そして、あれから5年後。
俺の積りに積もっていた借金がようやく、残りが少なくなってきた。
青野も一緒に返済をしてくれたおかげで、借金がだいぶ減ってきた。
あの頃は終わりが全く見えなかったと言うのに。
今では終わりが少しずつ見えてきている。
しっかり海外修行で技術や知識を身につけた。
料理の腕を上げたから、これで客の舌を満足させることが出来る。
青野とは、電話連絡でパン屋の話を聞かされた。
皆俺が居なくなった後でも、必死に頑張っていたと。
結局、3年修行しようと思っていたのに、5年も修行をしてしまった。
そのおかげで、俺は多くの事を経験して身に付けることが出来た。
これであとはもう一度自分の店を持つことが出来れば・・・。
実は、修行と言っても給料が発生していたから、俺はその金を貯めた。
食費も雑費も節約しながら、貯めてきた。
修行と言っても初心者ではなかったから、なかなかいい金額を月にもらっていた。
「向こうにつくまで時間があるから寝るかな・・・」
飛行機が成田につくまで、まだ時間があるから少し寝よう。
今まで忙しかったから、あまり睡眠時間が無かった。
それと、青野とは月に何回かメールや電話でのやり取りをしていた。
あれから、青野は新しいメニューを任されて青いロールケーキを生み出したらしい。
写真を送ってもらったが、確かに変わったものに見えた。
俺はまだ食べていないからどんな味がするのかわからないが、食べてみたいと思っている。
新しく生み出して店頭に並べて、子供たちや女性に人気が出てきているんだとか。
甘さも控えめになっているから、食べやすくなっているんだと思う。
何より、俺が驚いたのは青野がスイーツづくりに関して天才的な腕を持っていることだ。
どうして何も話してくれなかったんだろうか。
そんなことを考えているうちに、眠りへと堕ちてしまった。
気が付けば、あっという間に時間が経過して窓から見慣れた景色が見えてきた。
こうして戻って来て見ると、やっぱり日本っていいなと思う。
フランス料理も美味いが、やっぱり日本食の方が俺は好きだ。
落ち着いて箸で食べることが出来るし、ご飯が恋しくなってしまった。
常にフォークとナイフで食べるのは、やはり億劫に感じてしまう。
最初は構わないが、後々になってくると日本食が食べたくなってきてしまう。
成田空港へ着き、俺は荷物を受け取りゲートから出た。
その先には青野が来ていて、俺を待ってくれていた。
「神宮寺くん、こっち!」
「青野、わざわざ来てくれたのか。
元気にしていたか?」
「ええ、もちろん元気よ。
神宮寺くんは・・・聞くまでもない様ね。
すごくいい顔をしているもの」
青野が笑いながら言う。
そんなに俺の顔が生き生きしているだろうか?
さすがに知らぬ土地で5年も住んでいれば、変わってくるものだろうか。
俺は技術にばかりこだわりすぎて、味までにこだわっていなかった。
だから完璧ではなかったんだ。
青野と一緒に外へ出て駐車場へと向かっていく。
海外へ長居するから俺はタクシーで空港まで向かったため、帰りはどうしようか悩んでいた。
しかし、青野が迎えに来てくれたから助かった。
実は、青野が車を運転できるという事を知らなかった。
何か知らないことだらけで、変な感じがするな。
「さ、まずはパン屋へ行きましょうか。
皆、神宮寺くんが戻ってくるのを待っていたのよ?
だから、疲れているところ申し訳ないけれど少し顔を出してあげて」
「別に気にしなくて構わない。
俺は、そんなに疲れていないから」
青野が運転席に座り、メガネをかけている。
運転する時はメガネをかけるらしい。
メガネをしている青野は、また違う雰囲気で別人のようだった。
運転し慣れているのか、曲がるときも発信する時もスムーズ。
俺は助手席で本を読みながら、外を眺めた。
朝早くに家を出て、成田に着いたのが午前11時過ぎ。
出来るだけ、早く戻ってきたくて早く出てきたつもりだが、迷ったりして時間を潰してしまった。
「実はね、藤崎くんの事なんだけれど・・・」
「ああ、藤崎がどうかしたのか?」
「うん・・・」
青野が気まずそうにしているのを見て、俺は感づいた。
かつて藤崎は闇金に手を出して、ひどい目にあわされて保険に入らされていた。
そして、青野のこの様子からして嫌な予感がした。
青野が言いたがらないという事は、つまり・・・。
ずっと黙っていた青野は口を開いた。
“藤崎くんは・・・2年前に自殺を図ったの”と。
青野はその現場に居合わせなかったらしいが、やはり借金の返済が出来ずに自らの命を絶ってしまった。
藤崎が亡くなったけれど、青野は葬式に参列しなかったようだ。
しかし、藤崎の親御さんから色々話を聞かされたらしい。
その時、青野が一つの封筒を俺に差し出してきた。
「藤崎くんのご両親から預かったものなの。
亡くなる前に書いたみたい」
俺は青野から封筒を受け取った。
この封筒は藤崎の遺言だ。
俺はその場で封筒を開けて、中身を確認することにした。
そこには、藤崎の思いが書き記されているが、ところどころ滲んで読めないほどボロボロになった手紙。
そこには、藤崎の思いが全て綴られていた。
俺をなぜ陥れるようなことをしたのか、俺の事をどう思っていたのか。
藤崎が俺を嫌っていたのは、自分よりも俺の方がいつも評価され続けていたから。
そんな俺に対抗心を燃やし嫉妬までして、気が晴れずに嫌がらせまで。
それでも藤崎の心はすさんでいき、もう後戻りが出来ないところまでいってしまった。
俺に“ごめんな”と謝る言葉が多々見られて、本当に反省していることが分かった。
青野にも嫌な思いをさせてしまったと書いてある。
ところどころ茶化しているような文章も見られるが、どれも本心なんだろう。
だけど、手紙の一番下の方には・・・ある言葉が小さく書き記されていて、思わず俺は泣きそうになった。
“本当はまたあの頃みたいに、お前たちと仲良くしたかった”
俺はその文面を青野に見せるため、車を一時停止してもらった。
その遺言書を青野に見せると、青野は泣き出してしまった。
「仲良くしたかったって・・・言ってくれれば、いつでも力になったのに・・!
嫌なことされても、ちゃんと謝ってもらえれば、・・私達だって許してまたあの頃みたいに受け入れていたのに・・っ」
「藤崎・・・お前は馬鹿だよ・・。
俺はギャンブルにハマったことを責めていなかったと言うのに・・・。
・・・どうして、自ら命を奪ったんだ・・」
俺たちは一緒になって泣いた。
今まで俺たちは互いに涙を見せたことが無かった。
それが今では互いに堪え切れない涙を一緒になって流している。
声を押し殺して泣こうと思っても、声が出てしまう。
あの頃の俺たちは言い争う事もあったけれど、楽しく過ごしていた。
もしかしたら、俺たちが藤崎のそんな変化を見抜いてやれなかったから、こうなってしまったのかもしれない。
そう思うと、余計に苦しくなってきてしまう。
なぜ、あいつの苦しみに気が付いてやれなかった?
どうして、そのままにしてしまった?
悔やんでも悔やみきれない。
俺たちは気が済むまで藤崎の話をしながら、涙を流した。
身体からすべて出してしまった方が、楽になると聞いたことがあるから。
俺たちは思う存分泣いて、パン屋へと向かった。
「あ、神宮寺さんだ!!」
「おかえりなさい!!」
パン屋へ着くと、スタッフのみんなが俺を迎え入れてくれた。
相変わらず元気そうで安心した。
泣いたことを知られてしまわぬよう、俺も青野も目薬をちゃんとさしておいた。
余計な心配なんかさせたくないからな。
それから、青野が作った青いロールケーキを食べさせてもらったが、見た目とは裏腹にとても美味しかった。
甘さがちょうど良くて、食べやすく何個でも行けそうな気がする。
見た目が変わっているから、試しに買ってみようかな?と思ってもらいやすいだろう。
パン屋で色々な話をたがいにして、楽しい時間を過ごした。
それから、俺は再び青野の車に乗った。
「ねぇ、神宮寺くん。
実はとっておきのプレゼントがあるのよ」
「なんだ、急に?」
青野がある場所で車を停めて、俺の前を軽やかに歩いていく。
一体何なんだ・・・何か見せたいものでもあるのか?
歩いていくと、大きくておしゃれな建物が見えてきた。
もしかして、ここに新しく何か開店するのか?
すると、青野が一つのキーを俺に差し出してきた。
「このお店、神宮寺くんにプレゼントするわ。
ほら、せっかく修行してきたんだから、またお店開いた方がいいと思うの!」
そう言って青野が満面の笑みを浮かべる。
どうして、俺の為にとか、どこから資金を調達してきたのかとか、気になることや聞きたいことが沢山あるのに、うまく言葉が出て来ない。
感極まって、俺は思わず青野を抱き寄せて、素直に喜んだ。
「ありがとうな・・・青野!」
予想外の出来事に嬉しさがこみあげてきてしまった。
また、俺は店を持ってあの日々を送ることが出来るんだ・・・!
青野には本当に、感謝してもしきれないくらいだが、いつか特別なものを返そう。