パン屋で働きながらも、俺はギャンブルを続けている。
辞めるという考えは俺にはなく、ただひたすらにギャンブルを楽しみ続けている。
負けてばかりで気分が悪いけれど、それはきっと今だけだと思うから気にしない。
パンの作り方や名前については、少しずつ覚えられているがまだ完璧ではない。
そして、同じ従業員である女性たちがうるさくてかなわない。
今度ぜひお料理を一緒に作ってみたいです!とか食べてみたいです!とか。
そんなことばかり言われて、さすがに鬱陶しくなってきた。
だから、俺は冷たく接している。
“悪いけど、あまり他人とは関わりたくないんだ”と。
そう言ったことで、俺は女性連中からよく思われなくなった。
そんな性格だから店がつぶれたんじゃないか、とか言われることも増えた。
何も知らないド素人に偉そうなことを言われたくない。
何も知らないくせに、迷惑なんだよな。
「神宮寺さん、最近ピリピリしているようですが、大丈夫ですか?
もしかして、寝不足でストレスとか溜まっているんですか?」
「ええ、少したまっているかもしれません。
だけど、お気になさらなくても大丈夫ですから」
「そうですか?」
ストレス・・・それはギャンブルによるものが多い。
なかなか勝つことが出来なくて、苛立ってきている。
おまけにピーチクパーチクうるさい女従業員どもがいるし。
パン屋は重労働だから女じゃなくて、男が経営するべきだと思う。
女なんて非力だし、うるさく口出ししてくるから面倒くさい。
さっさと辞めてやりたいが、辞めてしまったらギャンブルが出来なくなってしまう。
俺はただひたすらに耐えるしかないのだろうか。
ギャンブルもうまくいかないし、働く環境も環境だし。
何か平凡すぎてつまらないな・・・。
そんなことを考えながら、パン作りを進めていく。
すると、その時だった。
店にある人物がやってきた。
その人物は・・・青野だった。
そう言えば、かつて働いている場所について教えたことを思い出した。
「神宮寺くんの作ったパンが食べたいな。
どれが神宮寺くんの作ってくれたパンなの?」
「俺が作ったのは、ウインナーロールパンとくるみパンだ。
まだ見た目がしっかりしていないが、味は保証する」
「わかったわ、くるみパンとウインナーロールパンね!」
そう言って、青野が二つのパンを2つずつトレーに乗せて、レジへと持っていく。
俺は製造担当の為、ガラス越しに青野に目をやる。
嬉しそうな表情をしながら、レジへと運んでいく青野を見て、何だか少し胸が痛んだ。
どうして痛むのか、その下人は俺にもよくわからない。
そもそも、どうして青野はいつも俺の作ったものを、わざわざ食べに来るんだ?
俺がレストランを経営しているときから、今日までずっと食べている。
単に俺の料理が好きなんだろうか?
「神宮寺くんが終わるまで待っているわね。
すぐそこの公園にいるから、声かけて」
そう俺に言い残して店から出て行ってしまった。
女従業員たちが何やらひそひそ話している。
いいことを言っているようには見えず、悪口なのではないかと思った。
だって、そんなような表情をしているから。
悪いことを話していても、俺は特に気にしない。
俺はお構いなく、そのまま業務を続けていった。
あと数時間での連中たちから解放される。
そう思うと何だか気持ちが軽くなった。
悪口を言われるのは、とうの昔に慣れているから問題ない。
学生時代、よく悪口を言われていたから、言われても動じない。
人の感じ方や捉え方なんて、人によりけりだし。
ようやく午前中の業務が終わって、俺は先に上がらせてもらう事にした。
「お先に失礼します。
お疲れ様でした」
淡々と言って、そのまま更衣室へ行き、ささっと急いで私服へと着替えた。
そして、そのまま青野に言われた公園へと向かった。
公園までの距離はそんなに遠くはないから、すぐにたどり着いて声をかけようとした。
その時、少し離れた十字路の信号機で藤崎を見かけた。
何やら知らない男と一緒に居る。
藤崎の友人だと思ったが、そんな雰囲気はないしどう見ても藤崎の方がかしこまっている。
普通、友人にかしこまったりしないはずだ。
それなら、一緒に居るあの人物は一体何者なんだ?
外見も藤崎とは正反対だし、何やら藤崎を脅しているような感じにも見える。
話し声は聞こえないが、なんとなくよくない雰囲気だと言うのは分かる。
もしかして、借金取りか何かなのか?
俺も店を取られたし・・・。
青野が待っているから、様子を見るのはこのくらいにしておこう。
次回、藤崎と会った時にでも聞いてみればいいから。
その場を後にして、俺は公園の敷地内へ入り青野に声をかけた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、別に平気よ。
それよりもまだ顔色悪いけど平気なの?
一度病院で診てもらった方がいいんじゃない?」
「いや、大したことないから大丈夫だ。
それより、何か話でもあるのか?」
話があるから俺を呼び出したんだと思う。
用があるならさっさと行ってほしい。
そうしてもらわないと、ギャンブルできる時間が減ってしまう。
ギャンブルをしない日を作るなんて、俺には耐えられない。
だから、早く済ませてほしい。
しかし、青野は黙り込んでしまっている。
一体何なんだ・・・イライラするな。
「なぁ、用があるなら早くしてくれないか。
俺も暇じゃないんだ」
「あ・・・ごめんなさい。
神宮寺くん、最近様子がおかしいと思って。
だから、何かあるなら話してもらいたいなって思ったのよ」
俺の様子が最近おかしい?
何かあるなら話してもらいたい。
そんなことをわざわざ伝えるために、俺をここへ呼び出したのか?
・・・時間の無駄じゃないか!
俺はギャンブルする時間を割いていると言うのに。
こんなくだらない用件で呼び出されたのか?
イライラが募って、俺は大きなため息をついてしまった。
「俺なら大丈夫だって言っているだろ!
こんなくだらない事で俺を呼び出すなよ!」
「何よ、人がせっかく心配しているのに!」
「誰がお前に心配してくれって頼んだんだよ!
はっきり言って迷惑なんだよ!
毎回俺の目の前に現れて、俺の作ったものばかり食べに来て何なんだよ!!
頼むから、もう放っておいてくれよ!!」
そう言って、俺はその場から去った。
せっかくギャンブルできる時間が減ってしまった。
ただでさえイラついていると言うのに、こんなことまで・・・。
俺はその足で裏カジノへと向かっていく。
青野が驚愕した表情で俺の事を見ていたが、何をそんなに驚愕する必要がある?
今まで一緒に過ごしてきてのだから、初めてじゃないだろ?
はぁ、だめだ、イライラする。
裏カジノへとたどり着き、俺は早速ルーレットを試すことにした。
ギャンブルの中でも、一番ルーレットが好きかもしれないな。
単純明快だし、イライラもそんなに大きくないから。
パチンコも競馬も自分で細かい部分を決めるが、ルーレットは色と番号だけしか自分で決めない。
だから、外れてもあまりイラつかないんだ。
「来い、黒の37番!
今度こそ、あの日のリベンジをしてやる!」
まだ昼間だと言うのに、たくさんのギャンブラーたちが集まっている。
仕事をしているのか分からないが、ギャンブラーとして雰囲気をかなり醸し出している。
それに比べたら、俺はまだまだ未熟なギャンブラー。
俺たちの野望を乗せて、ルーレット上を転がり続けている玉。
今度こそ勝ってやる。
この間は赤ばかり出ていたが、今回は黒の方が多く出ている。
もしかしたら、勝てるかもしれない!
――★《Change To Kotori Side》
あんなに怒る神宮寺くんを見たのは、今まで見たことが無かった。
怒っている姿は見たことがあるけど、あんな怒り方じゃなかったから。
私はただ、最近顔色が悪くて気にしていただけなのに心配しろなんて頼んでないって・・・何もそんな言い方をしなくたっていいと思う。
迷惑だと言われても、そんな顔をしている方が悪いと思う。
それに、私が毎回神宮寺くんのお店に出向くのは、少しでも多く神宮寺くんの作った料理を口にしてみたいから。
それほど、神宮寺くんの作る料理はおいしくて魅力的なんだ。
「神宮寺くん、どうしちゃったの・・・」
下らない事じゃないのに。
神宮寺くんの身体を心配して言ったつもりなのに・・・じゃあ、もう関わらない方がいいわけ?
どうしてあんなにイライラしているんだろう。
自分のお店を持つことが夢だと言ってお店を出した時には、すごく喜んでいたと言うのに潰れてしまうなんて・・・。
お客さんだって予約をしてくれていて順風満帆だと思っていたのに、どうして簡単にあのお店を手放してパン屋さんなんかに勤めているんだろう・・・。
もしかして、私の知らないことが起きているのかな?
例えば、お金に困っている、とか・・・。
本当にどうしちゃったの、神宮寺くん・・・。