そして翌日、俺は朝一で銀行から大金を下してきた。
俺が利用している銀行ATMでは一日50万円までしか下ろせない決まりになっているため、窓口へ行ききちんとした手続きを行いどうにかして100万円を下ろしてきた。
こうして金を見てみるとすごいなと改めて思う。
しかし、この金全てこれからギャンブルに賭けるんだ。
そう思うと何だか変な緊張感に襲われ、それでも期待している自分がいた。
もし、この金を賭けて勝つことが出来たら、一気に金持ちになれるぞ。
今日はパチンコでもカジノでも勝てそうな気がする。
今までとは違う何かを感じている。
景気づけに俺が向かった先は、自宅近くのパチンコ屋。
相変わらずにぎやかでガヤガヤしている。
その中、俺はパチンコ台の釘を確認しながら目ぼしい台を探す。
単にこの台が出やすいとかじゃなくて、釘の打ち方にも目を光らせるべきだと雑誌に書かれていた。
よくパチンコをする奴は、そういった細かいところまで見ているのだとか。
「この台、玉が通りやすそうだな・・・」
そう思い、俺は台の目の前に座り金を投入した。
それからガチャガチャとレバーを回して、当たりが出るよう多くの玉を流し込んでいく。
やはり打たれている釘を比較して選んだだけあって、玉の通りがいいような気がする。
さすがプロややり慣れている人は、目の付け所が違う。
俺なんか、ただ勝ちたいだけで適当に台を選んで打っていただけだから、勝てなかったんだ。
やっぱり、勝つ為には運だけじゃなくて、見極める力とかも必要なんだな・・・。
神沼はそのことを理解しているんだろうか?
そんなことを考えながらパチンコを打ち続けていると、早速画面にルーレットが出現した。
「よしっ!」
今までよりもルーレットの出るスピードが早く、正直驚きを隠せなかった。
しかし、ここで焦ってしまっては元も子もなくなってしまう。
ここは嬉しくても慎重に行かなければ!
自分に言い聞かせるように、ルーレットをよく見てから止めていく。
一つ目は7が出て出だしから良いスタートになった。
そして、その間にも玉がジャラジャラ流れるように落ちていく。
その玉を見つめながらルーレットに目をやると、二つ目も7に止まる。
もしや・・・もしかして、これは来たんじゃないか?!
思わず俺は身を乗り出すようにして、パチンコ台へとしがみつく。
もし、勝つことが出来れば少し儲けることが出来る!
賑やかな場所であるはずなのに、俺の周囲は静かに感じた。
それほど俺がパチンコ台に集中しているという事なのだろう。
そして最後の絵柄は・・・サクランボだった。
「くそッ!!」
あと一つだったと言うのに・・・!
初めてこんなにイライラしたかもしれない。
サクランボの次が7だったと言うのに、その前のサクランボで止まってしまったから。
やっぱり、俺は運がないのかもしれない。
じゃなきゃ、きっと勝っていたはずだから。
今日は勝てる気がしていたと言うのに・・・・!
俺は納得いかず、さらに金を投入してパチンコを続けていく。
今日は勝つまでとことんやるぞ!
その数時間後。
気が付けば、俺の財布の中身は空っぽになっていた。
空っぽといっても細かい金なら入っているが、パチンコでは使えない。
くそ・・・ここまでか。
今まで散々打ち続けて、ルーレットも何回か出てきたと言うのに結局勝つことが出来なかった。
どうやら俺は、余程運を持ち合わせていないらしい。
パチンコ屋から出てみれば、もうすっかり暗くなっていて夜の街になっていた。
時間が経つのは本当にあっという間に感じるものだ。
空っぽになった財布を見て、俺はファーストフード店に目をやった。
購入できない訳ではないが、買ってしまえば他のものが買えなくなってしまう。
金を下ろせばいいだけの話なんだけど、出来ればギャンブルに費やしたいから生活費では使いたくない。
ギャンブルで一発逆転すれば、いくらでも好きに金を使うことが出来る。
「そもそも、貯金自体もう少なくなってきているか・・・」
だが、バッグの中にはまだ大金が入っている。
気を取り直して、これからカジノで一発逆転と行こうか!
そう思いながら、俺は軽い足取りでカジノへと向かって歩いていく。
そういや、あれから神沼と連絡がつかないが、まさか闇金に手を出したんじゃないだろうな?
俺だってギャンブル依存だが、闇金に手を出すまでは行っていない。
何だか心配になってきたが、ギャンブルしたい気持ちの方が強くてそれどころじゃなかった。
軽い足取りで向かっていくと、カジノへとたどり着いた。
入り口で金属探知機などを当てられて厳重なチェックをされる。
何も問題が無かった俺は、そのままスムーズに中へ入ることを許された。
相変わらずにぎやかな場所だ。
すでにルーレットには多くの人だかりが出来ていて、パチンコスロットの台も人であふれかえっている状態だった。
先日来たときよりも人の数が多いような気もするが・・・。
さて、ルーレットでも始めるか!
俺は早速ルーレットの近くまで行き、黒の31に賭けることにした。
どうやら今まで赤よりも黒の方が多く玉が止まっている様だったから、参考にしてみた。
しかし当たっているのか定かではない。
ホイールの上を軽快に玉が転がり走っている。
何度この光景を見て来ただろうか。
それなのにドキドキ感や妙な緊張感がして、それが嫌なんだけどまた期待している自分もいる。
おかしいよな、本当は勝てるわけがないと言うのに期待するんだから。
こういう事が考えられるうちは、まだ完全なギャンブラーではないのかもしれない。
だけど、色々なタイプがいるだろうから断言はできない。
「赤の9―!!赤の9番!!」
ディーラーがそう大声で伝える。
・・・くそっ、赤の9かよ!!
しかも、その隣は黒の31。
何なんだよ・・・なんでよりによって隣同士で俺の番号には止まらないんだ!!
イラッとして俺は続けてルーレットをすることにした。
次は黒の6に賭けてみたが、今度こそ勝てるような気がする。
さっきは負けたけど今度は負けたりするもんか!
そう思いながら周囲の連中と一緒になって、ホイールに食いつく。
周囲も外れて殺気立っているのか、その空気が俺にまで伝わってくる。
俺はそこまで殺気立っていないが、まぁイライラしている事には変わりない。
だが、そんな他人に八つ当たりをするほどではない。
「黒の17―!!黒の17番!!」
「マジかよッ!!」
「何なんだよ、このルーレットはッ!!」
周囲の連中がとても怒っている。
そりゃあ、俺だって今ふざけんなよって思ったけど、そこまでじゃない。
だって感情的になったって仕方がないから。
冷静な目で見て判断しなければ、また負けてしまう。
感情的になってしまうのも分からなくないが、やはり感情に呑み込まれてしまったらマズいと思うんだ。
それこそ、もう通常の人間として生きられないような、そんな感じがしてたまらなく怖い。
結局、俺は下ろしてきた金を全て使い果たしてしまった。
あれだけバッグの中に金を入れてパンパンになっていたと言うのに、今ではすっからかん。
よくもあんな大金をこの短時間で失ってしまったものだ。
それでも全く後悔なんかしていない。
その時、奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
一体なんだ?
「こんなところに逃げ込んでんじゃねぇぞ!!」
「さっさと出て来いよ、オラァ!!」
よく見ると、それは借金取りの様で入り口前で怒鳴り続けていた。
あの様子だと闇金の取り立て屋か?
この中には闇金に手を出した奴がいるっていることか・・・。
いくら金に困っていたとしても、闇金に手を出そうとは思わない。
闇金を利用したものは、破滅の道しか残されていない。
誰だ、闇金に手を出したのは?
取り立て屋の視線の先を見てみると、そこには・・・神沼の姿があった。
まさか、あいつ闇金にまで手を出したのか?!
思わず俺は人混みの中に姿を隠した。
面倒な事には巻き込まれたくないと思ったから。
神沼はすっかり怯えきってしまっていて、その場から動こうとしない。
その間にも怒号が飛び交っている。
それを見かねた店の者達が神沼を店の外へと連れ出そうとしている。
「やめろっ、やめてくれッ!!」
「問題を起こされては困ります。
お客様、恐れ入りますが退店願います」
「待ってくれ、あともう少しだけ・・・ッ!!」
そんなことを言って、必死に抵抗している神沼。
それはまるで、怖いものを恐れる子供の様で今にも泣きそうな表情をしている。
じたばたして暴れる神沼を店の者達が外へと運び出していく。
その姿はあまりにも可哀想に見えたが、闇金に手を出す方が悪いのだとも思った。
神沼とはそれほど親しいと言うわけではなく、ギャンブルの話しかしたことが無い。
金を貸してくれと言われても俺には何も出来ないし・・・。
店の外へと放り出された神沼は、すぐさま取り立て屋に身柄を拘束され連れて行かれてしまった。
この後、神沼はどうなってしまうのだろうか・・・。
店内が神沼の一件で静まり返っている。
そして、何人かの客たちがそのまま店を去ってしまう。
今の様子を見て我に返ったのか、それとも危機感を抱いたのか。
ぞろぞろと店を出て行ってしまう。
それでもギャンブル依存症の連中は、さらにギャンブルを続けていく。
あんなのを見た後だから、何だかギャンブルをする気分じゃなくなってしまった。
「今日はもう帰るか・・・」
俺も全部金を使っちゃったし、今夜は帰ろう。
一度にギャンブルをしたって勝てるわけがない。
ギャンブルに勝つ為には、無駄に運を使ってしまわないようにすることだ。
普段から賭け事ばかりしていると、その分だけ運を逃してしまう。
だから、無駄なギャンブルはしないようにしないといけないよな。
夜風に吹かれながら、俺は暗くなった天を仰いだ。
このままギャンブラーとして過ごしていくのも悪くないが、まずは仕事を見つけなければ。
仕事を見つけて資金を調達しなければ、ギャンブルが出来なくなってしまう。
ギャンブルをするために仕事をする。
ただそれだけなんだよな、今の俺にとって仕事と言うのはさ。
前は・・・あれ、何のために仕事をしていたんだっけ?
今となっては思い出すことが出来ない。
何かの為に仕事を頑張っていたような気がするんだけど・・・何だったっけ?
「ふぅ・・・」
家に着いたころにはとうに0時を回っていた。
以前だったら、この時間帯にはもう眠りについていたはずなのに。
いつからこんなにも俺は変わってしまったのだろうか?
自分が以前とは違う事を急に感じ始めて、何だか不快な気持ちになって考えるのをやめた。
もうこの先どうなっていくのかすら考えたくないほどに。