今日は報告会議というものがあり、俺も出席する予定になっている。
患者のカルテを見せあいながら、治療方法などを見出す話し合いの場となっているのだ。
皆で話をすると言っても、俺はあの噂を流されているから、俺がこの会議に参加することを嫌がっている医師もいると聞いているし、自分の耳にも入ってきている。
俺だって出来れば参加したくないが、仕事だから私情を挟むわけにはいかないし仕方がない。
会議室へ着き、俺はドアを開けて中へ足を踏み入れた。
すると、体中に突き刺さるかのようなみんなの冷酷な視線が向けられた。
思っていたよりもよく思われていないようで、思わず俺はその場で立ち止まってしまった。
しかし、この程度で立ち止まっているわけにはいかないから、自席を目で探した。
俺は自分の席へと向かい、配られている資料に目を通した。
皆の話したいことが書かれているが、俺の部分だけ飛ばされている。
・・・どういうことだ?
そんなこんなで会議が始まった。
「これから会議を始める。
まぁ、この場に相応しくない者もいるようだが」
そう副院長が言うと、皆がくすくすと笑い始める。
しかも全員と言っていいほど俺の方を見ながら。
この病院って、こんな嫌な連中が集まっている場所だったのか。
俺の味方なんか誰も居ない。
そう思うと、何だかここにいるのがバカらしくなってきてしまった。
皆の話を聞きながら、俺は自分が用意した資料に目を通した。
途中退席してしまおうか。
どうせ、俺の報告なんて誰も真面目に聞いてくれないんだろうし。
「誰だ、この患者の誤診をしたのは!」
いきなり副院長が声をあらげた。
何かと思い、資料に目を通すとある患者の診察を誤診しているものがあった。
印刷ミスなどではなくて、完全にカルテが間違っている。
この患者は確か、水梨の担当だったはずだ。
誤診するとしたら、水梨しかいない。
俺は一度も誤診などした事は無い。
水梨を見ると、顔色が悪くなっていた。
自分の失敗くらい、自分で認めろよな。
俺の事を悪く言っているんだから、自分のことだって悪かったら言った方がいい。
一方的に俺だけを責めるのは間違っているのだから。
「・・・黒音医師です。
誤診したのは、黒音医師です!」
何を言うのかと思いきや、水梨が俺の名前を出した。
俺は誤診をしていない。
すると、周囲がざわつき始め再び冷酷な眼で俺を見てきた。
明らかに俺が悪いような見方をしている。
さすがに頭に来た俺は、机を思い切り叩いてその場に立った。
そして、周囲の連中を冷酷に睨み付けた。
「誤診をしたのは俺じゃない!
大体、この患者はいつも水梨医師の担当じゃないか!
俺に自分の責任を擦り付けるな!!」
大声で怒鳴ると、周囲が驚愕して俺を見てきた。
普段俺はこんなふうに怒ったりしないから、無理もない。
だが、今回は俺のせいじゃない。
大体、俺は一度もこの患者を診察したことが無いのだから、誤診のしようがない。
それは診察報告書を確認してもらえれば、すぐに分かることだ。
自分の責任を俺に擦り付けるなんて、こいつ一体何様のつもりなんだ!
「女好きギャンブラーのいう事と優秀な俺のいう事。
周囲はどっちを信じると思ってるんだ?
オレの方に決まってんだろ!」
「黒音医師、退室しなさい」
「俺じゃないのに、俺のせいにするんですか?!」
「ここから出て行けと言っているんだッ!!」
・・・・・っ!!
俺は頭に来て、自分が用意した資料だけ持ち、そのまま会議室から出ていくことにした。
わざとらしく思い切りドアを閉めて、出ていく。
どうして俺のせいにされなきゃいけないんだ!
悪いのはあいつの方なのに・・・!
あいつの、ほうなのに・・・なんで俺が、こんな目に・・・。
悔しくて泣きそうになった。
こんな理不尽なことってあるものなのか?
そのまま診察室へ戻り、俺は帰り支度を始めた。
もうだめだ・・・これ以上やっていく自信なんかない。
俺はそのまま、院長室へと向かった。
院長室の前に着き、俺は深呼吸をしてからドアをノックした。
どうぞ、と中から声がして俺は院長室へと足を踏み入れた。
「どうしたんだい、こんな時間に」
「しばらくお暇をいただけませんか」
「突然何があったんだい?
暇が欲しいだなんて・・・」
俺は事情を全て院長に話した。
院長は黙って俺の話を聞いてくれたが、それでも俺はストレスを解消することは出来なかった。
話せば話すほど、イライラしてきてしまう。
俺は何も悪くないと言うのに、なぜここまでされるのか、全く理解できない。
院長も俺になんて声を掛けたら良いのか分からないのか、困った表情をしている。
どうやら、院長も副院長とは以前から仲が悪いみたいで、話し合いなどをしてもなかなか意見がまとまらず衝突してばかりなんだとか。
それも嫌だが俺の方は接触がほとんどない。
気に入らないとすれば、俺の態度とか振舞いなんだろうか。
俺は普通にしているつもりだが、向こうから見れば何か違うのかもしれないな。
「勝手に噂を流されて、誤診まで押し付けられてしまったんだね。
・・・苦しいかもしれないが、此処で君が逃げれば肯定していることになってしまう」
「もう無理です・・・しばらくの間お暇をください。
俺が何を言ったって無意味なんですよ、だからもうどうでもいいんです」
そう、俺が何かを言い返せば俺の意見を潰す声が重なってしまう。
俺の事をよく思わない連中が、これでもかというくらいに言い返してくる。
それが嫌だから、もう何もかもが嫌だから。
俺は、暫くの間だけ暇をもらう事になった。
これでしばらく冷静に物事を考えることが出来る。
今までの事も今後の事も。
俺はそのまま夜の街へと繰り出した。
何もかもから解放されて、今は比較的に気分が良い。
今日はパチンコじゃなくて、競馬に行こうかな。
その足で競馬場へと向かうと、とても盛り上がっていた。
相変わらずの雰囲気に、思わず俺も叫びたくなった。
早速馬券を購入して、レースの行方を見守る。
今日は嫌なことがあったけど、それをバネにして勝てるような気がするんだ。
レースを見守っていると、俺の購入した通りになりそうだった。
「そのまま行ってくれーッ!!」
全力で応援をして、馬券が無駄にならないよう祈る。
今回は絶対に勝てる・・・その自信が俺にはある!
レースを見守っていると、2番の馬が1位になった。
その後、9番の馬、4番の馬と続いてゴールを迎えて、俺の予想した通りの結果になった。
俺の読みは見事に当たり、勝つことが出来たのだ。
嬉しくなって、俺はすぐさま換金所へと向かって換金してもらった。
思っていたよりも大金が手に入って、俺はいい気分だった。
この金を使って、パチンコでもやりに行くか。
競馬場から出て、パチンコ屋へと向かって移動していく。
どちらも賑やかなことには変わりないし、懐かしい雰囲気。
早速、目ぼしい台を見つけ俺はその台の椅子に座り打ち始めていく。
ギャンブルの良いところって、数少ない資金が大金に変わるところなんだよな。
だから、いつまでたってもなかなかやめられないんだ。
今日は大金が手に入るかもしれないんだって。
そう考えたら、やっぱりギャンブルなんかやめられるわけがない。
真面目に働いて稼ぐ方が、バカバカしく感じてしまうくらいだ。
「この台、なかなか来ないな・・・」
当たる台を見つけるのも一苦労なんだよな・・・。
当たった時は嬉しくていいものなんだが、そこに行きつくまでが大変。
だけど、それも醍醐味と言うか。
ギャンブルの楽しさと言うのは、やったものにしか分からないと思う。
そう思った時だった。
急に目の前の台がにぎやかになって、確認してみるとフィーバーを起こしていた。
おー、キタ――ッ!!
俺はすぐケースを持ってきて、溢れんばかりのパチンコ玉をケースにすくった。
今日はツイてないと思ったが、ついているのだろうか?
回収したパチンコ玉は数多く、俺はすぐ換金しに行ってしまった。
何か景品と交換することも出来るが、お菓子とかそう言った物には興味が無くて換金した。
金の方が使い勝手がいいし、好きなことに使えるからいい。
換金するとざっと18万だった。
パチンコで使ったのは4千円だったのに、18万にばけた。
これがあるから、辞められずにどんどんハマって行ってしまうんだ。
頭では理解していても、身体はなかなか思うように動いてはくれない。
まだ勝てるんじゃないかと思って、さらにつぎ込んでしまう。
しかし、俺の場合は苦労したことを理解しているから、そんなことはしない。
「さて、何かうまいものでも食って帰るか」
今までの俺だったら、間違いなくパチンコにつぎ込んでいた。
もっと勝てるんじゃないかと思って、あるだけ金を使っていたと思う。
しかし、今の俺は完全なギャンブラーと言うわけではないから、節度は守っている。
借金することが出来ないから、余裕のある範囲内でしかギャンブルが出来ない。
貯金はまだあるからギャンブルを続けてもいいが、今日はやめておこう。
調子に乗ってしまえば、痛い目を見ることになってしまうから。
しかし、その瞬間涙が零れた。
でたらめな噂を流されて、周囲から冷酷な眼を突き付けられ、非難されて。
水梨の誤診を俺に押し付けられて、誰からも信用してもらえなくて。
今はこうして、再びギャンブルにハマってしまっている。
そんな自分が情けなくて、悔しくて涙が零れたんだ。
「どうして、おれが・・・っ」
悔しくてたまらなかった。
俺が何をしたっていうんだ・・・ギャンブルをしていただけでどうしてこんな・・・。
ギャンブルを辞めたのに、またギャンブルを始めている自分がいる。
それも気に食わない。
本当はわかっているんだ、ギャンブルに逃げても意味がないってことくらい。
だけど、頭や身体がいう事を聞いてくれないんだ。
分かっているのに、ますますダメ人間になっていくのを感じている。
自分ではどうしようもなくて、ただもがくことしか出来なくて。
いっそのこと、いなくなった方が全てから解放されて楽になるだろうか・・・?