響と友梨佳さんは順調みたいで、よく近況報告をしてくれている。
俺が驚いたのは、少しずつギャンブル依存症を克服して、借金返済をしていくと響が言いだしたことだった。
俺よりも響の方がギャンブルにハマっていたから、克服するのは大変なんじゃないかと思う。
だけど、ギャンブルをしても借金を作るだけだから、やめた方がいいと思う。
俺もギャンブルを断ったことで、金の大事さやありがたみを改めて知ることが出来た。
今まではギャンブルにつぎ込むことしか考えていなかったけど、あっという間に金が消えてなくなってしまう。
稼ぐのはとても大変なことなのに、消えてしまうのは一瞬だ。
それを考えたら、ギャンブルは下らないもので怖いものなんだと思った。
たまにやる分にはいいと思うけど、頻繁にするのはやっぱり何か違うような気がする。
「あと数回の返済で完済になりますね。
やっと完済する気持ちはどうですか?
やっぱり何か違いますか?」
「そうですね・・・ちゃんと返済した方がやっぱり気分もいいですね。
無視して逃げ回っても、誰も得しませんよね」
「水嶋さん、あの頃よりずっといい眼をしていますね。
何かいいことでもあったんですか?」
「いえ、特に何も!」
そう言って、俺は担当者に笑って見せた。
いいコト、それは響と友梨佳さんが結婚を考えている事かな?
借金返済をするようになってから、少しずつだけどいいことがなんとなく増えたような気がする。
やっぱり返済はしっかりしなくちゃいけないんだなって思ったし。
逃げていても意味がない、いつまでも郵送で催促状を届けられるのも嫌だし。
自分で作った借金だから、最後まで責任を持たなきゃいけない。
ちゃんとこのことは響にも話してあるから、理解してくれたと思う。
響もしっかり返済し始めたし、今後は安泰かな。
俺の返済も順調だし、何も問題なく進んでいるから安心だ。
それから俺は、響のギャンブル依存症を克服するために、サポートしたりして体力をすり削らせていた。
その甲斐あって、響はパチンコから足を洗う事ができ、通わなくなったんだ。
残るは競馬だが、こっちはなかなかうまい具合に進まない。
やっぱり一度味を噛みしめてしまうと、やめることが難しくなってしまう。
何とか改善しながら、毎日があっという間に通り過ぎて行った。
気が付けば、もう2度目の冬を迎えていた。
外の木々たちは枝につけていた木の葉を枯らして、道路などに散らせていた。
冷たい風が吹き、夜になると空気が澄んでいるせいか、夜空にいくつかの星が輝いている。
また、街路樹などにはイルミネーションが飾られて、クリスマスの雰囲気を醸し出していた。
街には幸せそうなカップルや家族の姿があって、何だかうらやましかった。
俺も毎年この時期になると楽しかったな。
そんなことを思いながら歩いていると、突然例の発作に襲われた。
歩いていることが難しく、思わずその場でうずくまる。
やっぱり痛みがひどくなってきている・・・なんとかしなきゃ。
「・・・ぅああっ!」
痛みがひどいから、俺はバッグの中から薬を取り出して飲もうとしたが、ペットボトルに入った水を落としこぼしてしまった。
なんだかんだですぐにペットボトルを拾い上げて、薬を飲んだが効き目がほとんどない。
もしかしたら、飲みすぎて体に抗体が出来てしまったのかもしれない。
・・・くそっ、こんな、ときに!!
だからと言って、多めに飲めば副作用を起こしてしまうかもしれない。
その間にも、胸痛が激しくなり立っていられなくなってしまった。
―バタンッ!!
俺は力尽きて、その場で倒れてしまった。
痛みに耐えられなくて、俺は処方された薬を少し多めに飲んだ。
その数分後。
酷い脱力感に襲われて、動くことが出来なくなってしまった。
もう自分の力じゃ、なにもできない・・・。
視界も悪くなって、聞こえてくるのは人々の行きかう足音や声。
このままじゃ、ここで死ぬかもしれない・・・まずいぞ・・!
「大丈夫ですか?!
今、救急車呼びますからね!!」
すると、誰だかわからないけど女性の声が聞こえてきた。
その声の主は若い声で、年配ではなかった。
よかった・・・ここで死ぬことだけは、なんとか・・免れそうだ。
それでもまだ胸痛が治まらなくて、俺は必死にその痛みを耐えながらうずくまる。
数十分後、救急車のサイレンの音が聞こえてきて、安心したのか俺はそのまま意識を失った。
目の前には、ただただひたすらに暗闇があるだけ。
此処は夢の中?
何だか生温かくて、それが心地良いような気もする。
目の前には、亡くなったはずの両親の姿があって俺を見て黙っている。
俺が死に対して恐怖感が無かったのは、きっと両親がいてくれているからなんだと思った。
きっと俺一人だけだったら、生きたいと思っていたかもしれない。
一人は寂し過ぎるから、それが苦痛になってしまう。
「・・・る、・・おる」
俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
もしかして、俺呼ばれてる?
だけど、誰が俺の名を呼んでいるのかわからない。
聞き覚えがあるような気がするんだけど、思い出せない。
此処が何だか心地よく感じて、動きたくないなとも思う。
だけど、何度も俺の名を呼ぶ声が聞こえてくるものだから、俺は周囲を確認した。
真っ暗で何も見えないから、声の方向だけを頼りにして歩いてみるか。
その声のする方へと歩いて向かっていくと、まぶしい大きな光が見えてきた。
俺の目の前には白い天井と、泣きそうになっている響の顔があった。
今にも泣きそうな表情をしている。
あれ・・・彼女は一緒じゃないのか?
来たのは響だけで良かったとホッとした。
ここは・・・病院のベッドの上・・?
そうか、あれから救急車でここまで運ばれてきたっていうわけか・・・。
「馨、もしかして何か病気なの?」
「・・・」
「どうして答えないの?!
馨、隠し事はなしだよっ!!」
そう言われても、俺は黙ったまま何も答えなかった。
もう隠しきれないとわかっているくせに、黙る事しか出来ない。
限界だなって思っても話す気にはとてもなれなくて、俺は傍にいた担当医に目配せをした。
担当医はずっと俺に移植手術を進めて来ていた。
それを俺がかたくなに断り続けて、とうとうこのザマ。
きっと呆れているんだろうなと思いつつも、真実を打ち明けるのは担当医に任せた。
俺の口からはとても言える勇気がない。
体を起こそうとしたが全く力が入らない。
あ・・・れ?
呼吸も今までよりも浅くなり息が上がっているようだ。
「どういうことですかっ?!」
遠くで響が怒っている声が聞こえる。
担当医が事情を説明している。
彼の話では、今夜が峠だと思ってください、との事だった。
そうか・・・俺の命もここまでか・・・。
今まで本当に色々なことがあったな・・・楽しかったこともつらかったことも。
それでも苦しいとか楽しいとかそういった感情は、生きている証だと思うんだ。
残された命を、俺はちゃんと有意義に使うことが出来ただろうか?
「どうして、身内である僕に連絡をくれなかったんですかっ!?
そうしたら何か太刀打ち出来たかもしれないのに!!」
「そう言われましても、ご本人様から口止めするよう言われていましたので・・・。
私もしつこく移植手術を進めたのですが、断られてしまって・・・」
「それでも医者ですか?!」
「違う・・・医師は悪くないんだ・・。
悪いのは、ずっと隠して・・手術を、断った俺なんだ・・・。
・・・・ごめん、・・ごめんな、響」
もう体を起こす力すら入らず、目を開けているのもやっとの状態。
だけど、響が今どんな表情をしているのか想像がつく。
今まで一緒に過ごしてきたんだ、それくらいわかる。
あれからあっという間に、3年の月日が経ってしまったのだと思うと寂しくなった。
今日まで何とも思っていなかったのに。
ただひたすらに生き続けてきた。
だからもう後悔なんかない。
たった一つを覗いては。
「馨、死ぬなって!!
僕のしてきたことが悪かったなら謝るからさ・・っ」
「響は、悪く・・ない。
・・・泣くなって」
響の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
俺の為にそんなに泣いてくれるのか?
泣かせて申し訳ないと思う気持ちと、自分の為に泣いてくれるのが嬉しい気持ちが入り混じっている。
俺たちが泣いているときも、両親はこんな風に思ったんだろうか。
大切な人を残して死ぬと言うのは、本当に耐えがたいことなのだと痛感している。
死に対しては怖いと思わない。
だけど、大切な人を残して逝ってしまうのは怖いし、申し訳ないと思う。
選択肢があって選べたはずの俺。
それでもこの結末を選んだのは、運命に抗う気力が無かったからなんだと思う。
他人から見れば俺の下した決断は間違っているかもしれない。
だけど、これが俺にとっての幸せなんだと思う。
「移植手術を受けたとしても、再発するリスクが高いし・・・。
・・・費用も高額で賄えそうにないし、ドナー待ちの順番も長い。
だから・・・俺は・・」
「だったら、消費者金融でお金借りて・・手術をす・・っ!!」
「そう言うと思ったから、ずっと黙ってたんだ・・・。
・・・もう借金はしたくないんだ」
やっぱり響が消費者金融から金を借りようと言いだした。
それじゃあ、借金返済している意味がないんだよ。
例えば、借入をして手術を受けたとして再発したら、その費用は無駄になるじゃないか。
俺はそれが嫌なんだ。
それじゃあ、手術をした意味がなくなってしまうからな。
響がどうして、どうしてと言いながら泣き崩れている。
こんなに泣いている姿を見るのは、子供の頃以来かもしれない。
あの頃はよく頭を撫でて慰めてやったっけ。
手を伸ばして同じことをしてやろうと思ったのに、もう両手も動かせない。
こんな脱力することがあるのかと思うくらい、何も出来なくなってしまっている。
だから、その涙をぬぐってやりたくても、拭ってやれない。
もう両手に力が入らなくて、ベッドの上で横たわるしか出来ない。
次第に眠くなり始めて、瞼が重たくなっていく。
「待って、馨!!
寝るなって、頼むよ・・っ!」
「いままで・・ありがとう、・・・・それと、ごめ・・な」
話すのもやっとになり、ちゃんと伝えることが出来ない。
俺が微笑むと、響はさらに涙を流して子供のように泣きじゃくった。
最期くらい、笑顔が見たかったけどそれは俺のせい。
俺がずっと隠し続けてきたから。
我ながら、最低な兄だと思うよ。
たった一人の肉親に何も言わずに隠し続けてきて、この有様なんだから。
ごめんな、それでも言いたくなかったんだ。
双子だけど兄として・・何もしてやれないことを悔やむ。
どうか、響は幸せになって欲しい。
愛する彼女の手を掴んで離さず、一緒に未来へ歩んでいってほしい。
気が付けば、俺はそのまま深い永久の眠りへと堕ちて行った・・・・。