それからというものの、僕は相変わらずだった。
借金はしていないが、もらった給料をギャンブルに費やしてはなくしている。
あっという間に金がなくなっていくが、そうなったら誰かから金を借りればいい。
今日は休みだから、またパチンコでもやりに行くか。
僕はそのまま外に出て街をぶらぶらと歩き回っていると、ある一角に浮浪者がたまっているのが目に入ってきた。
炊き出しをもらって、ひっそりと過ごしている姿を見て僕は唾をのんだ。
・・・このままでは、僕もいつかああなってしまうのだろうか。
それに彼女も泣いていた、本気で心配をして泣いてくれていた。
思い出すと、ギャンブルをしたいという気持ちが少し抑えられるようになる。
ギャンブルをやめたいと思う気持ちは持っている。
でも、それを行動に起こすのが難しく大変なことなんだよな・・・。
「どうすればいいんだ・・・!」
僕が呟いた声も、周囲の行きかう人たちの足音にかき消されていく。
ただ、消費者金融に電話しようとすると手が止まるようになった。
彼女のあの泣いた姿が思い浮かんでは、僕のギャンブルしたいという気持ちを静めていく。
本当に不思議なことで、今まで誰のいう事も気にしてこなかったというのに今回は今までとは何かが違うみたいだ。
街を歩いていると、ある人物と偶然にも出会った。
「あら、中村さんじゃないの。
あれからギャンブルの調子はどう?」
出会ったのは、飲み屋の彼女で見るからに派手な格好をしている。
店でも派手な格好をしているけれど、普段からこんな派手な格好をしているのか。
少し話していると、彼女が最近あのカジノにハマっていることを知った。
そしてまた、競馬で勝ったという話も聞いて僕も勝てるような気がしてきた。
彼女が勝ったんだから、僕だって勝てるんじゃないか?
「中村さん、一緒に競馬でもどうですか?
一発当ててぱーっと行きましょうよ!」
「そうだな・・・行くか!」
僕はそのまま彼女と一緒に競馬へ向かっていく。
馬券を買うために財布を開くと2千円しか入っていなかった。
今日はなんだか本当に勝てそうな気がする・・・2千円一気に賭けてみるか!
僕は何のためらいもなく、2千円全て馬券で使ってしまった。
隣にいる彼女が楽しそうに笑っているし、なんだか気分が乗ってきた。
僕たちはそれぞれ別の馬券を握りしめて、馬を応援していた。
お互い3連単の馬券を力強く握りしめながら、レースを強い眼差しで見つめる。
周囲も盛り上がりを見せているし、今日はいつもと違うのがわかる。
レースを見守っていると、僕の選んだ馬がいい感じになってきて思わず大声で応援してしまう。
「頑張ってくれ!!」
彼女と一緒に応援を続けるが、僕の選んだものは全て外れて負けてしまった。
途中までは合っていたというのに、どうしていつも肝心なところでこうなるんだよ!!
くそ・・・っ、今日こそは勝てるような気がしていたのに!
隣で彼女もなんだか不機嫌そうにしている。
お互い負けて不快な思いをしながら、そのまま競馬場を後にする。
何も言わなくてもお互い理解し合っているような感じがして、次第に興奮が冷めてきた。
その時、事務職の彼女の泣いている表情が浮かんできて、胸がちくりとした。
今僕は無一文だから、何もすることが出来ない。
飯も食べられないし、全く最悪な気分だ・・・何だってこんな目に。
「次はカジノに行きましょうか?」
「すまないが、もう金がないんだ・・・」
「あら、そうなんですか。
じゃあ、私はこのままカジノに行きますので、さようなら」
彼女はそういって、笑いながら去っていく。
まるで金の無い奴には用が無いと言わんばかりの態度に感じた。
彼女はこれからカジノをやりに行くのか・・・いいな。
僕だってお金さえあれば、ギャンブルが出来るというのに・・・!
もう金を借りることも出来ないし、さすがにまずくなってきたよな。
彼女にも現実逃避をしていると言われたっけ。
言われてみれば、確かにその通りで僕はいつも返済の事を考えてこなかった。
今だって勝てば返済できるのにって考えた。
こんな考えだからいけないのか・・・わかっているがやめられないんだよな。
僕はそのまま自宅まで帰り、横になりながら考える。
このままでは、本当に取り返しのつかないことになってしまうのではないか。
せっかく僕のことを心配してくれる人がいるんだ、頑張らなきゃいけないんじゃないか?
しばらく考えていると、そのまま眠りへと落ちてしまった、
ジリリリ・・・!
僕は目覚ましの音で目を覚まして、やることを済ませていく。
毎日こんな生活の繰り返しで、いい加減飽きてきてしまい何か変化が欲しいと思う。
身支度を済ませて会社に出社すると、同期の彼が周囲からもてはやされていた。
仕事が早いとか新しい契約を取ってきたとか、話題の的という感じで目障りだった。
それに比べて中村さんは、最近失敗が目立ってきたという声が聞こえてきた。
どうせ僕は大した人間でもなければ、彼のようにしっかりした人間でもない。
悪かったな、役立たずで。
周囲が僕に気がついて、そのまま各自自分の席へと戻っていく。
僕は居心地が悪くて、喫煙所へと行った。
なんか、嫌なことがあるといつもここへ来てしまうな・・・。
はぁ・・・僕は一体どうなってしまったんだ・・・。
すると、再び小林さんがやってきた。
「周りのいう事なんて無視していればいいんですよ。
他人と自分を比べて劣等感を抱いたり優越感に浸るのは、下らない他人志向です。
そもそも比較することが間違いなんですよ」
「間違い?」
「あの人にはあの人の良い部分を持って生まれてきた。
中村さんは、あの人が持っていないものを持って生まれてきた・・・それってすごく素晴らしいことだと思うんです」
彼女は微笑みつつも真剣な表情をして言った。
他人と比べて劣等感を持ったり優越感に浸るのは、下らない他人志向・・・。
その人にはそれぞれ良い部分を持って生まれてきた。
彼が持っていないものを僕が持っている・・・比較するのが間違い。
言われてみれば、僕はずっと彼と自分を比較してきていた。
人にはそれぞれ個性があるし、いいところがある。
そんなことにも気付けずに、僕は・・・・。
その彼女の言葉を聞いて、僕は自然と涙をこぼしていた。
何も気付けなかった自分が情けなく思えてきて、どうしようもなくなった。
「私はいつだって中村さんを見てきました。
あなたが頑張っていたことを知っているから、自信を持ってください。
中村さんは、やるときやれる人です」
彼女はまっすぐな眼をしながら、僕に向かっていってくれた。
今までこんなことを言ってもらったことなんかなかった。
親に電話した時も、突き放されて心配だってまともにしてもらえなかったというのに。
彼女はずっと僕のことを見てくれていたのか・・・純粋に嬉しく思う。
僕は何も言い返すことが出来なくて、ただ感極まって涙を流す。
そんな僕を見て彼女が優しく微笑む。
やるときやれる人、その言葉をもらって何だか少しギャンブルをやめられるような気がしてきた。
「わかった、もうギャンブルはやめるよ」
「本当ですか!」
「ああ、少しずつだけどやめるように努力していこう。
それならいいだろ?」
「絶対、約束ですよ?」
彼女は嬉しそうに笑っているのを見て、なぜだか胸が温かくなった。
何だろうな、この気持ちは・・・感じた事の無い感情だ。
とにかく、まずはきっちり返済をしていかなければならない。
200万円の借金を今後どう返済していけばいいのか、それを考える必要がある。
毎月、きちんと働いて残業も出来るだけしてから帰るようにした方がいいだろうな。
こうやって計画を立てるのは簡単だが、果たして実際に行動することが出来るだろうか。
何だかとても不安だけれど、やっていかなきゃ自己破産宣告をすることになってしまう。
それだけは、やっぱり避けたいから頑張るしかない。
「私も出来る限り、手伝えることはお手伝いしますから。
苦しいかもしれませんが、頑張って少しずつ治していきましょう」
「ああ、僕も頑張るよ」
果たして本当にその約束を僕が守れるかどうか自信がない。
それでも、僕もいつかはギャンブルから足を洗わなければいけないと考えていたから。
これをきっかけに変わっていければいいのだが・・・怖いんだ。
今もし変わってしまったら自分が自分じゃなくなるみたいで。
だが、今現実に200万円の借金があって返済が出来ていないから、利息もすごいことになっているに違いない。
このまま放置してしまえば、もっとすごいことになってしまうだろうな・・・。
簡単にギャンブルをやめることは出来ない、それでも少しずつ変わっていかなければならない。
とにかく、金を借りるのはもう終わりにしよう。
そして、ギャンブルも全くしないのではなくて、少しずつ回数を減らしていくのが良いだろうな・・・急にやめたらリバウンドしそうで怖いから。
「僕に出来ると思うか?」
「私は中村さんを信じていますから。
どんなに苦しくても、必ず乗り越えられるって」
彼女は笑顔を浮かべながら言う。
こんなにも不安で仕方がない僕を、信じてくれる人がいる。
僕なら大丈夫だって言ってくれる人がいる。
それだけで、こんなにも不安な気持ちがなくなるなんて知らなかった。
それに、最初は話すことが不快だったのに、今では心地よいとさえ思っている自分がいる。
僕の中で何かが変わり始めてきているのだろうか・・・。
だけど、彼女の気持ちを踏みにじりたくはないから、今度こそ頑張ってみようかと思う。