そして、あれから4年後。
僕は必死に頑張って仕事をしながら、たまっていた借金を見事完済することに成功した。
自分では無理だとばかり思っていたが、やればできるんだなと思った。
少しでも早く借金を完済したくて、仕事で残業をするようにしたのだ。
その結果、稼ぎが少し良くなり、その分返済に回せるようになった。
馨が残してくれた生命保険のお金は、手を付けずにまだそのままにしてある。
恐らく、馨は僕の借金を返済するために保険に入ってくれていたんだと思う。
だけど、そんなことで使ってしまうのはどうしても嫌だと思って、手を付けられなかった。
「響、こっちも手伝ってくれないか?」
「うん、今から行くよ」
実は、今まで勤めていた会社を辞めて、馨の勤めていた会社へと異動した。
異動願を出したとかじゃなくて、馨の会社の上司が僕をヘッドハンティングしてくれたのだ。
最初はどうしてそんなことをしてくれたのか分からなかったが、今ではわかる。
馨が勤めていた会社に勤めることで、同じものをみられるからという事だと思う。
どんな仕事をしていたのか、どんな仲間たちと仕事をしていたのか。
僕にそれを教えるために、わざわざ引き抜いてくれたんだ。
仕事なんて、ずっとつまらないと思っていたしギャンブルの事ばかり考えていた。
馨が僕よりも早くギャンブル依存症を克服できたのは、この会社の人達のおかげなのかもしれない。
「そういやさ、お前新しい企画どうした?
この間、部長から何かアイデアを出せって言われてただろ?」
「実は、野菜について特集しようかと思って。
野菜の持っている力を紹介して、病気を予防しましょうってやつなんだけど・・・」
「それ面白そうだな!
野菜って正しい処理の仕方で食べないと、栄養素が摂取できないんだろ?」
「そうそう、よく知っているね!」
野菜は栄養素が豊富で体に良いと言うけど、調理方法が間違っていたら意味がない。
ニンジンは過熱するのがいいとか、玉ねぎは切ってから水につけず15分~30分放置しておくといためたりしても栄養素が逃げないとか。
皆知っているようで知らないことだから、改めて知ってもらうために特集ページを組みたいと思って、企画書を作成していた。
周囲からの評判も良くて、僕は嬉しくなった。
僕も今は友梨佳と一緒に、ベランダでたくさんの野菜を育てているが、これがすごく楽しいんだよな・・・。
水遣りとか肥料とか大変なことは多くあるけど、そこまで苦痛ではない。
ただ、育っていく過程を見るのが好きというか、実は馨の影響が強いかもしれない。
実はあの時、馨の家で家庭菜園の本を何冊か見つけたが、ベランダにはプランターが置かれていたけど、中身は空っぽだった。
しかし、使ったような形跡がわずかに残っていたから、きっと家庭菜園をしていたんだと思う。
そのプランターはダンボールの形をしている、面白いプランターだった。
「確か、馨も家庭菜園をやっていたって話したような。
あいつ、マメだからそういうの向いてそうっていうか、好きそうだよな」
「ええ、だから今度は僕が引き継ごうかと思って。
この間、馨のベランダからプランター持ってきたんだ」
「おっ、何育てているんだ?」
「今は変わった野菜を育てているんだ。
スーパーとかでは買えない野菜だから、収穫するのも楽しみだ」
本当は普通の野菜を育てようと思ったが、馨が変わった野菜の本ばかり見ていたから。
友梨佳と相談をして、変わった野菜を育てることにしたのだ。
変わった野菜は食べたことが無いから、どんな味がするのかすごく楽しみだ。
画像では何度か見てはいるけど、写真と実物はやっぱり違うからな。
それからデスクたちを集めて、会議を進めていく。
その会議で僕のアイデアが面白いと言われて、採用されることになった。
何か付録を付けた方がいいという事で、考え出したのは薄い野菜のパンフレットだった。
特徴や調理方法について復習してあるパンフレット。
「よし、この話で進めよう」
「ありがとうございます」
それから、僕は成功させるために色々な案を出して準備をして言った。
男性にも呼んでほしいが、やっぱり女性に読んでもらいたいから。
今日だけでは時間が足りなくて、家に帰ってからも考えることに。
季節はあっという間に過ぎていき、気が付けばベランダに置かれている野菜たちも育ち始めていた。
レッドエクスプレスというキャベツを育てているけど、これがなかなか難しい。
野菜を育てるのは、楽しいだけではなくて大変なことなんだ。
「あら、何を見ているんですか?」
「ああ、野菜たちをちょっとね。
大分育ってきたなぁ」
野菜たちが成長しているという事は、その分僕たちも歳を重ねているという事だ。
そう考えると何だか不思議な感じがする。
馨は小さい頃、よくキャベツとレタスを間違えていたっけ。
母さんと一緒に買い物へ行ったとき、“はい、キャベツ持って来たよ!”とか言っていつもレタスを持ってきてはかごに入れて、母さんと父さんに笑われていた。
僕は違いをしっかり判っていたから問題なかったけど、馨は分からなかったみたいだ。
思い出し笑いをしていると、後ろから重みを感じた。
何だ何だ・・・?
「おとしゃん、なにしてるの?」
「おとしゃんは、野菜を観察しているんだよ。
悠翔<はると>は、保育園どうだったんだ?」
「あたらしい、ともだち・・・できたの」
僕と友梨佳は見事結婚式を挙げて、その後すぐに子供を授かった。
友梨佳が早く馨に報告したいと言ったのもそうだし、向こうのご両親も孫の顔を楽しみにしていたから。
そして、可愛らしい男の子が生まれて僕たちは悠翔と名付けた。
悠久に羽ばたいていてほしい、という願いを込めて。
新しく友達が出来たと恥ずかしそうに、報告してくる。
余程嬉しくて、何て言う表情をしていいのかわからないのかもしれない。
だけど、優しくて元気な子に育ってほしい。
「そうかそうか!
よかったな~、おめでとう」
そう言って、僕は収穫したミニトマトを渡した。
これはスノーホワイトと呼ばれている白いミニトマトで、なかなか手に入らない品種。
出来るだけ好き嫌いをさせたくなくて、こうして試しに色々少しずつだけど食べさせていっている。
今のところ嫌いなものは、牛乳だけのようだけどトマトはどうかな?
悠翔がもぐもぐ食べているが、無反応。
「美味しい?」
「ちょっとすっぱいけど、あまくておいしいの」
「よかったな~、トマトも食べられるじゃないか」
「うん!」
僕はそう言って、悠翔の髪をくしゃくしゃにして撫でた。
悠翔はきゃははと笑って、僕に抱き付いてくる。
僕と馨が小さい時も、両親はこんなふうにして接してくれていたのかな。
たくさんの愛情を注いで育ててくれたのかな。
それなのに、僕も馨もギャンブル依存症になって借金まで背負ってしまった。
現在は二人とも完済して、ギャンブルもしていないけど。
こんな幸せだと思ったのは、久々だった。
両親を喪ってから本当にダメだと思って、馨までいなくなってしまった時には絶望感に苛まれて大変だったから。
僕たちがじゃれている姿を見て、友梨佳も幸せそうに笑っている。
「あのおしゃしん、おとしゃんとそっくりなの!」
「あれはおとしゃんの双子の兄弟なんだよ。
病気で死んでしまったんだ」
そう、馨はもういない。
本当だったら、結婚式にも出席してほしかったし、悠翔の顔も見せたかった。
だけど、それはもう叶わない。
すると、悠翔がいきなり僕の頭を撫でてきた。
・・・・・?
優しい手つきで僕の頭を撫でて、だいじょぶと言っている。
「かおしゃん、今もおとしゃんみてるもん」
「え・・?」
「おとしゃんのそばにいるもん。
だから、おとしゃんなかないで」
そう言って、悠翔が僕の頭を撫でてくれている。
今も馨が僕のそばにいて見てるって?
それは・・・つまり。
僕は振り返ったが、やっぱりそこには誰も居ない。
しかし、悠翔はある一点を見つめて笑っている。
おまけに手まで振っている。
ま・・さか、悠翔には馨の姿が見えているのか・・・?
「かおしゃん、わらってるの!」
「笑ってる?」
「うん、いまおとしゃんのかたに、てがのってるの」
そうか・・・馨、見守ってくれていたんだ。
本当にありがとう、今までずっと僕たちを見守ってくれて・・・。
泣きそうになったが、子供がいる手前そうもいかない。
せめて、子供の前では強くて頼もしいお父さんでありたいから。
友梨佳もやってきて、僕は二人とも抱き寄せて抱きしめた。
もう大切な人を喪いたくない。
これからは、ギャンブルなんかしないし借金もしない。
ちゃんと真面目に生きるから、どうか僕の大切な人をこれ以上奪わないで。
大切な人達なんだ。
僕が家族を守っていかなければいけないから、しっかりしないと。
何かあった時、きちんと対処できるようにしておく必要もある。
「家族みんな、ずっと一緒だ」
「ふふっ、急に変なお父さんね」
「おとしゃん、へんなの!」
「うるさいぞ~!」
「あははっ!」
皆して笑いながら、しばらく抱き合った。
家族がいるから毎日頑張れる。
この大切な関係も時間も、僕が守っていくんだ。
馨の分まで生きて幸せにならないといけないと思うから。
しばらくして、疲れてしまったのか悠翔が眠ってしまった。
気が付けばもう21時を回っていた。
悠翔をベッドへ寝かしつけて、僕たちはリビングへ戻った。
ビールを開けて、二人で乾杯をして口へと運ぶ。
今までビールなんて飲めなかったはずなのに、いつの間にかうまいと言って飲めるようになっていた。
「悠翔、どんな子に育つのかしら?」
「そうだなぁ、僕みたいにギャンブル依存症にならないことだけを祈るよ。
優しくて他人の痛みを分かってあげられるような、強い男の子に育ってほしいかな?」
「私も同じことを思っていたの。
ギャンブルに手を出しても、響さんなら絶対にとめられるって信じています。
だから、心配いりません」
「そうだな、その時は任せてくれ」
僕たちは笑いあいながら、そう話した。
子供の成長は早いと言うから、ちゃんと成長する姿を見ていきたい。
間違ったことをしたら正してあげて、新しいことを教えてあげる。
叱って褒めて認めてあげて、心配して助けてあげるのが親としての役目。
僕はしっかり育てることが出来るだろうか?
―“響なら大丈夫さ、心配ない”
え・・・?
今また一瞬だけど、かすかに馨の声が聞こえたような気がした。
僕なら大丈夫?心配ない?
自信はないけど、ただ精一杯一生懸命に向き合っていこう。
悠翔がもう少し大きくなったら、僕が犯した過ちについて話そう。
ギャンブルはとても怖いものなのだと、しっかり教えて伝えよう。
「・・・おとしゃん、ねれないの」
すると、悠翔が枕を持って起きてきた。
暗闇が苦手みたいで、ときたまこうして起きてしまうみたいだ。
こういう所は、僕に似ている。
僕は水を飲んで、悠翔の元へ向かった。
眠れないことへの恐怖感なのか、泣きそうな表情をしている。
僕は、そんな悠翔の頭をそっと優しくなでた。
「さぁ、一緒に寝ようか、おいで」
悠翔を連れて、ベッドへと眠らせた。
隣には僕も入って、反対側は友梨佳の為に開けておいた。
豆電球にすると悠翔は安心したのか、泣きそうな表情を見せなくなった。
悠翔が怖がらないように、ずっと頭を撫で続ける。
すると、仰向けになっているまま悠翔が口を開いた。
「ぼく、おおきくなったら、おとしゃんみたいにやさしいひとになりたい」
いきなりそう言われて、僕はびっくりしてしまった。
優しいって言われたことが無いわけじゃないけど、どうしてこんなにも胸がぎゅうってなるんだろうか。
僕みたいになりたいだなんて・・・そんな大した人間じゃないのに。
ギャンブル依存症になって、借金まで作っていたというのに。
思わず涙がこぼれた。
「おとしゃん、ないてるの?」
「・・・泣いて、ないぞ」
悠翔が僕の顔を覗き込もうとするから、布団をかぶってしまった。
かつて僕と響も同じことを言って、父さんが布団をかぶっていたことを思い出した。
あの時、父さんは僕と同じことを思ったんだろうか。
ねぇ、父さん母さん、馨。
僕・・・お父さんになったよ。
まだまだ頼りなくて経験も少ないけど、それを埋められるくらい頑張るから。
一生懸命頑張るから、どうか見守っていて。