再び一週間が始まった。
毎週月曜日は憂鬱になりがちだから、何かいい方法があれば良いのだけれど。
何か嫌なことがあるわけではないのに、ただ休み明けと言うだけで憂鬱になってしまうのは、一体なぜなんだろうか。
俺だけに限ったことではなくて、他の人達も同じようだし・・・。
そんな事を考えながら、俺は自分の仕事を始めて行った。
あれからペットボトルの傘に人気の火がつき、飛ぶように売れている。
持ち手の部分が短いという事で、少しだけ伸ばしてみたらさらに良くなった。
今は右肩上がりで、今のところは何も心配がなさそうだ。
ようやく落ち着いてきて、俺も少しずつ成長できている気がして、何だか嬉しく思う。
部長は遠くで忙しくしているし、久留宮先輩も何だか忙しそうだ。
当分は新しい仕事を任される事も無く、通常業務で大丈夫そうだ。
そうやって油断していたのがいけなかったのかもしれない。
「三代澤、日向、ちょっと来てくれ」
いきなり部長に呼ばれて、俺たちは別々に駆けつけることになった。
呼ばれたのはちょっとした会議室で、席に着くように言われて俺たちは断りを入れて座った。
もしかしたら、俺たちの不仲説が部長の耳にも届いてしまったのだろうか?
そんなことを思っていると、部長が何枚か書類を取り出して俺たちに差し出してきた。
これは・・・新しい事業書?!
先日ペットボトルの事業を立ち上げたばかりだと言うのに、もう新しいことをするのか!
「新しい事業を立ち上げたいと考えている。
しかし、どんな案件にしようかアイデアが浮かんでいない。
そこでお前たち二人に任せたいんだ、出来そうか?」
「はい、もちろんです!
出来ればこいつじゃなくて、別の奴がいいですが」
日向は遠慮なしに部長へと本音を告げる。
それはこっちのセリフだ。
俺だって新しいことは別の人間と協力してやっていきたい。
けれど、部長は日向の意見を無視して話を進めていく。
今回のターゲットは、若い女性でその女性たちが喜びそうなことを期間限定で展開していきたいとの事だった。
大事な部分は期間限定と言う部分。
継続的に行うのではなくて、期間限定で行なうからあまり懲りすぎてもいけない。
かといって力を抜くのも許されない。
それにターゲットが若い女性となっている点もまた難しいところ。
すでに予算も決められているからその範囲内に収める必要もある。
「三代澤、何か良いアイデアはあるか?」
部長に聞かれて俺は色々考えを巡らせた。
若い女性というとどうしてもOLとか派遣社員のイメージが強いんだよな・・・。
そもそも、そういった働く女性はちゃんと昼食をとっているのだろうか?
コンビニでサンドイッチや紅茶を購入したり、中には自宅で弁当を作って持ってきている女性もいる。
・・・弁当?
その時、俺の中で何かあるアイデアが浮かんだ。
だが、自身が無くて口ごもってしまった。
すると、部長が“構わないから言ってみろ”と言ってくれた。
「あの、500円弁当はいかがでしょう。
ご飯一種類とおかずを3品選べて500円弁当にしたら、女性に良いかもしれません」
「だが、弁当箱まで用意するとなれば予算が足りない。
その点は考えているか?」
「はい、弁当箱は一度こちらで用意して、それを100円で購入してもらいます。
弁当箱はリサイクルされたアルミ弁当箱にすれば、予算内に収まるのではないでしょうか?
もちろん、まだ細かい計算はしておりませんので断言は難しいですが・・・」
すると、部長が黙り込んでしまった。
やっぱり駄目だっただろうか・・・。
隣で日向が鼻で笑っている。
そこまで悪いアイデアじゃないと自負しているけれど、ひどかっただろうか?
部長はまだ何も言わず、何かを考えている様子だった。
その時、部長が日向にもアイデアを聞いた。
日向は自信満々な表情をして、ペラペラ話し始めた。
「有名ブランドとのコラボ商品はいかがです?
我が社もブランドが確立してきていますし、コラボ商品で数量限定が良いかと。
女性はブランド物が好きですし、限定品となれば食いつきもすごいはずですよ」
確かにその手もあったか・・・。
女性はブランド物を好む傾向が強く、限定品だと更に食いつきが良いかもしれない。
ブランド品とコラボするとなれば、デザイナーを呼んで会議したりすることになる。
そうなれば、人件費やコストも大きく関係してくるから数量も限られてしまう。
例えばそれがバッグだったとしても高価過ぎてしまったら、購入してもらえず赤字になってしまう。
部長も同じことを考えているのか、再び黙り込んでしまっている。
日向はなぜか勝ち誇ったような表情をしている。
俺としては新しい事業がうまくいけば、それでいい。
その時、部長が口を開いた。
「今回は、日向のアイデアを採用しよう。
コストの面は私が何とかするから、話を進めてくれ」
そう言って、部長が出て行った。
やっぱり俺のアイデアはダメだったか・・・不思議と悔しくはなかった。
コラボ商品には俺もちゃんと納得することが出来たから。
だが、コラボ商品と言ってもどんなものを提供するのか、そこから決めなければデザイナーを呼ぶことは出来ない。
ネックレスなのかリングなのか、それともバッグかウォレットか。
まずはそこから相談していくしかない。
俺はすでに準備できているが、日向は自分一人で何かノートに記入している。
「なぁ、仕事なんだから相談くらいしないか?」
「うるせぇんだよ、てめぇのアイデアは却下されたんだ。
お前は黙って俺の命令を聞けばいいんだよ!
っていうか、さっさと広告作れよ」
何をそんなに怒っているのか、さっぱり分からない。
自分のアイデアが採用されていい気になっているのは、俺じゃなくてお前の方じゃないか。
協力しなければ良いものを作り上げることが出来なくなってしまう。
個人プレーは普段の時にして、今は協力する姿勢を見せてほしい。
部長が俺たちに任せてきたのだから、個人プレーをされては意味がなくなってしまう。
すると、勝手に日向が会議室から出て行ってしまった。
さっさと広告を作れと言われても、まだ何を作るのか決まっていないから作成などできない。
自分勝手過ぎて、ついていけないというのが本音だ。
その数日後、コラボ商品がバッグに決まったと聞かされた。
俺は早速広告を作り始め、どんなレイアウトが目を引くことが出来るのか試していた。
バッグとなれば、やはり沢山ものが入るモノなんだろうか。
日向が一切話してくれないから、全く分からない。
すると、日向が俺の元へやってきた。
「お前さぁ、俺が命令しないと何もしなわけか?
広告、ネットに上げておくとかしろよ!」
「まだ具体的に決まっていないから無理だろう。
もっと色々決めてから、アップしなきゃダメだ」
「いいからさっさとあげろ!!」
そう言って、途中までしか出来ていない広告を日向が勝手にアップしてしまった。
システムがまだしっかりしていないから、削除するにも時間がかかってしまうし、一度アップしてしまえば、第三者に拡散されてしまう恐れもある。
何て事をしてくれたんだ・・・!
商品すらまだ出来上がっていないと言うのに、これじゃあまるで詐欺みたいじゃないか。
俺は、一生懸命に広告の削除作業を始めた。
しかし、日向がそれを邪魔してくる。
“ふざけんなじゃねぇぞ”とか言って阻止してきて、なかなか削除できない。
これじゃあ、いざという時俺は責任が取れない。
そして、日向はデザイナーが来社してその対応に行ってしまった。
俺が行ってもどうせまた色々言われるだろうから、とにかく広告削除作業を最優先することにした。
このままじゃまずいから。
その数時間後。
会議室から日向が怒りながら出てきて、ドアを思い切り閉めた。
何だ、今度は?
俺は急いで会議室へと行き、デザイナーに声を掛けた。
「何があったんですか?」
「何があったんですか、じゃないわよ!!
何なのよ、あいつはそんなに偉いわけ?」
「は?」
「良い皮を使ってリボンとちょっとした小物や宝石を付けて1万5千円でバッグを売れって、そんなこと頑張ったって出来るわけがないじゃない!
大体、バッグに宝石なんか関係ないし無駄よって言い返したら、お前は使えないとか、デザイナーもどきとか言いたい放題だったのよ!!」
「大変申し訳ございませんでした・・・。
後ほど厳重に注意しておきますので、お許し下さい」
「いいえ、もうやっていられないわ!!
このお話はなかったという事で処理しておきますので!」
そう言って、デザイナーが怒りながら帰って行ってしまった。
これはまずいぞ・・・せっかくの案件だったのに。
しかも、あのデザイナーは世界的に有名な人だし、その人を日向は怒らせてしまった。
これでは今後ジュエリーなどコラボする際、うちの会社はどこも提携してくれなくなる可能性が高い。
それに、さっき広告も日向が勝手にアップしてしまったせいで、情報が一目散に広がってしまっている。
そんな中、実はできませんでしたというのは、信用も失うという事になる。
・・・やばいぞ、このままじゃ部長に顔向けが出来ない。
そうは言っても、全て日向が勝手にしたことで俺は全く関係ない。
責任を取らされるのは日向だ。
俺はちゃんと相談しろと言ったし、広告だってまだアップしない方が良いと止めた。
それをあいつがすべて無視して、勝手にやらかしたこと。
「どうした、顔色が優れないじゃないか?」
「いえ、・・・」
久留宮先輩がやってきて、俺の肩をポンと叩いた。
あんな忙しそうにしていた久留宮先輩に相談なんかできない。
本当だったら、どうすれば良いのか相談したいが迷惑をかけたくない気持ちが大きくて、なかなか言い出すことが出来ずに誤魔化してしまった。
久留宮先輩はそんな俺を見て、心配しているように見えた。
いつも仕事でフォローしてもらっているから、頼りっきりになってしまうのは気が引ける。
だけど、モヤモヤして独りで抱え込むのも嫌で。
「実は・・・」
俺は意を決して、久留宮先輩に全て打ち明けることにした。