部長や課長の仕事を手伝う事が増えた俺は、重大なプロジェクトを任されることになってしまい、正直精神的なストレスが酷かった。
期待に応えなきゃいけないと思う度、夢にまでうなされるようになってしまっている。
俺だって成功させたいが、どんなふうに進めて行けばいいのか困っている。
うちの会社は出版業者で、今回はよりにもよって病気についての記事をプレゼンしなければいけない。
コンセプトは、余命宣告をされてしまった人はどう過ごせばいいのか。
こんなの普通の人間じゃなかなか考え付かないことだと思う。
今はエンディングノートと言って、俺がしているようなことをする人も多いんだとか。
やりたいことをまとめてみたり、こんな葬式をしたいという事をまとめているようだ。
「水嶋、資料大丈夫か?」
「ええ、なんとか・・・」
「顔色悪いから、会議まで少し休んでいいぞ。
時間が近づいたら、教えてやるから」
「ありがとうございます」
俺はその言葉に甘えることにした。
確かに体調がよくないんだよな・・・今日は会議があると言うのに。
だが、頑張って最後までやり遂げなければいけない。
水分補給をして、体を少し休ませて両目を閉じる。
少しの間だけだが、氷嚢を作って目元にあててリラックスしようと気を緩めて行く。
何だか胃が痛くなってきたような気もするが、だからと言って逃げたくない。
今日の会議では、付録にエンディングノートを付けることや、死に対してもっと考えてみようというメッセージを伝えることなんだ。
「水嶋、そろそろ行こう」
「はい、分かりました」
リラックスムードも終えて、俺は部長と一緒に会議室へと向かった。
会議室には、各部署のデスクが揃っていて、ますます緊張感が増した。
放つオーラが違うから、威圧されてしまいそうになる。
それでも負けるわけにはいかない。
作成した資料を配ってもらい、俺はプロジェクターをつけた。
何度か練習したから、失敗しないことをただただ祈る。
早速ザワザワしているが、本当にうまくいくのか心配になってきた。
軽く挨拶をしてから、本題へと入る。
「近年では新たな病気が増えておりますので、もっと多くの方々に関心を持っていただくことを目的としております。
また、罹患してしまった方やその身内の方の姿勢について考えていただくためにも、医学に関する記事を増やすべきだと思うんです」
「病気について知ったところで何だと言うんだ。
今は病気の書籍も数多く出版されているじゃないか」
「病気の事は医者に任せておけばいいだろ!
各自で調べるより医者に診てもらった方が早いだろ」
このセリフ、絶対言われると思っていたが、まさかこんな早いとは。
こんなことを言っていいのか分からないが、年齢層が高くなるとそういう考えなんだよな。
若い人は気になると検索して解答を得ようとする人が多い。
もちろん、個人差があるから確実とは言えないが、比較的多いと思う。
また、ある程度高齢者になってくると、健康を考える人が増えてそう言ったテレビを視聴したりする。
一番問題なのは、30~50代の人達なのだ。
この世代は病院に行きたがらない人が多い年齢層となっているから、危険。
此処にいるデスクたちの年齢も大体40代が多い。
「確かに病院で診てもらった方が早いですし、確実だと思います。
ですが、自分たちで病気について理解を深めておけばいざという時に対処できます。
それに書籍が出版されていても、そこまでする人はそうそういないと思うんです」
「だったら、こんな記事取り上げても見ないだろ?!
お前は馬鹿か?」
「この雑誌は20代から30代女性の支持を集めています。
まずは、この年代の女性たちに病気について関心を持ってもらう事で、病気を予防するようになったり対策を練るなど少しずつ意識してもらうことが出来るのではないかと考えているんです。
また、AEDの使用方法や救急措置の手順を掲載することも考えております」
最近は若者だけではなくて、いい歳した大人でもまともに人工呼吸やAEDの使い方を理解できていないから。
これを知っておけば、いざという時に誰かを救う事が可能になる。
何も出来ないより何かできた方がいいに決まっているし、目の前にある命を救えないでただ見ているだけなんて情けない。
何も病気について詳しくなってエキスパートになれと言っているわけじゃない。
もっと関心を持ちませんか?というだけなんだ。
すると、デスクたちが再びクレームを言い始めた。
どうして理解しようとしないんだろうか。
「噂で聞いたけど、お前ギャンブル三昧で借金してるんだろ?
そんな奴が偉そうに語っていいと思ってんのか?」
「だいたい、なんでお前がこんな重大なプロジェクト任されてんだよ!
もっと適役がいただろうに」
そんなこと会議とは関係ないじゃないか!
ギャンブル三昧だっていうのは本当だし、借金していることも確かだ。
だけど、真面目に仕事をして何が悪い?
それともギャンブルしている奴には、働く資格さえないのか?
イライラし始めて俺は言い返そうとした。
その瞬間。
突然胸痛に襲われて、俺はその場でしゃがみこんだ。
鋭い痛みが胸に奔って、息苦しくなって視界が狭くなっていく。
だめだ、いまここで倒れたら、こいつらに舐められる・・・!
「水嶋っ!!
しっかりしろ!!」
部長に名を呼ばれて、俺は頑張って目を開けて資料を手にする。
プレゼン・・・しなきゃ・・・。
何とか立ち上がろうとして、テーブルに手をかけて力を入れる。
だが、力を入れるとさらに胸の痛みが増して、俺は床に倒れてしまった。
荒れていく呼吸、激しくなっていく鼓動。
どうしようもない冷や汗と手の震え。
だが、次第にその症状は治まり始めて、俺はゆっくり体を起こした。
連中は驚愕しながらその場で固まっている。
俺は肩で息をしながら、連中を見て嘲笑った。
「・・・この会議室には、AEDがあるっていうのに・・誰一人使えねーのか?
いい歳して情けな・・・、もしここで俺が死んだらお前ら責任取れんのか?
俺たち使い方が分からなくて、なんて情けないことをほざくか?
だから使用方法や病気について関心を深めろっつってんだよ・・・分からず屋どもが。
もし、自分や身内だったら・・どうするつもりだ?!」
俺は頭に来て会議関係なしに怒鳴り散らした。
そりゃあ、俺はこいつらとは何の関係もない人物だし、どうでもいいかもしれない。
だけど、もし倒れたのが自分やその身内だったら、どうするつもりなんだ?
何もせず、ただ救急車が来るのを待って医者に任せっきりか?
その間に助かる命も助けられなくなってしまう。
俺は資料をビリビリに破いた。
もうだめだ、やってられない。
「部長、申し訳ございませんが、別の奴に任せてもらえませんか。
こんな連中と仕事をしたいとは思わないので。
後はどうぞご勝手に」
そう言って、俺は会議室を後にした。
何だか頭が痛いし体もだるくなってきて、俺は再び自分のデスクで氷嚢を目元にあてながら休んだ。
あんな連中と仕事するだけ時間の無駄だ。
ただでさえ俺には時間がないと言うのに、数時間無駄にしてしまった。
さて、違う仕事でもこなして気分を変えていくか。
部長の顔に泥を塗るような真似をしてしまったから、何かしらの処分も免れないと思うけど、覚悟ならもう出来ている。
クビならそれでもかまわない、別の仕事を探して頑張るだけだから。
すると、先程会議室でケンカ腰に話してきた奴がやってきた。
何の用だ、俺は忙しいと言うのに。
「このアイデア、採用してやる。
早速お前が取り掛かれ」
「採用なんかしてくれなくても結構です。
他の奴に頼んで下さい、俺は他の仕事で忙しいんです」
そう言って、俺は資料を突き返した。
もうどうでもいい、今は違う仕事を進めたいから邪魔するな。
俺にだってやらなきゃいけない仕事があるんだ。
デスクは驚愕して、俺を黙ってみている。
採用したいなら勝手に採用して進めればいいじゃないか。
その資料があれば、別に俺じゃなくても取り掛かれるし。
「水嶋―、こっち手伝ってくれないか!」
「今行く!」
同僚に呼ばれて、俺はさっさとそっちへ行ってしまった。
必要とされているなら、そっちを手伝った方がいいに決まっているから。
同僚たちからデスクについて色々な話を聞いた。
自分がいつも正しいと思って、信念や意見を曲げないとか、女には甘いとか。
ろくな話じゃない。
俺が断ったことを聞いて、同僚たちは盛り上がった。
どうやら、俺が思っていたよりも、あのデスクは嫌われているらしい。
いつまでたっても独身でいるのは、やはりあの性格のせいか。
「水嶋、お前の案が採用されることになった。
担当は・・・してくれないのか?」
「申し訳ございませんが、俺は嫌です。
これ以上、ストレスを溜めたら本当に死にそうです」
「・・・仕方ないか、じゃあ代わりの奴に任せるぞ?
あと、今日はちょっと付き合ってほしいところがあるんだ」
「分かりました、ご一緒致します」
そう言って、部長と別れて仕事へ戻った。
いざこざがあったからなのか、時間の流れが早く感じた。
気が付けばとっくに就業時間を過ぎていて、先に部長が帰り支度をしていた。
待たせるわけにはいかなくて、俺も急いで片付けて帰り支度を済ませて、部長の元へ向かった。
そのまま退社して、向かった先は競馬場だった。
ここは・・・よく俺が来ていた競馬場だ。
「水嶋、一勝負しないか?
一度競馬やってみたかったんだよ~」
「いえ、俺は遠慮しておきます。
なんだかギャンブルには、めっきり興味がなくなりましたので」
それから部長に馬券の買い方やルールを教えてあげた。
部長は初心者だから、購入した番号馬2つが順位に関わらず入賞したら的中と言うワイドをオススメしてその馬券を持たせた。
これなら比較的的中しやすいから、安心できると思って。
二人してレースを見つめていると、少し離れた場所に響の姿が見えた。
あいつ・・・まさかまた競馬をしに来たのか?
レースが始まって、部長や周囲が盛り上がっているが、俺はそんな気分が起きなかった。
見ていても面白いと感じないし、何だか帰りたくなってきた。
「やったー!」
すると、部長が喜び始めて確認すると、見事的中して少し金を手に入れることが出来たが、響はイラついて馬券をその場に捨てていた。
あんな調子で毎回競馬をしていたら、また借金が増えてしまう。
彼女がせっかく出来たと言うのに、このままではその彼女が離れて行ってしまう。
俺には関係ないが、さすがに口をはさめない。
あれから響の借金は膨れ上がっていると、風の噂で聞いている。
俺の倍あった借金は、今現在どうなっているんだろうか。
きちんと返済しなければ、自己破産しか道が残らなくなってしまうが、いいのか?
俺はそうなりたくなくて、今頑張っていると言うのに。
その姿をちらりと見て、俺は部長を連れてその場から移動して離れた。