あれからなんとかパン屋の仕事を続けているが、やはりやる気がしない。
一応、やるべきことはしっかりやっているつもりだが、人間関係はまだ悪い状態のままとなっている。
もう和解したいとも思っていないし、向こうがまだ根に持っている。
ちょっと断り方が冷たかっただけで、いちいちうるさいな。
だから女は面倒なんだよな。
午前中の勤務を終えて、俺は再びあのパチンコ屋へと向かった。
本当は裏カジノへ行きたいんだが、金が無いから行っても仕方がない。
金が無いのに行ってしまったら、今度こそ闇金に手を出しそうだから。
今でさえ手を出しそうになっていると言うのに。
俺はパチンコ屋へと向かった。
相変わらず、店内は盛り上がっていて、何だか気分が良くなってきた。
何だったら、何もせずここにいてもいいと思えるくらいだ。
「さて、今日も始めるか!」
そう自分を奮い立たせて、俺は千円札を入れて早速打ち始めていく。
最近、よくここへ来るから他の人達と親しくなってきた。
いつも来ている連中は。朝一でやってきて夜までパチンコを楽しんで帰るみたいだ。
給料を使って楽しんでいる奴もいれば、金融会社から借入をして楽しんでいる連中もいるようだ。
ギャンブルをするには、やはり金が必要になる。
その為に、嫌々仕事をしながら耐えていると話していた。
ギャンブルの方が楽しいから、仕事している時間がまるで拘束されているようにしか感じられない。
パチンコ玉が無くなってしまい、俺は更に千円札を押し込んだ。
たくさんのパチンコ玉が出てきて、俺は真剣に勝つつもりで打ち続けた。
それでも、俺の希望も空しくあっという間になくなっていってしまう。
その度に千円札がなくなっていき、財布がますます薄くなっていく。
「チッ、あっという間になくなるな」
舌打ちをしながら、千円札を数えていく。
残りはあり4千円しか残っていなかった。
これを全て使ってしまえば、今夜の食費が無くなってしまう。
だが、食事を我慢すればその分ギャンブルで使えるんだ。
俺にとっては、食事よりもギャンブルの方が大事だ。
だから、食費を我慢しよう。
どうせ、今日何も食べなくたって死ぬわけじゃないんだからな。
そう思って、俺は勢いよく金を押し込んでいった。
もう少ししたら勝てるかもしれないのに、金を惜しんでいる場合じゃない。
思うが儘に金を入れてはガチャガチャと回しながら、行方を見守る。
「もしかしたら来るか?来るか?」
もう少しで当たりが来そうだと言うのに、全く運が回ってこない。
この台、使えないな・・・なんだよ!
思わず俺は、パチンコ台をドンッと思い切り拳を作って叩いた。
それでも勝てる気配なんかまったくない。
金もなくなっていく。
そんなことをしていると、あっという間に俺の財布の中身が空っぽになってしまった。
このままじゃ、今日はギャンブルが出来ない。
勝てると思ったのに勝てなかった。
だけど、金をまだ入れて挑戦してみれば、勝てる可能性が高い。
「ちょっと、神宮寺くん!」
突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺が横を振り向くと、そこには青野が立っていた。
何やら怒ったような表情をしながら、俺をじっと見ている。
どうして、俺がここへ通っていることを知っているんだ?
それはどうでもいい。
今ここに青野が来ているという事は、青野から金を借りればいいじゃないか。
昔からの友人だし、俺が頼めば貸してくれるに違いない。
俺は席を立ち、青野の前に向かった。
「なぁ、俺に金貸してくれないか?
20万、いや10万だけでも構わない」
「何言っているの?
私がそんな大金貸すわけないじゃない」
「友人のくせに貸してくれないのか?!
別に貸してくれてもいいだろう!!」
俺がそう怒鳴りつけても、青野は全く怯まない。
平然と俺の方をまっすぐに見つめている。
その眼はとても強いもので、ずっと見ていると何だか射抜かれてしまいそうだった。
仕方ない、だったら闇金にでも頼むしかない。
だって、俺は今ギャンブルがしたいんだ。
だったら、闇金しか頼れる場所が無い。
すると、藤崎もやってきた。
藤崎は金を持っていないから、借りる事なんかできない。
「青野が金貸してくれないなら、闇金に頼れよ、神宮寺。
ギャンブルを続けたいんだろ?
俺が使ってる場所、教えてやるよ」
「それは助かる、早速教えてくれ!」
藤崎から闇金の場所を紹介してもらい、俺は闇金のサイトを開いた。
無審査で即日融資可能と書かれていて、さらに魅力を感じた。
この際だから、申し込みをして今すぐ借入できるよう融資をしてもらうか。
俺が携帯で電話をかけようとすると、いきなり携帯を奪われてしまった。
俺の携帯を奪ったのは・・・青野だった。
何をするんだ!と言い返そうと思ったが、言えなかった。
何故なら、青野が怖い表情をしながら俺の方を見ていたから。
今までに見た事の無い表情に、思わず俺は怯んでしまった。
「携帯を返せ、電話出来ないじゃないか!」
俺がそう言うと、青野が携帯を取り上げそのまま手に握りしめてしまった。
一体どういうつもりなんだ!
俺が何しようとも青野には全く関係が無い。
どうして俺の邪魔ばかりするんだ!
俺は頭に来て、青野に食って掛かった。
しかし、次の瞬間。
―バチンッ!!
・・・・っ!?
いきなり青野に頬を思い切り叩かれて、俺の頬に痛みが奔った。
容赦なく叩いてくるものだから、頬がひりひりしていたい。
青野はそれでも顔色一つ変えない。
さすがの俺も何も言えず、急に視界が変わり始めてきた。
「神宮寺くん、いい加減にしなさい。
いつまで現実逃避して、自分の身を亡ぼすつもり?」
「青野・・・」
「ギャンブルが好きなのは悪い事ではないわ。
でもね、借金までしてするようなことじゃないことくらい分かるわよね。
お店を失って借金まみれになって、今後どうするつもりなの?」
青野が俺に向かって、バシバシと言い返してくる。
俺が借金していることを知っていたのか?
店を潰した理由が俺のギャンブルによる借金だっていう事も、青野は知っている様子だった。
近くから舌打ちが聞こえてきて、その人物を見ると藤崎だった。
何だか不服そうな表情をして、青野の方をじっと見ている。
そして、俺の前にやってきて再び誘い文句を言ってくる。
「ギャンブルできなくなってもいいのか?
こんな女にお前の未来を邪魔されていいのかよ。
闇金に頼れば、ギャンブルし放題だぞ?」
ギャンブルできなくなる・・・。
それは俺にとって死活問題だ・・・ったはず・・・。
闇金に頼れば、ギャンブルがし放題になる・・・。
・・・俺は今後何をしていけばいいんだ。
何度も藤崎がニヤニヤしながら、俺に向かって闇金融を勧めてくる。
すると、青野が藤崎の胸倉をつかんで冷酷な眼で睨みつけた。
こんな青野の姿を見るのは、初めての事で驚愕してしまった。
「藤崎、あんたが神宮寺くんの事を嫌おうがそれはあんたの自由。
でもね、身を破滅させるのなら、あんた独りで破滅しなさいよ。
これ以上余計な真似したら、その時は私があんたの情報ばらしてやるから」
「卑怯な真似すんじゃねーよ!!」
「卑怯も何もないんでしょ?
あんた、この間私にそう言ったじゃない。
それとも何、怖くなったからあのセリフ訂正したい?
ふざけるんじゃないわよ!!」
青野が怒ると、藤崎が黙り込みそれ以上何も言おうとしなかった。
いや、正確に言えば言い返したくても言い返す言葉が見つからなかったんだろう。
藤崎が俺の事を嫌いだっていうのは、全く知らなかった。
理由が分からないが、恐らく青野はその理由も全て把握しているんだろうな。
それにしても、青野が俺の事でここまで本気で怒ってくれるなんて思ってもいなかった。
何と言うか、普段から冷静沈着で感情の突起が激しいわけではなかったから、とても意外でまだ驚愕している。
藤崎は悔しそうにしながら、俺たちの前から去って行った。
「青野、ありがとうな。
おかげで俺、目が覚めてきた」
「全く、世話が焼けるんだから。
神宮寺くん、もうちょっとで向こう側になるところだったわよ!」
青野が俺に向かって怒っているが、俺は思わず笑ってしまった。
笑っているんじゃないわよ!なんて青野が怒っても、それが何だか嬉しくて。
今まで俺の事をここまで考えてくれる奴なんかいなかったから、嬉しかったんだ。
青野がもし止めてくれなかったら、確実に闇金にまで手を出していた。
それこそ、もう二度とこっちへ戻ってこられなくなっていただろう。
俺は青野に冷たくしたと言うのに、傷つけたと言うのに、俺を見放さないでくれた。
それが嬉しくて、俺は思わず泣きそうになった。