あれから俺は、ギャンブルを繰り返しながらも自宅でゴロゴロしていた。
何もやる気が起きなくて、ただ横になり天井や窓の外を仰ぐ。
まるで俺一人だけが孤立しているような感覚に陥って、余計に抜け殻のようになってしまう。
誰も俺なんて必要としていないんじゃないかって。
居なくなったって気が付かないんじゃないかって。
そう思ったら悲しくなったが、それも悪くないと思った。
誰にも迷惑を掛けず、悲しませる事も無くいなくなれるんだからさ。
それでも死ぬ勇気なんか自分にはなくて、何も出来ない。
なんて意気地なしなんだ、俺は。
ギャンブラーとして過ごしていた時は、こんな感じではなかった。
もっとすさんだ生活をしていて、電気やガス、水道が止められたこともあった。
借金することが当たり前で、返済できない癖に借入もしていた。
しかし、それは詐欺行為にあたる事だったんだ。
あの時は大したことじゃないと思っていたが、実際は大きなことだったのかもしれない。
「何が変わったんだろ・・・」
あの頃と比べて、俺は何か変わったんだろうか。
ギャンブラーとして過ごしていたあの頃と、今現在の俺。
変わったとすれば、考え方くらいで後は変わっていないのかもしれない。
結局、今もギャンブルをしているわけだし変わっていない。
変わりたいと思ってもさ、何かきっかけが出来てしまえばギャンブルに手を染めてしまうんだ。
俺の場合は、今回のことだった。
噂を流され人の失敗を押し付けられ、これがギャンブルに目覚めたきっかけ。
この原因が解決されたら、ギャンブルを辞められるかもしれないが無理だろう。
俺は医師が強くないし、もう否定するのも疲れてしまった。
なるようにしかならないんだ、この世界はさ。
そう思ったら、何もかもがどうでもよくなった。
何度か病院から電話がかかってきているみたいだが、一切出ていないし折り返しの連絡もしていない。
なんかもう関わりたくなくて、今では電話線を抜いてしまっている。
携帯の方も着信拒否設定をして、電源を落としてしまっている状態。
今は誰とも関わりたくない。
その時、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「はぁ・・・もう、放っておいてくれ」
立って玄関まで歩いていく気力さえなくて、出なかった。
メーターを確認したって無駄だ。
俺は何も使っていないから、全て止まっている状態になっている。
テレビも付けていないし、電化製品もつかっていない。
電気も付けていないし。
たまにはこんな廃人になるのも悪くないかもしれないな。
余計なことを考えずに済むから。
再び、インターフォンの音が聞こえる。
しつこいな・・・さっさと帰ってくれ。
「黒音医師、いらっしゃいますかぁ?」
この声、いつか水梨と一緒に居た女看護師の声だ。
どうして俺の自宅の住所を知っている?
勝手に調べて来たんじゃないだろうな。
大体、俺の事を悪く言っている奴が何をしに来たんだ?
俺は微動だにせず、そのまま無視して寝返りを打った。
外は相変わらずいい天気で、それが俺を不安にさせた。
俺、このままでいいんだろうか。
いいも何も俺には居場所がないんだから、このままでいるしかない。
それか違う病院へ異動することにするのか。
だが、その異動先の環境にもよるよな?
「黒音医師のことが心配で来たんですよぉ。
私で良ければ、お話を聞かせてもらえませんかぁ?」
良く言えたものだな、あれだけひどく言っておきながら。
俺はその言葉も無視した。
何が心配だ、まだ元気かどうかの確認でもしに来ただけだろ。
話したことを水梨に伝えることが、この女の目的なんじゃないか?
俺の弱みなどを聞き出すために、よこしたんだ。
残念ながら、この女がお前の仲間だという事はもう知っているんだ。
だから関わりたくないんだ。
面倒くさいし、また新たな嫌がらせをされかねないしな。
暫くすると、足音が遠くなっていった。
さっさと帰ればいいんだ。
足音が遠くなったのを確認して、俺は床ではなくベッドへ倒れ込んだ。
窓から日が差していてあったかい。
俺はそのまま両目を閉じて、無心になった。
ふと目を覚ますと、いつの間にか室内が暗くなっていた。
陽の光にあたって俺はそのまま眠ってしまっていたようだ。
それにしても、何時間眠り続けていたんだ?
それくらい、普段ストレスを抱えていたり疲れが取れていなかったという事なんだろうか?
医師の仕事はやることが多くて、残業するなんて当たり前。
たまには早く帰れることもあるが、なんだかんだで時間が遅くなってしまいがち。
こんなにのんびりできることは少ないから、身体も休まってよかったかもしれない。
よく眠っていたおかげで疲れは取れたが、頭がぼーっとしている。
起きたばかりは脳の働きが鈍る。
おまけに、俺が寝た時間は中途半端過ぎて、それも原因の一つになっている可能性がある。
「寝過ぎたせいで、今夜眠れないかもな・・・」
寝過ぎてしまったせいで、今夜は眠れないかもしれない。
何もすることも見当たらなくて、ふと俺の脳裏に浮かんだ。
ギャンブルをしに行けばいいんじゃないか?って。
やることが無いと言うより、今日はまだギャンブルをしていないことに気が付いた。
競馬はこの間大金を当てたし、パチンコでも金を稼いだから違う事がやりたい。
カジノとかあればいいけれど、日本でカジノはさすがに難しいか。
ラスベガスならまだしも、此処は日本だしな。
しかし、探してみたら見つかるかもしれない。
裏カジノとか出て来そうな気がするが、ネット上では出て来ないかもしれない。
違法なものは罰せられるからな。
そんなことを思いながら、俺はそのまま街へと出ていくことにした。
すっかり真っ暗になった街の景色は、昼間とは別の顔になっていた。
「寒くなってきたな・・・」
季節はもうすっかり秋。
少しずつ寒くなってきて、冬がやってくる。
秋の夜の風は冷たく、俺の頬をひんやりと撫でていく。
パチンコ屋のネオンが輝き、ビルの灯りがイルミネーションのようになっている。
そう言えば、ちゃんとこんな風に景色を見たのは初めてかもしれない。
今までずっと視線を下に向けていたから。
上を見上げたことなんかなかった。
こんな景色になっていたのか・・・それにしても明るい。
夜空が明るいのではなくて、ビルの灯りとかネオン街の灯りとかで明るく見えている。
昔はそんなに高いビルなんかなくて真っ暗に近かったと言うのに。
最近では高層ビルが多く建ちはじめていて、今もなお建設が進められている。
このままだと、冬でも明るいままになるかもしれないな。
「ちょっと、あんたいい顔してるじゃないの!」
突然、声を掛けられて俺は驚きつつも、その声の主を見た。
その相手はある女性で、クラブの呼び込みか何かのようだった。
残念ながら、俺はそう言ったことには興味が無くて断ろうかと思った。
こんなことで金を使うくらいなら、ギャンブルで使ってしまった方がいいと思うから。
そう思っていると、その女性はニヤリとして俺の方を見た。
一体何なんだ?
俺が黙り込んでしまっていると、女性が俺に近寄ってきた。
その手には何やら番号が書かれている紙が握られている。
「・・・あんた、カジノ興味ない?」
「え?」
「カジノだよ、ルーレットとか今なら30倍とか。
パチンコだって競馬レースだってものすんごい倍率なんだよぉ?」
「・・・何だって?」
カジノって言ったのか?
日本でカジノは禁じられているはずだし、こんな街中にそんな場所があるのか?
見た目はどう見ても雑居ビルだし、見つかったら取り締まりを食らうんじゃないか?
色々考えて不安になったが、30倍という言葉に誘われた。
それって、つまり10万円かけたら300万円の金が手に入るっていう事だろ?
まるで夢のような話だが、実際にはどうなんだろうか?
騙されて高い金をふんだくられるんじゃ・・・。
「わかった、参加させてくれ」
「あんた、やっぱりギャンブル好きだったのね?
はい、この紙を見せれば中へ入れてもらえるわ」
そう言われて、小さなメモ紙を受け取った。
騙されていたらどうしようとも思ったが、金に目がくらみ何も感じなかった。
奥へと進んでいくとエレベーターが見えたから乗ろうとしたが、いくら待っても来ない。
おかしいな・・・ここから乗るんだよな?
ずっと待っていても何も来ない。
まさか、本当に騙されたか?
そんなことをしていると、後ろから誰かの気配を感じた。
「そんなことしてたって無駄よ。
本物のエレベーターは、向こうにあるの」
それは先程の女性で、指をさしたのはさらに奥の方だった。
よく見れば、このエレベーターって数字表記が何かおかしい。
地下なんてないはずなのに、下行きのボタンが合ったものだからついこっちだと思ってしまった。
何だ、奥の方だったのか。
しかし、そう言われてもなかなかエレベーターを見つけることが出来なかった。
でも、さっきこっちの方だって言ったよな?
まだ何か隠されているのか?
歩き回り探していると、俺は壁にぶつかってしまった。
痛ッ・・・!
目の前を見るとまだ道が続いている。
ふと手を伸ばすと何かに触れた。
「・・・まさか」
それはマジックミラーになっていて、その裏にエレベーターが隠されていた。
なるほど、すぐ見つかってしまわぬよう考えたんだ。
エレベーターで下へと向かっていき、ゲートに立つ強面の男性二人に紙を見せた。
すると、すんなり通してくれて中へ足を踏み入れることが出来た。
・・・・・!
そこは華やかな世界になっていて、ガラの悪そうなものから華やかな人達まで蔓延っていた。
こんな世界があるなんて、全く知らなかった。
俺の知らないところでこんなことをしている人達がいたなんて・・・。
ルーレットやパチンコ、スロットに競馬レースなど色々なギャンブルが用意されている。
しかも、ビールをタダで配っている。
なんて言う気前のいい店なんだ・・・いや、その分ギャンブルに溺れさせる魂胆なんだろうな。
それにしても、魅力的なものばかりで目移りしてしまう。
またギャンブラーに戻ってもいいかな・・・?