あれからあっという間に1年半が過ぎた。
俺は昇格して、社員たちのリーダー格のような立場になり、後輩や同僚の指導を担うようになった。
失敗をした時のフォローまで任されるまでに、社員として成長することが出来た。
部長や課長との関係も良好で、何も困った事は無かった。
しかし、年数が経つにつれて俺の症状は悪くなっていることに気が付いた。
大好きだったギャンブルもすっかり興味がなくなって、完璧に克服したようだ。
そして、借金も順調に少なくなっていって、今では半額にまで少なくなった。
残りあと25万円程度で完済することが出来るから、精神的な負担も経済的な負担も軽減している。
病気のこと以外は全て順調に進んでいる。
そして、俺は処方されていた薬が切れてしまったから、その薬を出してもらいに病院へやってきたわけだが、医師はやはりいい顔をしていない。
「水嶋さん、移植手術は不可欠です。
医療保険に入れば、少し費用がお安くなりますのでお考え願えませんか?」
「いえ、もう移植手術はしないと決めたので、結構です。
本当に申し訳ありませんが・・・」
「なぜ生きたいと思わないんですか?
それがあなたにとっての幸せなんですか?」
医師も引こうとしない。
費用が高いと言うのは本音じゃないのかもしれない。
ただ、再発するリスクがあるから、そう思っているからかもしれない。
それに医師は金儲けの事しか考えていないようなイメージだから、言うとおりにしたくないというのもまた事実。
別に生きたくないというわけではないし、人生に疲れてしまったというわけでもない。
ただ、これが俺の運命なら受け入れようかなって。
もしかしたら、手術することによって生きながらえるかもしれない。
だけど、いつ再発してしまうかびくびくするよりはずっといいと思うんだ。
周囲からすれば、こんなのただの強がりで分からず屋だと思うかもしれない。
だけど、これは俺の人生だから決めるのは俺なんだ。
簡単に決めたのではなくて、ちゃんと悩んで考えてから決めたことだから。
決して後悔なんてしないと思うんだ。
「すみませんが、お断りします。
俺の幸せは俺自身が決めることですし、自分の人生くらい自分で決めたい。
周りから言われて決めるようなことじゃないと思うんですよ」
俺ははっきり言い返した。
ちょっと失礼な言い方だったかもしれないが、幸せの形なんて個人によって違うものだろ?
他人から見れば不幸にしか見えないことも、本人にとっては幸せなこともある。
自分の幸せは他人が決めるんじゃなくて、自分自身で決めるものだと思う。
人生の過ごし方も最終的に決めるのは、やっぱり自分なんだよ。
こうした方がいいんじゃないか?とか助言される分には構わないが、押し付けられるのは嫌だ。
そう言い残して、俺は病院を後にした。
俺の人生だから、決断するのは他人じゃなくて俺なんだ。
街を歩いていると、見覚えのある人物の姿が見えてきた。
それは響とあの時の彼女の姿で、俺は思わず隠れてしまった。
顔を合わせてはいけないような気がして、体が勝手に動いてしまった。
「響さんは、双子だと聞いたんですけど、似ていますか?」
「いや、顔も性格も似てないよ。
僕の方が・・・出来そこないだ」
「そんな、詳しくは知らないけれど、響さんも仕事が出来るじゃないですか!
私は一生懸命に働くあなたの姿が好きなんです」
彼女がそう言うと、響が苦笑した。
響が自分の事を出来損ないと言った瞬間、悲しくなった。
俺たちは双子だから血がつながっている。
響が出来そこないだと言うのなら、俺にも同じ血が流れているから俺も出来損ないになってしまう。
それを分かっていて言っているのか、それともただの悪口なんだろうか。
ただ、響もまた何か悩みを抱えていることを知った。
借金の事なのか今後の事なのか。
彼女には感謝しなきゃいけない。
あんな双子の弟でも好きになってくれて。
彼女が出来てから少し雰囲気が柔らかくなったような気もする。
俺には見せた事の無い幸せそうな笑顔を彼女に見せている。
本当に大切な人を見つけたんだなと安心した。
俺にはない未来を持っているから、どうか大切にしてほしい。
心残りなんてないと思っていたけど、わがままを受け入れてもらえるなら、二人の結婚式に出席して、二人の間に出来た子供を見てみたい。
「響さんの双子のお兄さんって、どんな人?」
そう彼女に聞かれて、響は黙り込んでしまった。
ケンカしているし、俺が勝手にあの家を出て行って住所を教えていないから、怒っているかもしれない。
何を言われても仕方ないと思っているから、俺は適当に聞き流そうとした。
しかし、俺の耳に入ってきた言葉は俺の予想とは違ったものだった。
今、何て言った?
俺はもう一度聞き耳を立てて確認することにした。
「馨は、俺と違ってしっかりしてるし男らしいよ。
いつだって僕の事考えてくれてた・・・」
そう言って、響が泣きそうな声を出した。
俺はずっと響に嫌われているのだと思っていたが、実はそうじゃなかったのか?
泣きそうになっている響を彼女が慰めている。
そんな二人の姿は何だかとても温かくて、見ているこっちまで心が温かくなった。
もしかしたら、響とは仲直りが出来るかもしれないが、俺にはそんな勇気がない。
今までこんな長い間、ケンカなんかしたことが無かったから、どうやって仲直りすれば良いのか分からない。
今出て行けば、後を付けているみたいで嫌だしな・・・。
電話で仲直りするのは、何だか遠まわしになるような気がして進まなかった。
「馨はきっと僕の事を考えて、あの時注意してくれたと思う。
それなのに、僕は感情に任せて八つ当たりして無視して・・・」
「それはきっと馨さんもわかっていると思います。
ただ、仲直りするキッカケが無いだけで、今頃悩んでいると思うんです」
「そうかな・・・僕の事なんかもう嫌いなんじゃないかな・・。
馨、いきなり引越して出て行ったから・・・」
「きっと響さんが口をきいてくれないから、馨さんが諦めてしまったんです。
電話してあげたらいいんじゃないですか?」
彼女は優しく落ち着いた声と口調で、響へ話しかけている。
響は苦笑しながら彼女の方を見て話している。
本当、二人のあの雰囲気いいな。
俺は陰ながら二人を見送って、自宅へ帰ることにした。
自宅へ帰り、俺はテレビをつけてごろごろ過ごしていた。
休日くらいゆっくり過ごしたいからな。
普段は忙しいから休日は大事だ。
―Trrrr….
その時俺の携帯電話が鳴って、確認すると相手は響だった。
躊躇いつつも俺はその電話に出ることにした。
『もしもし、・・・馨?
あのさ・・、この間は本当に、ごめん。
仲直りしたくて、電話したんだ・・・迷惑だった?』
「いいや、迷惑じゃない。
俺こそ言い方がきつくてごめんな」
やっと仲直りして、俺たちはお互い電話口で笑いあった。
こうして話すのは本当に久々で、何だか違和感がある、
電話で彼女との事を聞かされて。俺は知らないふりをしながらその話を聞いていた。
さっきも見たし、その前にも見ているからどんな人なのかっていうのはわかっている。
とてもお似合いで釣り合っていると思う。
ただ、ここで知っていると答えれば警戒されてしまうから言わないでおこう。
響は近々俺に紹介してくれると言ったから、お願いした。
俺がいなくなってからの事を、ちゃんと頼まなければいけないと思ったから。
引越ししてしまったからあの家には行かないけど、何か用事が出来た時にでも邪魔しようかな。
俺たちはしばらくたくさん話して、電話を切った。
積もる話だったから、いつもよりたくさん時間がかかってしまった。
もしかしたら、来月の請求は高くなっているかもしれない。
「結局言えなかった・・・」
自分の病気の事を言わずに切ってしまった。
心配なんかかけたくない。
言わなくてもいいだろう、今はまだ。
俺の病気を言えば、響は混乱してしまうだろうし・・・。
誰かから風の噂で聞くと言うことが無いよう、部長と課長には釘をさしてあるし。
その瞬間、再び胸痛に襲われた。
今までよりも胸の痛みが少しだけ増しているような気もするが、気のせいだろうか。
今までは鈍い痛みの方が強かったが、最近では鋭い痛みに変わっているような。
薬をもらっているから、すぐに服用して落ち着くように深呼吸をしながらソファへと座る。
時間が経つにつれて、少しずつ痛みが取れてきてやっと体を起こせるようになった。
あれからしばらくして、俺は響の家へ行くことになった。
何でもあの彼女を紹介してくれるという事で。
俺はきちんとした格好をして、響の家へと向かっていく。
かつて俺の一緒に住んでいた場所へ向かうのに、まるで別人の家に来ているみたいだ。
「お邪魔しまーす」
「おっ、待ってたよ!」
響に歓迎されて、俺は室内へと入った。
あの頃とは違い、荷物が整理整頓されていてびっくりした。
俺より部屋が汚かったはずなのに
彼女を呼んだから綺麗片付けたんだろうか?
俺は椅子に腰を掛けて室内を見回した。
またあちこちに女の子の好きそうなものまで置かれている。
室内はきれいなのに、玄関が散らかっている事に気がついた。
此処だけがもったいないな・・・・。
俺が言うのもおかしいけど、響はルックスがいいから何をしても目立つ。
同じ双子なのに、どうしてこんなに正反対何だろうか。
「初めまして、私が響さんと付き合いさせていただいている友梨佳と申します。
至らぬ点がございますが、なにとぞよろしくお願い致します」
「いえ、こちらこそ・・・」
思っていたよりも大人の顔つきで、俺なんかよりもしっかりしていそうに見えてしまう。
へらへらしているとか、そう言ったことよりは全然いいけど。
それから、友梨佳さんが響の事を話してくれる。
こんなものが好きで、こんなことをしているとかくわしいこともちゃんと把握していた。
俺でも気が付けなかったことに気が付いて、記憶している。
そんな人もこの世界にはいるんだな・・・。
「馨さんは恋人いらっしゃらないんですか?」
「ああ、俺はそう言ったことに興味はないから居ない。
だから必要ないと思っているんだ」
「馨さん、すごくモテそうなのに・・・意外です」
「いやいや、全然モテないよ。
そんな人がいれば、ただの物好きだって」
俺は苦笑しながら言った。
結婚とかする気はないからモテなくたって構わない。
恋人を作っても、俺はいつも裏切られたりして長続きしない。
いい加減自信を無くしてきたかもしれない。
その後も、響と友梨佳さんの話が弾んでいる。
何だか俺はお邪魔みたいだな・・・。
こんな雰囲気の中、実は俺病気なんだよね、とか絶対言えない。
この雰囲気を壊してしまう真似はしたくない。
だから、結局また俺は言うタイミングを逃してしまった。
いつ伝えるのがいいのか分からないし、何も言わない方がいいのかもしれない。
言ったところで何も変わらないし、俺の手術費用を集めるために消費者金融を利用されるのも怖いからな・・・。
やっぱり、響には隠しておくことにしよう。