あれから何度も何度も、俺なりにずっと色々なことを考えた。
最初は、両親を喪い姉貴まで喪ってただ嘆き文句を言う事しか出来なかった。
あまりの理不尽さに腹も立った。
その反動で俺は再びギャンブルを始めてしまって、今現在もパチンコをするようになってしまった。
その間の返済はどうなっていたのかと言うと・・・しっかりしていた。
遅延や延滞することなく返済を続けて、今現在ではようやく半分まで返済することが出来ている。
なんだかんだ言って、やるべきことはしっかりやっていたのだ。
医師としての仕事も頑張っているし、少しずつ以前のような自分になってきた。
水梨に言われた言葉が、俺の心に響いたから。
「ギャンブルに溺れている場合じゃない、よな」
そう、ギャンブルに溺れている場合ではない。
せっかく姉貴が俺の事をとめてくれたんだ、裏切るような真似をしてはいけない。
ちゃんと顔向けが出来るように、今後もしっかりしていくか無いといけないんだ。
此処で俺まで借金を積み重ねて自己破産なんかしてしまったら、悲しませてしまう。
そう思って、最近になってから残業の回数を少し増やすことにした。
こなせる仕事が増えて、任せられる仕事が増えたことにより、俺はさらにスキルアップしていった。
実は俺には新しい夢が出来たんだ。
それは、少しでも多くの人達の命を救うために、患者ときちんと向き合い外科医との連絡をしっかり行うようにすることなんだ。
内科医は手術を行うことが出来ないが、どんな病気を抱えているのか診察することが出来る。
一方、外科医は手術を行う知識や技術を持ち合わせているが、細かい診察が難しい。
だからこそ、きちんと協力し合っていくことが大事なのだと思うんだ。
「黒音医師、何か活き活きしていますね!
一時期別人の様でしたから、安心しましたよ~」
「心配をかけてすまなかった。
もう、大丈夫だから心配無用だ」
俺がそう言うと看護師が笑った。
確かに姉貴を喪って、俺は壊れ狂いそうになっていた。
しかし、もう解答を見つけ出したから何も心配などいらない。
診察を続けていくと、色々な患者が俺の事を機に掛けてくれていたようで、驚いた。
姉貴の葬式も全てもう済ませた後で、院内の連中も参加してくれたから、きっと姉貴のヤツ喜んでいたんじゃないかと思うんだ。
これは俺だけかもしれないが、葬儀の時姉貴の写真を見た時、笑っているように見えたんだ。
満足そうに笑っているような、そんな感じに見えたんだ。
姉貴は周囲からとても慕われていて、信頼も厚かったようで時には後輩たちの相談役を買って出ていたみたいだ。
その話を聞いて、実に姉貴らしいと思った。
それから忙しい毎日を送り、あっという間に季節が過ぎ去って行った。
一年って思っていたよりもずっとあっという間だった。
今まではギャンブルばかりしていたから長く感じていたけれど、ちゃんと働くようになってから一週間でさえ短く感じる。
今日は久々の休戦日で、俺は家族の墓参りへ行くことにした。
両親の墓参りは、なんだかんだ言ってまともに出来ていなかったから、そろそろちゃんとしなきゃいけないと思って。
いい天気だし家族が好きだったデンファレを持って来た。
デンファレとはデンドロビウム・ファレノプシスという胡蝶蘭の種類の花で、家族みんなが大好きだった特別なものなのだ。
キレイな紫色の花びらが、夏の緩やかな風に揺れている。
そして、俺は墓石の前へとしゃがみこんで墓石をじっと眺めた。
「今まで皆に心配ばかりかけてごめん。
だけど、もうギャンブルは完全に辞めたし夢も見つかったんだ。
少しでも多くの命を救えるように、内科医として今後は努力していきたいんだ。
外科医とうまく連携しながら技量向上を目指していこうと思ってる。
最善を尽くしましたが残念です、じゃなくて最善を尽くした結果助かりましたって言えるように」
それはとても難しい事だとわかっている。
どんなに手を尽くしたって、救えない時もあるだろうけれど、最小限に抑えることくらいなら出来ると思うんだ。
内科医と外科医の連携率は、まだまだ進んでおらず情報も上手に共有できていない状態だ。
例えば、同じ内科医でも担当している者が違うから知らないと言った状況が現代では目立っている。
俺はそういった現状を少しずつ変えていきたいと思っているんだ。
大切な人を喪ったことで改善したいと思うようになったけれど、まだ経験した事の無い者には完璧に理解できないかもしれない。
だけど、周囲の者達と少しずつ協力して変えていきたい。
「だから・・・見守っていてくれ。
俺さ、今以上に頑張るから」
俺はそう言って、小さく笑った。
実現できるのかまだ分からないが、やってみる価値は十分にある。
最初は出来ることからやっていこうと思っている。
その瞬間、突然強い風が吹いて周りに生い茂っている木々の葉が大きく揺れた。
まるで俺の事を応援してくれているように思えて、俺は笑って見せた。
最初は寂しくて大きな孤独感に呑み込まれそうになったけれど、亡くなった人が今もそばで見守ってくれていると思えば寂しくなくなった。
俺が覚えている事で生き続けてくれていると思えるから。
墓参りを終えて俺はある場所へと向かった。
向かった先は、かつて裏カジノがあった場所で現在は何もなくなっていた。
摘発でもされたんだろうか・・・。
街を歩いているとパチンコ屋が新しくオープンしていて、ドアが開いて中をちらっと覗いてみると今時の若者から年配者まで蔓延っている状態だった。
あの中に、一体どのくらいのギャンブル依存症がいるのだろうか・・・。
「あれ・・・黒音?」
「おう、水梨じゃないか」
偶然にも水梨がパチンコ屋から出てきた。
まさか、まだギャンブルにハマっているのか?
こうして会うのは何年振りだろう・・・だけど一目でわかったのは水梨がいつも同じキャップをかぶっているから。
話を聞いてみると、自己破産した後転職を繰り返してやっと今の場所に落ち着いたらしい。
しかし、ギャンブルを克服することは出来なくて、現在でも続けているようだ。
しっかりギャンブルが身体に染みついてしまっているようで、水梨本人も自覚している様子。
以前のような刺々しさはもうなくて、普通に話せるようになっていた。
あの時はごめんな、と謝られたが俺は何とも思っていなかった。
その当時は腹を立て憎むこともあったが、今となっては全て終わったことだから。
俺が許すと水梨が笑ったから、俺も笑って見せた。
それから俺が今後どんなふうな病院にしていきたいのか水梨に話すと、賛成して色々なアイデアを出してくれて少しずつ現実味を帯びてきた。
暫く話してあっという間に陽が落ちて、俺たちはそれぞれ帰ることにした。
「黒音、お前は進むべき道を誤るなよ。
自分信じて突き進め、どんな時でも」
そう言い残して水梨は去って行った。
その言葉は力強いもので、俺は何も言い返すことが出来なかった。
初めて水梨から応援されたような気がして、内心嬉しく思っている自分がいた。
本当はギャンブルを克服して、一緒に仕事をしようと言いたかった。
だけど、そんなこと言えるわけもなく。
きっと自己破産をしてしまったあたりから、もう俺たちは交わることが出来なくなってしまったのかもしれない。
それから数年が経過して、俺はすっかり技術や知識を身につけ上の立場へと上りつめた。
そうは言ってもまだまだ偉そうになんかできなくて、それでも俺を信頼してついて来てくれる仲間達が多い事には常日頃感謝している。
あの頃、まだ下らない連中や水梨がいた時はどうしようもないと思っていたが、本当に変わった。
少なくとも協調性が見られるようになって、内科医と外科医の連携もうまく取れるようになった。
仲の悪い医師もいるけれど、仕事とプライベートはしっかり分けてくれるようになってきている。
院長も医局長たちも俺の目指すべき道を聞いて、出来る限り協力したいと言ってくれたおかげで、この病院は以前よりもずっと良い環境となった。
それは患者にも伝わっているようで、少しずつ利用してくれる患者が増えて忙しい日々を送っている状態。
「黒音医師のおかげで、こんなに良い環境になりましたね。
数年前までどんなに殺伐とした環境だったのか、分かりますね」
「ああ、あの頃と比べたら本当に過ごしやすくなったよ。
それに看護師も医師も、互いに高め合っているから良い結果を生んでいる」
互いに刺激し合う事により良い結果を生みだすことが出来れば、その分良いことが連鎖していくのではないかと俺は考えている。
時には悪い結果を招くこともあるかもしれないけれど、それを糧にして前に進むことが出来ればいずれ良い結果につながると信じているから。
俺を嫌うのは構わないし、言いたいことがあるのならどんどん言ってくれて構わない。
ただ、仕事の時だけは協力してほしい、患者の前では医師として振る舞ってほしい。
幸いにも俺の意見に反対する人は少なくて、あとは少しずつ説得するだけだ。
全てを急に受け入れて理解し協力してくれなんて、決して言わない。
ただ、少しずつでいいから受け入れてもらえれば良いかなと今は考えている。
「黒音くん、ちょっといいかい?」
「はい」
後ろから声を掛けられて、俺が振り向くとそこには院長が立っていた。
俺は驚いてそのまま院長の後についていくしか出来なかった。
ついていくと院長室に案内されて、ソファへ座るように言われて俺は断りを入れてからそっと腰を掛けた。
以前ここへ訪れたのは暇をいただきたいと言いに来た時だった。
あれから年もの月日が経っているが、この部屋だけは相変わらず変わっていない。
院長が目の前のソファに腰を掛けて、何枚かの書類を差し出してきた。
何だろう・・・異動とか?
その書類に目を通して俺は驚愕して、院長をまじまじと見つめてしまった。
「君は今まで一番頑張ってくれた。
そして、今現在この病院が活気づいているのは君が指摘してくれた事が大きい。
そこで、是非とも君を私の補佐として勤めてもらいたいんだ」
「大変名誉な事で恐縮なのですが、自分には荷が重すぎます。
果たして今後も尽力出来るのかどうか、正直不安を感じております」
「黒音くん、君だから私は信頼しているんだ。
是非、引き受けてもらいたいのだが、駄目かい?」
そう言われてしまったら断れない。
どこまで力になることが出来るのか分からない、それでも尽力させてもらいたい。
俺は内科医をしながら院長補佐という役職につくことになった。
最初はギャンブル依存症だった俺が、今ではこんなもったいない地位に辿り着くことが出来ている。
両親を喪ったり、姉貴を喪ったり、ギャンブル依存症を繰り返したり、本当に色々なことがあって現実に嫌気がさすこともあった。
だけど、諦めずに歯を食いしばって頑張り続けた結果が現在なのだとすれば、頑張り続けて良かったと思える。
姉貴を喪ってそのままギャンブルに溺れてしまう事を選んでいたら、きっと自己破産をして生きることが嫌になって死んでいたかもしれない。
そう考えると、水梨からもらえた言葉が俺を奮い立たせてくれたのかもしれない。
「なんだかんだ言って良い人生なのかもしれないな、これはこれで・・・」
明日から再び良い意味で忙しい日々が始まる。
一度ギャンブル依存症になったからもう戻れないんだって、諦めたらいけないんだ。
走り続けよう、この命の灯火が消えてしまうその日まで。