あれから毎日のようにカジノへ出入りするようになった。
やっぱり感覚を取り戻したら楽しくて、足を運んでしまう。
ギャンブルを毛嫌いしている人には理解してもらえないと思うけど、本当にハマってしまうと抜け出せなくなってしまう。
そうなっている私はすでにもうギャンブル依存症なんじゃないかと思う。
典型的なタイプではないけど、きっと私もそのうちの一人。
それでもギャンブルを辞めようとは全く思わない。
実はあの痕ポーカーを続けていたら、立て続けに勝つことが出来て少し儲かった。
最初は全く運がないなって思っていたけど、後から運が回ってきた。
「そう言えば、面接の結果はどうなったんだろう」
返信が来てから面接日を決めて、面接してもらってからもう少しで一週間が経つ。
採用かどうかの連絡は採用の場合にのみ連絡が来ると話していた。
もう一週間になるのに何も音沙汰が無いのは、やっぱり駄目だったっていう事なのかな。
それなら他に探すから別にいいんだけど。
そこまで困っているわけでもないし、早く働きたいと言うわけでもないから。
だけど、カジノに関する仕事がしたいというのは譲れない。
私はコーヒーを淹れて、椅子に座りテレビを見ながらコーヒーを口へ運んだ。
テレビではちょうどギャンブル依存症の特集がやっていて、思わずまじまじと見てしまった。
ギャンブル依存症に罹患している人の半数は、自分が依存症だとわかっているけど断ち切ることが出来ないらしい。
また、無自覚でギャンブル依存症を引き起こしている人もいる様子。
私は自分が罹患していることをわかっているから自覚なしの人とは違う。
でも、自覚なしでギャンブルをしている人って克服できないんじゃないかと思う。
だって自覚がないんだから他人に指摘されても、頑なに認めようとしないはずだから。
そう考えると、私はまだ自覚しているだけマシなのかもしれない。
「ギャンブルってどうしたらちょうどよくできるんだろう?」
やり過ぎてしまうとハマってしまい抜け出せなくなると言うけど、だったらどのくらいの頻度でギャンブルをすればいいんだろうか。
しなければいいじゃないか、なんて言う人がいるけどそれは解決になっていない。
無理矢理やめさせようとすれば、その反動で大きくずれてしまう事になる。
私も一時期ギャンブルを辞めようと思って無理矢理やめたけど、結局それがストレスになって跳ね返ってしまった。
我慢しているときは、夢の中でもギャンブルをしていたくらい。
パソコンを立ち上げてギャンブルについて調べていくと、ギャンブル依存症を克服するためのサイトなどがいくつか見つかった。
一人ではなく依存症の人を支えて理解してあげる人が必要不可欠と書かれているが、理解できる人なんてなかなかいないと思うんだよね。
過去にギャンブル依存症を引きずっていて克服した人であれば理解してアドバイスできるけど、なった事の無い人には何も出来ない。
寄り添って話を聞くことは出来ても、理解して共感することは難しい。
そんなことばかり思ってしまう私ってやっぱり・・・。
「ひねくれ過ぎかな」
どうしても素直に物事をとらえることが出来ない。
あの頃ほど、純粋にとらえることが出来ずに綺麗な誘いですら汚して見てしまう。
何を信じていいのか分からないから、自分の目で見たことしか信じられない。
一種の人間不信に陥っているような感覚だ。
もちろん、真子の事だけは信じているし大切にしていきたいと考えている。
真子だけは本当の私を知ってくれているから、素直になれる。
もしも、真子がいてくれなかったらきっと今の私はここにいなかっただろうから。
だから真子には本当に感謝しているんだ。
いつか恩返しをしなくちゃ。
―♪~
その時、私のスマホが鳴り確認すると知らない番号だった。
誰だろう・・・午前中だけどまだ朝早いと言うのに。
「はい、もしもし」
「私、✕✕カジノの殿岡と申します。
こちら小鳥遊あずさ様の携帯でお間違いないでしょうか?」
「はい、小鳥遊です」
「面接にお越し頂いた結果、ぜひ採用させていただきたく思いご連絡差し上げた次第です。
そこで準備していただきたい書類や出勤日をご相談したいのですが」
私が先日面接を受けた場所からかかってきて、ちょっとびっくりした。
もうだめだと思っていたから、思わず声が裏返ってしまった。
電話先で必要な書類を準備するように言われて、出勤日も無事決まった。
来月の頭から出勤することになったから、まだ出勤するまで2週間残っている。
私以外にも採用された人がいるんだろうか。
聞いても個人情報とかの影響で、きっと教えてもらえないんだろうな。
とにかく、これからはカジノで働くことが出来るんだ。
そう思うと急にテンションが上がってきて、思わずベッドへ飛び込んでしまった。
夢に見ていたカジノで働けるなんて滅多に経験できない事だから、本当に嬉しく思う。
毎日あの雰囲気を楽しめるんだから、毎日が充実すると思う。
今までつまらない日常を過ごしていたから、ガラッと変わって気分転換にもなる。
いよいよ来月から新しい職場で働くことが出来る。
まるで子供みたいにワクワクしているけど、これは仕事だからオンオフはしっかりしないとマズいよね。
仕事中は仕事に集中して、終わったらカジノについて少しずつ質問してより知識を深めてギャンブルを違った視点から楽しもう。
「ディーラーとして頑張らないと・・・!」
カジノディーラーの仕事はたくさんあると言われている。
目の見えることだけがディーラーの仕事ではなく、目に見えない仕事もいくつかある。
それは雰囲気をよくすることや、明るく元気に集まっている人達を盛り上げる事。
これは個人差があるし研修手帳にも掲載されていないことだから、見て盗むしかない。
見て盗むと言うのが一番難しかったりするんだよね。
これは他の業界でもあると思うんだけど、体で覚えるしかない事もたくさんある。
アドバイスがしづらい分、何とも言えない。
でも、せっかく採用してもらったんだから一生懸命頑張りたいと思っている。
いつか世界で活躍できるようなディーラーか、ギャンブラーになりたいけど真子に言ったらすごく反対されるどころか、真剣に怒られそう。
だからしばらくの間は黙っておこうかと思っている。
真子が心配してくれるのは嬉しいけれど、やっぱりどうせなら好きなことをやりたいから。
まずは立派なディーラーを目指したいな。
ギャンブラーとして活躍したい気持ちもあるけれど、まずはディーラーでしょ!
知識を付けてから実践して成長していく方がいいと思うんだよね。
初出勤がドキドキだけど、内心どこかでは楽しみにしている自分もいる。
ちゃんと仕事出来るかな・・・その前に研修があるんだけどついていけるかな、大丈夫かな?
そんなことを思いながら床に就いた。
いよいよ初出勤日。
どんな人たちが活躍しているのか想像しても、具体的には思いつかなかった。
やっぱりカジノだから男性の方が多いのだろうか。
そんなことを思いながら歩いていると職場に着き、私は大きな扉を開けて中へ入り込んだ。
そこには、男性も女性も同じくらいの数が居て予想とははるかに違った。
男性の方が多いのかと思っていたけど、女性も結構いたんだ!
以前ヘルプで入ったところは男性の方が多かった。
何だか変に緊張してきてしまって、私は落ち着きがない状態。
「あれ、もしかして新人さんかしら?」
急に声を掛けられて、私は声を裏返してしまった。
いきなりだったからびっくりしてしまった。
見るからに大人の女性といった感じで、同性であるはずの私も見入ってしまった。
なんてきれいな人なんだろう。
その女性は、私が声を裏返したことに対して笑っている。
まぁ、嫌われるよりはいいよね・・・それに嫌味な笑い方じゃないし。
私は不器用ながらも自己紹介をしっかりして、深々と頭を下げた。
「あたしは渡辺希<ワタナベ ノゾミ>、宜しくね。
此処での仕事は何かと忙しく大変だけど、あなたならきっとやれるわ」
「は、はい、研修から頑張ります!」
「良い心構えね」
何だか早速プレッシャーを与えられたような気がしたのは・・・気のせい?
でも、少しずつでもいいから期待に応えて行けたらいいなって思っている。
ポーカーの台やルーレット台が置かれているのを見て、何だかうずうずしてきた。
でも私は店側の人間になるから、ギャンブルをすることは出来ない。
ディーラーはギャンブルしに来た人たちを楽しませるのが仕事。
ここで働いている人達は、やっぱりポーカーとか好きなのかな?
そんなことを考えているうちに研修が始まり、私は席に着き真面目に受ける事にした。
私以外にも採用された人たちの姿があったが、私とは正反対の感じだった。
何て言うのかな・・・真面目そうというかギャンブルに興味なさそうな人。
ディーラーは高時給だからそれだけで選んでここへやってきたと言う感じだろうか。
「カジノディーラーの仕事は、ゲストを確実に楽しませることが出来なければいけない。
これは一つのパフォーマンスだと考えています。
技術レベルを上げていき、形だけではなく“カジノ”空間をゲストの目に再現する、これが大事です」
私は店長の魚住真希<ウオズミ マキ>さんの言ったことをメモしていく。
カジノを楽しむためには、カジノディーラーの技術やトーク力、楽しませる能力が必要不可欠。
かたちだけなら誰にでも出来ることだけど、空間をゲストの目に再現させることは難しい。
それを目指しているこのカジノなら、ギャンブルについてもっと興味を持ってもらえるかもしれない。
エンターテイナーとして振る舞う事が重要だから、研修をしっかりしなければいけない。
そのためにはもっと明るく元気に振る舞えるようにしなきゃ。
かと言って羽目を外さず上品な感じにしなければいけないから、なおのこと難しい。
次いで難しく感じているのは、カジノ用語。
日本語ならまだしも、全て英語だからやっぱり覚えるのが難しいんだよね。
アイ・イン・ザ・スカイって・・・各カジノテーブル上に設置されている監視用のカメラを指す言葉。
ゲームのビデオ記録を行なう事で、トラブル裁定時の証拠としたり、プレイヤーまたはディーラーが行う不正を調査したりする目的で導入されているもの。
「・・・先が思いやられるな」
用語をしっかり覚えることが出来なければ、会話についていくことが出来ずに辞めるしかない。
せっかく採用してもらったから、それだけはなんとか避けるようにしたい。
こうなったら、家に帰ってカジノ用語の暗記だな・・・。
他に採用された人物たちはしれっとした表情をしている。
もしかして、暗記が得意とか?
それとも以前こういった仕事をしていて覚えているとか?
だめだ・・・考えたらきりがないからやめよう!
私は私、他人は他人だもんね・・・よしっ、頑張ろう!
とにかく教えてもらえることは出来る限りメモをしておいて、後は実践で覚えていくしかない。
中途半端にするのは良くないし、私も嫌だから。
ネット検索したら結構出てくるかもしれないから、そう言ったものを参考にしながらさらに知識を深めて身に付けて行った方がいいのかもしれない。
今日は知識を身に付けるだけで、実践はまた日を改めてするという事だから心の準備をしておかなければ・・・実践って自信ないなぁ・・・不安。