青野が俺の元へと駆けつけて止めてくれたおかげで、俺はようやく現実に戻ってこられたような気がする。
今までギャンブルに夢中で見えていなかったものが、はっきりと見えるようになった。
今現在、俺が抱えている借金の総額は320万円となっている。
とても簡単に返済できる金額ではない。
何年かかるのか計算するのが怖く感じるくらいだ。
だが、俺が自分でギャンブルに使ったのだから、しっかり返済しなくてはいけない。
まずは、仕事をしっかりして給料をもらう事から始めていく必要があると青野は言った。
確かにその通りだ。
もしかしたら、掛け持ちをしなければいけなくなるかもしれない。
「全く、本当に仕方がないわね。
私も一緒に返済、手伝ってあげるわよ」
「いや、それは悪い・・・」
「つべこべ言わない!
独りじゃ返済しきれないじゃないの。
悪いとか思うなら、もう二度とギャンブルはしないコト、いいわね!」
「わ、わかった」
俺は素直に青野の言う事に従った。
確かに、俺一人で返済していくより青野に手伝ってもらった方がすごく助かる。
負担が少しだけ減って、ストレスも軽減される。
何より、独りじゃないっていう所が安心していい。
こんなのわがままだし迷惑だってわかっているけれど、すごく嬉しいんだ。
ギャンブル依存症を克服するのは、決して簡単なことではない。
今でもパチンコ屋の看板を見ると、やりたくなってしまう。
しかし、青野がきちんと俺を律してくれるから少しずつ変わってきている。
ギャンブルにハマりすぎて、周りが見えなくなっていたが今は違う。
本当に少しずつだが、ギャンブルから離れることが出来てきているんだ。
「料理が得意な方が増えて、私も嬉しいよ。
今後宜しくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい!」
そして、あのパン屋に青野が社員として入ってきた。
俺もあれから少しずつ真面目に頑張って、正社員までのぼりつめた。
青野が入ってきたのは、俺がギャンブルをしに行ってしまうのではないかと監視するためだと思う。
二人して店長からパン作りについて学んでいき、美味しいパンを作っている。
今では俺の方が作れる数が多いため、店長と一緒に教えていく。
それから、いざこざがあったあのパートの人達とは以前のようにまた話せるようになった。
青野が仲介人になって、俺の事情について話してくれたおかげで、向こうも納得してくれたらしい。
俺も悪かったが、向こうにも非があったことを認めて今ではまた親しくやっている。
青野が居なかったら、こうして和解することも無かったしこの仕事も辞めてしまっていただろう。
俺にとって、青野の存在はとても大きなものとなっているんだ。
本人は気が付いていないと思うが。
「神宮寺くん、ウインナーパン作って!
私、失敗しちゃった」
そう言われて、青野の作ったウインナーパンを見てみると、ウインナーがすごいことになっていた。
真っ直ぐ入っていなければならないのに、なぜか刀を差しているかのよう斜めになっていた。
一体どうしたらこんな形になるんだ?
青野は反省するどころか、えへへと苦笑している。
そういや、青野は味覚に対して天才的な腕を持っているが、手先不器用だった。
いや、不器用な奴でもこんなパンを作ることは難しい。
「全く、どうやったらウインナーが斜めになるんだが。
ほら、青野はメロンパン作ってくれ」
「最初はまっすぐだったのよ。
でも、焼き上がりを見たら斜めになっていたの!
メロンパンなら家でも作っているから、任せて」
そう言って、青野はメロンパンを作り始めた。
恐らく、ウインナーをちゃんと固定せずに焼いてしまったんだろうな。
昔からそういうおっちょこちょいなところ、変わっていないようだ。
そして、青野は鼻歌を歌いながらメロンパンを作り始めた。
青野は、昔から調理実習とか料理する時に鼻歌を歌っていた。
本人も気が付いていない癖なのかもしれないな。
しかも、俺たちが知っているような歌ではなくて、自作のものだと思われる。
メロンパンはやはり家で作っていると言った通り、見た目が完璧で店長も驚いていた。
本当に美味しそうでよく出来ている。
こんな感じで、俺たちは同じ職場で働きながら一緒に借金返済を目指している。
「神宮寺さん、青野さんとは恋人なんですか?」
「それ、私も思った!
二人とも仲良いもんね!」
「いや、青野とは付き合っていないよ。
ただ、高校時代からずっと仲がいいだけでそんな特別な仲じゃない」
「そうよ、私と神宮寺くんはただの幼馴染。
だって私達、どう見ても性格が正反対でしょ?
でも、神宮寺くんはいい人だから、恋人にはオススメよ」
青野が笑いながら、パートやアルバイトの子たちに向かって言う。
高校時代から仲がいいが、異性として見たことが無かった。
いつも距離が近かったから、一度もそんな風に考えたことが無かった。
青野はどうなのか分からないが・・・。
言われてみれば、俺たちは正反対の性格をしている。
青野は至って冷静だが、俺は感情的になりやすい。
そんな俺たちを見て、みんながキョトンとしている。
何か意外だったのだろうか?
そんなことを話しながら仕事をしていると、あっという間に時間が過ぎて就業時間になってしまった。
正社員になったことで、俺は午前中勤務から定休日以外朝から晩まで働くスタイルへ変わった。
それは青野も同じで、ほとんど一緒に過ごしているようなもの。
だから、高校時代を思い出して懐かしく感じる。
「神宮寺くん、お疲れ様。
これ、良かったら飲んで」
「お疲れ様、すまないな」
青野から冷たいコーヒーをもらって、俺はその場で開けて口へと運んだ。
冷たいコーヒーがうまいと感じたのは、初めてかもしれない。
今まで精神的に余裕がなくて、食べ物や飲み物に対して何も感じなくなってしまっていた。
店を運営していた時は、敏感に感じ取っていたがいつのまにかあの頃の俺を忘れてしまっていたんだ。
一番大事なものを、俺は最初に手放してしまったんだ、俺は。
あんなに大事にしていた店を、ギャンブルの為に手放してしまった。
それは、悔やんでも悔やみきれない。
今になって冷静に考えると、俺が下した決断はとても愚かでバカなことだったのだと気が付く。
今更気が付いても、もう遅い。
自分が大切にしていたものを簡単に手放してしまうなんて。
「青野にも迷惑をかけて、本当にすまない。
俺も頑張って働くから、よろしく頼む。
もうギャンブルもしない」
「私が居なかったら、神宮寺くん大変だったわよ?
ふふ、まぁ私がいるから安心していいわよ。
ギャンブルは、もうしない方がいいわね」
思わず俺は笑ってしまった。
確かに、青野が居なかったら今頃俺はどうなっていたのか分からない。
あのままじゃいけないってことに気が付けなかったかもしれない。
そう思うと、少し怖くなってきた。
ギャンブルは娯楽だと思って今までやっていたけれど、やりすぎると娯楽ではなく破滅への道に繋がってしまうという事に気が付いた。
何事もほどほどにするのがいいという事なんだろうな。
やりすぎてしまうと、よくない。
「神宮寺くん、最近パチンコの看板を見ても大丈夫になった?」
「ああ、まだ少しやりたい気持ちに駆られるが大丈夫だ。
今やり始めたら、また同じことの繰り返しになってしまうからな」
俺が苦笑しながら言うと、青野も一緒になって笑った。
こんなふうに笑うのも、ここ最近ではなかったような気がする。
変に気が立っていたと言うか、イライラしていたから笑うという事を忘れてしまっていた。
人間としての感情が、少しずつギャンブルによって歪んでいたことに気が付いて、情けなく思えてきた。
自分中心に考えて、うまくいかなければ人に八つ当たりをして。
それって最低の事じゃないか・・・。
ギャンブルにハマりすぎて、俺は自分を見失ってしまっていた。
だが、青野が俺をとめてくれたから今こうして、以前の俺を少しずつ取り戻し始めてきている。
ギャンブルをやめると、見えてくる世界も変わってくる。
喫煙者が禁煙すると、食事が美味しく感じるという事と似ているのかもしれない。
今までハマっていたものをやめることによって、当たり前だったことが当たり前ではなかったという事に気付かされる。
「青野、今度何か俺に礼をさせてくれないか」
「だったら、また神宮寺くんの料理が食べたいわ。
すごく美味しいもの!」
青野は嬉しそうに笑いながら言う。
俺が作った料理でいいなんて、何て安あがりな礼なんだろうか。
そう言えば、以前から青野は俺の料理を美味しいと言ってくれている。
俺は自分の料理を、まともに食べたことがあっただろうか?
今振り返ってみれば、味見程度でちゃんと食べたことはなかったように思う。
よくそれであの店をだして、客に提供していたな・・・。
俺はギャンブルだけではなく、食に関しても最初から改めるべきなのかもしれない。
これを機に、俺も自分をさらに成長させていく必要がありそうだ。