってしているから。
仕事が出来る尚原にも彼女がいない。
それが本当に不思議なんだよな・・・いそうなのに。
そんなことを思いながら、打ち直しを続けていく。
全く、いつから打ち間違いをしていたんだ、俺は。
自分が間違えたというのに、何だかイライラしてきてしまう。
全部自分が悪いことを理解しているからなおさらだ。
「海老原、今夜時間あるか?」
「ああ、別に構わない」
「ちょっと話があるんだ。
今夜少し飲みに行こう」
尚原から誘われるなんて珍しい。
仕事が終わるとすぐに帰宅してしまうあの尚原が、俺を誘うなんて。
断る理由なんかどこにもなかったから、一緒に行くことにした。
話があるって何の話なんだろうか。
尚原の様子からじゃ何の話なのか読み取れない。
仕事を片付けていくと、保泉が体調を崩し早退することになってしまった。
最近、顔色が悪かったし先日カジノへ行ったときも顔色が少し悪かった。
もしかして、何か病気なんだろうか・・・。
なんだかんだ色々考えながら仕事をしていると、あっという間に就業時間を迎えた。
「海老原、行こうか」
「ああ、今荷物まとめる」
俺は帰り支度をして、尚原と一緒に居酒屋へと向かった。
午前中は体調が芳しくなかったが、午後になってから落ち着いてきた。
これなら飲みに行っても大丈夫だろう。
だから誘いを受けた。
そのまま一緒に店に入り、俺たちは早速ビールを頼みメニュー表を眺めた。
お互いに食べたいものを注文して、俺は尚原が話し出すのを待った。
「実は保泉の事なんだが・・・」
「保泉がどうかしたのか?」
「いや、実は保泉のヤツ借金がやばいらしいんだ。
借金が2000万円あるって言っていたんだ」
「2000万?!」
それは知らなかった・・・。
そんなにも借金していたことを隠していたのか?
俺とは比べ物にならない金額過ぎて、何だかよく分からなくなってきた。
ただ、返済できない金額なんじゃないかと思う。
俺は700万の借金があって諦めていたというのに、桁が違いすぎる。
じゃあ、最近顔色が優れなかった理由って・・・それが原因だったのか?
借金がどうにもできなくなって、あんなふうになってしまったのかもしれないな。
そう考えると、俺はまだ何とか引き返せるのかもしれない。
「なぁ、海老原も借金しているんだろう。
少しずつでもいいから返済していかないか?」
「俺は・・・」
どうすればいいのだろうか。
いや、本当はわかっているんだ、自分の進むべき道を。
それでも行動できないのは、どうしようもないくらいギャンブルに染まってしまっているから。
味をしめてしまったから。
だからやめたくてもやめられないんだ。
「菜月ちゃんも心配してたぞ?
少しずつでもいいから治していかないか?」
「いや、俺はこのまま変われない。
借金だってもう返せる金額じゃないんだ・・・。
ギャンブルだって楽しくてたまらないっていうのに」
「なぁ、もっと意思を強く持てよ。
そのままじゃ、親父さんの二の舞になるぞ」
そんなの俺が一番わかっている。
いちいち言わなくてもいいじゃないか・・・!
だんだん腹が立ってきて、俺は浴びるように酒を飲んでいく。
まともに聞いていたら、怒鳴りそうで怖い。
尚原は同期だしいいやつだと知っているから、仲違いなんかしたくない。
だけど、あまりにもしつこく言われると、俺もどうしようもなくなってしまう。
俺は別に親父の二の舞になったって構わないんだ。
生きていることにこだわっていないし、死に対する恐怖もない。
「今のままだと保泉のようになるんだぞ?
それに、もし破産宣告すればお前はローンも一切組めなくなる。
おまけにお前が死んだりでもしたら、菜月ちゃんたちが肩代わりさせられる羽目になる。
海老原、お前それをわかっているのか?」
「・・・うるさいな!
俺だって色々考えてるんだよ!」
ついに怒鳴ってしまった。
俺だって色々考えているから、あれこれ言わないでほしい。
何を言われたって俺の心には響かないんだよ。
俺の心は冷め切ってしまっているから。
深い闇には光さえ届かないのと同じで、俺の心にも届かないんだ。
全ては消費者金融を利用し始めてしまったことから、始まっているのかもしれない。
即日審査をしてもらって、それから即日融資までしてもらって、俺はその味を噛みしめてしまった。
一度知ってしまった蜜の味を忘れると言うのは、簡単なことではないんだ。
「海老原、お前本当に変わる気があるなら今すぐ心を入れ替えろ。
今のままじゃ、お前だけじゃなくて菜月ちゃんたちも不幸になるぞ。
もっと今後の事を考える様にしろよな」
不幸になるのは俺だけだと思っていた。
借金しているのは俺だし、菜月たちには関係ない。
俺が死んだら迷惑をかけるという事は知っているが、今は関係ないだろ。
それに俺がいなくなるころには、破産宣告をしているはずだから関係ない。
ちゃんと考えているんだ、俺だって。
俺は再び酒を口へと運んでいく。
だが、尚原があまりにも真剣な表情をするものだから、俺も何だか心配になってきた。
しかし、ギャンブルをやめるって言ってもどうやってやめればいい?
通わないようにするのだって難しいし、返済だって今更まともにしたって意味がない。
「ギャンブルをやめるって言ったって、どうやって?」
「それは・・・ギャンブルをしないように近づかないとか。
消費者金融を利用しないとか、数を減らすのもいいんじゃないか?」
近づかないようにすると言っても、急にしたくなったらどうする?
消費者金融は限度額を超えているから、さすがに使えないかもしれないが。
ギャンブルを断ち切ると言うのが難しいのに、出来るわけないじゃないか。
断ち切れないからギャンブルを続けているというのに、それでは答えになっていない。
尚原には分からないだろうな・・・この感じは。
幸せな人にはわかるわけがないんだ。
だめだ・・・俺ますます性格が歪んできてしまっている。
「一応考えてみるよ」
俺はそう言って話を終わらせた。
この話はもうしたくない。
せっかくの酒がまずくなってしまうし、聞きたくない。
その後、俺たちは違う話をすることにした。
保泉はこの先、一体どうするつもりなんだろうか・・・。
聞きたいが何だか聞いてはいけないような気がして、なかなか声が出ない。
恐らく、本人からすれば借金していることを知られたくないだろうし。
ギャンブル依存症と言うのは、本当に克服できるものなんだろうか?
必ず治ると言われているが、いまいち信用が出来ない。
実際に克服した人がいるのなら、この目で見てみたいものだ。