今日もいつも通り、早朝から出勤をしてパンを作っていく。
最初は少ししか作れなかったパンも今では、ほとんど作れるようになった。
それなのに、全く嬉しさを感じない。
店を開くときは・・・どうだったっけな。
よく覚えてないな。
それよりも、周囲の女従業員は相変わらず俺を悪く言っている。
女っていう生物はねちっこくやかましい生き物だな。
他人の悪口を言って楽しんでいるんじゃないか?
寂しい奴らだ、まったく。
連中の存在は目障りだが、午前中さえ乗り切ればギャンブルが楽しめる。
最近は借金をしていない。
ちゃんと給料をもらっているから、ギャンブルをうまい具合にやっている。
全部使ってしまうと、またギャンブルが出来なくなってしまうからな。
少し考えればわかる事だったのに、俺は何もわかっていなかった。
「神宮寺さん、午後少し残れない?
実は新しいメニューを一緒に考えたいんだけど」
「すみません、午後は外せない用事があるので」
「そう・・・それなら大丈夫。
ごめん、気にしないで」
俺は店長の誘いを断った。
新しいメニューを考えるのはいいことだと思うが、俺はそんな時間ない。
何時間もかけて考えるだろうから、付き合っていられない。
俺はギャンブルする時間が欲しくて、午前中勤務の要望を出して承諾を得たんだ。
残業するような真似はしたくない。
本来だったら参加すべきなんだろうけど、あの連中も一緒だろうから面倒くさい。
何だか店長がしょぼんとしているように見えたが、俺には関係ない。
そのまま午前中の勤務を続けていく。
午後の時間が近づくにつれて、俺は落ち着きがなくなっていく。
もう少しでギャンブルが楽しめる。
今日も裏カジノへ行こうか、それとも久々に競馬でも行こうか。
そんなことを考えながら、俺はパンを次々に作っていく。
パンを焼き上げるまでには時間がかかるため、あとは止めばいいだけの状態を作り準備していく。
こうしておけば、俺が居なくても後は訳だけだから楽でいいと思う。
そして、午前中業務が終わり、俺は先に上がることにした。
「お先に失礼します。
お疲れ様でした」
冷淡に言い放ち、俺はさっさと切り上げてしまった。
実は、店長から従業員たちと親しくしてほしいと頼まれていた。
仲が悪いと業務に支障が出てしまうからと。
俺から言わせれば、仕事とプライベートは別物だと思っている。
例え仲が悪かろうとも、仕事中は仕事だと割り切るのが大人としての対応だ。
それが出来ないのなら、さっさと辞めればいいんだ。
親しくする必要なんかどこにもない。
そんなことを求められるのなら、俺が今の仕事を辞めて工場へ移っても構わない。
高時給であれば俺はどこでも構わないんだから。
何かを我慢しながら仕事をするならまだしも、何かを強要されるのだけは嫌だ。
それはきっと俺だけじゃないと思うんだよな。
「全く、人間関係ほど面倒なものはないな・・・」
俺は吐き捨てるように言った。
人間関係がこれほどに面倒くさいと思った事は無い。
こんなに面倒なものだっただろうか?
色々考えを巡らせているうちに、裏カジノへとたどり着いた。
相変わらず、この場所は賑わっている。
一般人もいるが、ギャンブラーが集まっているから見ていて落ち着く。
自分と似たような人間たちが集まっているから。
今日はルーレットをやめて、スロットでもしようか。
賭け金が通常よりも遥かに高く設定できるため、大金を手に入れられる可能性も高くなっている。
スロットコーナーへ行き、勝てそうな台を見つけ座り込む。
早速金を入れてスロットを始めていくが、やはり通常のものとは違うような感じがする。
ルールも若干違うからやっていて楽しい。
「これはイケそうな気がする・・・!」
そう言って、俺はスロットを順番に止めていく。
しかし、なかなか数字やマークが揃わず当たる気配がない。
全く・・・、今日もまたダメなのか?
運がなさ過ぎて、どうしようもない。
以前、誰かの事をしょせんその程度と言ったが、俺もその程度だという事かもしれない。
その時、いきなり軽快な音楽が流れてきた。
ん・・・一体何事だ?
画面を見てみると、スロットが777と揃っていた。
「来た来た!!」
俺はケースを用意して、ジャラジャラパチンコ玉が出てきた。
ケースで溢れんばかりの玉を回収していく。
諦めかけた時に限って、こんな風になるからギャンブルはやめられないんだよな!
人生何があるのか分からないから、途中で諦めるのは良くない。
ケースにたくさんのパチンコ玉が入り、俺は急いで店員へ声をかけた。
換金してもらうために。
無料で配られているビールを、景気づけに飲んでいい気分になった。
俺だってまだ運がなくなったわけじゃないんだ。
それにしても、今日は気分がいい。
もう一勝負しようか・・・これでまだ勝てたら大金を手に入れることが出来る。
大金を手に入れれば、たくさんギャンブルを楽しむことが出来る。
借金の返済だって、大金さえ稼げば簡単にできる。
こんな少ない金額じゃ返済するのも意味がない。
もっとたくさん稼いで、一気に返済しないと返済した気がしない。
「よし、もう一度スロットでもするか!」
そう意気込んで、俺はスロットを楽しむことにした。
今大金を手に入れることが出来た台だから、次もきっと勝てるに決まっている。
どうか、そのまま運を発揮してくれよ・・・!
俺が今以上にギャンブルを楽しむことが出来るように。
そう願いを込めながら、俺はスロットに向き合い打ち続ける。
――★《Change To Kotori Side》
どうしても神宮寺くんのことが気になってしまい、私は少し観察してみることにした。
声をかければまた冷たくされてしまうと思ったから。
恐らく、私の顔も見たくないと思われているだろうと思い、陰ながら尾行してみることにしたのだ。
神宮寺くんは、あのパン屋をいつも午前中であがっていると聞いた。
実は気になって店長に話を聞いてみた。
すると、ここ最近になってからやけに態度が冷酷になり、口調も厳しくなったとの事だった。
その理由を店長も知らないと言う。
人はそんな簡単に変われるわけがない・・・きっと何かしら理由があるはず。
少なくとも、私が知っている神宮寺くんはちょっと不愛想だけど時に優しくて、頼もしい性格だった。
手先も器用で、いつも何か新しいことを学ぼうと上を目指しては、目を輝かせていた。
それが今ではその覇気が感じられず、やっつけ仕事みたいになっている。
神宮寺くんが作ったパンを食べてみたけれど、美味しさを感じられなかった。
別にまずいわけじゃないし、一般の人達からしてみればすごく美味しいと思う。
だけど、私はいつもの美味しさを感じられなかった。
「何かが違う・・・」
何かが違うけれど、何が違うのかわからない。
手を抜いていると言うか、凝っていないと言うか・・・。
もともとパン屋でこんな風に作って下さいと言われているのなら話は別かもしれないけれど、それでも神宮寺くんらしさが出てもいいと思うんだよね。
だけど、それが全くなくて正直、私もすごく戸惑っている。
それに、あんなにピリピリしている姿を見るのも初めてだった。
今まで資格を取るときや賞を受賞する時だって、あんな姿を見せた事は無かった。
以前よりも、人相が怖くなってしまったような気もする。
何があったのか聞きたいけれど、私は鬱陶しく思われているから聞くに聞けない。
「勝手に調べるなら、文句ないわよね・・・?」
そう、勝手に調べるなら文句はないはず。
口を出しているわけでもなければ、邪魔をしているわけでもないからね。
そう思って、尾行をしていたんだけど・・・。
私は驚愕して、言葉を失ってしまった。
神宮寺くんがやってきたのは、ある雑居ビルでそのままついていくと、カジノ場だったから。
それも合法ではなく違法的な賭け金で行なっているギャンブルだったからだ。
こんなところに出入りしているなんて、神宮寺くん、どうしちゃったの?
周囲にはガラの悪そうな人達しかいない。
なるべく目を合わせないようにして、神宮寺くんの後を追っていく。
ついていくと、そこはスロットコーナーだった。
目ぼしい台を見つけて、早速夢中になって打ち始めている神宮寺くん。
ギャンブルになんて興味なさそうだったのに・・・!
「来た来た!!」
神宮寺くんがそう言いながら、透明のケースを手にしてあふれ出るパチンコ玉を回収し始めた。
パチンコってあんなに玉が出るものなの?
私は一度もパチンコを経験したことが無いから、全くルールが分からない。
ただ、人の人生や金銭感覚をあっという間に変えてしまうという事だけは、分かった。
玉を打って何が楽しいんだろう・・・私には理解しがたい事。
神宮寺くんが楽しそうにスロットを楽しんでいる姿を見て、何だか泣きそうになってしまった。
もしかして、お店がつぶれた理由って体の不調ではなくて、ギャンブルで作った借金が問題だったんじゃないのかな・・・。
それで、ギャンブルが出来なくなってパン屋でアルバイトを始めた。
そう考えれば、彼の行動に納得がいく。
また、イライラしているのはギャンブルにハマっていて、禁断症状のようなものなのではないかと思う。
「・・・私が、何とかしなきゃ・・・」
このままでは、神宮寺くんがだめになってしまう。
せっかく、政界に通用する料理を作れる腕を持っていると言うのに、ギャンブルばかりしているのはもったいない。
だけど、どうしてギャンブルにハマりだしてしまったんだろうか。
お店だって繁盛していたのに・・・もしかして誰かにそそのかされた?