あの後、尚原が駆け付けてくれて俺の話を黙って最後まで聞いてくれた。
それがどんなに嬉しかったことか・・・本当に重荷が少し外れたような気がしたんだ。
もう、現実から目を背けたりしない、ちゃんと現実を受け入れるんだ。
自分が何をすべきなのか、もう分かったから。
俺は仕事をしっかりしてその分を返済に回し、ギャンブルにも一切手を出さない。
辛いとか苦しいとか、そんなもの二人が受けた痛みに比べたらどうってことないから。
俺は今までずっと自分を甘やかし続けてきた。
それがいけなかったんだ、甘やかすとろくなことにならないってわかったから。
「尚原、俺・・・」
「あのさ、入院費の事だが俺に払わせてくれないか」
「でも、尚原は関係ないじゃないか。
・・・そんなことさせられない」
「困った時はお互い様だろ?
俺だってお前には救われている部分があるんだ。
いいだろう?」
尚原はそう言って、俺の肩を叩いた。
そんな甘えていいのだろうか・・・ただでさえ甘えている感じだと言うのに。
申し訳ないが、今は自分も精一杯な状態だから、正直尚原の申し出は嬉しかった。
ここは素直に甘えてもいいのかもしれないな・・・。
俺は何度も尚原に謝ったが、尚原は相変わらず爽やかで協力的だった。
落ち込んで参っている俺をさりげなくフォローしてくれて、仕事も大きなミスが無かった。
今思えば、俺って結構周囲に迷惑をかけていたのかもしれない。
だが、仕事は仕事で頑張りたい。
どんなに悲しくても、どんなに苦しくても仕事はしっかりしないとまずい。
ここはぐっとこらえて仕事に励む。
「海老原くん、最近顔色悪いが大丈夫か?」
「はい、実は・・・」
一応部長に話しておいた方がいいかと思い、話しておくことにした。
すると、部長は思っていた以上親身になって俺の話を聞いてくれた。
普段は怖い部長が、今ではしっかり俺の話を最後まで聞いてくれている。
尚原とは違う優しさを感じて、思わず俺は涙ぐんでしまった。
だが、いい年下大人が泣く姿を見せるわけにもいかず、ぐっと我慢した。
「そうだったのか・・・。
そういうことだったら、無理せず定時で上がって構わない。
いつ意識を取り戻すか分からないから、少しでも早く帰ってそばにいてあげるといい」
「申し訳ございません・・・」
「構わないさ、君はいつも頑張ってくれているから。
それに尚原くんも協力してくれるって言っているんだろう?
好意には素直に甘えなさい、海老原くん」
「・・・本当にありがとうございますっ」
部長も尚原と同じで、俺の肩を優しく叩いた。
今までずっと一人だと思っていたけど、俺が思っている以上に一人なんかじゃなかった。
いつだって大切な人は俺のすぐ近くにいて、近すぎて見えていなかったんだ。
・・・馬鹿だなぁ、俺。
周囲があまりにも優しいから、泣きそうだ。
こんな優しくされるのって今まで忘れていた。
あの頃、まだ家族が幸せだった時以来かもしれない。
尚原や部長が協力してくれるから、頑張れる、これからも。
しばらくは残業なしであがれることになったから、少しだけ余裕が出てくるかもしれない。
そう言ってもらえたから、俺は定時で帰ることにした。
冬だから、あっという間に陽が沈んで暗闇に包まれネオンが輝いている。
俺はそのまま、お袋と菜月が入院している病院へと向かっていく。
タクシーだから早い。
病院に着き、俺は二人の病室へと早歩きで向かった。
もしかしたら、起きているかもしれないと思いながら。
「・・・やっぱり、起きてない・・か」
二人は相変わらず目を閉じて眠り続けている。
心なしか顔色は悪くないような気がして、俺は二人の手を握った。
もしかしたら、二人とも戻ってこられなくて迷っているかもしれないから
俺が握っていれば迷わないんじゃないかと思った。
時間が許す限り、俺はただただ二人の手を握ったまま病室で独り過ごした。
あれから警察がひき逃げ事件として、捜査をしている。
菜月以外にも被害者が出ているから、訴え出ているそうだ。
早く見つかればいいんだが・・・。
「どうか迷わず、戻ってきてくれよな・・・」
二人が目を覚ますよう、強く祈りつつぎゅっと握りしめる。
もう、ギャンブルなんかしないし消費者金融にも手を出さないって誓うから。
だから、戻ってきてくれ・・・頼むからさ。
しばらくして、尚原が駆けつけてくれた。
病室で一緒に二人の様子を見守りながら、互いに黙り静寂に包まれる。
面会時間ギリギリまですごしたが、二人が目を覚ます事は無かった。
俺たちは病室から出て、そのまま病院の外へ出た。
「海老原、気を落とすなって。
必ず目覚めるから、大丈夫だ」
「ああ・・・そう、だよな?」
会社では気丈に振る舞っていても、何だか苦しさを感じる。
仕事には集中できるが、あんなふうに病室で独りになってしまうと心細くなる。
今まではうるさいなぁとか思っていたのにな・・・。
だからといって、このまま落ち込んでいるわけにはいかないんだ。
こういう時だからこそ、俺がしっかりしないといけないんだよな・・・!
俺は自分を奮い立たせて、顔を横に振った。
俺が信じなかったら誰が信じる?
しっかりしろ、俺!
「尚原、俺さ今まで以上に頑張るからさ。
俺が迷ったり間違えそうになった時には、頼む」
「おう、任せておけ!」
そう決めて、俺は深呼吸をした。
こんなところで諦めたり躊躇ったりしている暇なんか、俺にはないんだ。
親父がいない分、俺がしっかり家族を守っていかなきゃいけない。
そうか・・・俺がしっかりしなきゃ!
どうして今まで現実からずっと目をそらして逃げ続けていたんだ、俺は!
だからこんなことになってしまったのかもしれない。
俺は尚原と一緒に、途中までそのまま自宅へ帰ることにした。
それから俺はまるで別人のように、変わったっていったんだ。
家族を守らないといけない、そう知ってからギャンブルには目もくれなくなった。
むしろ、忌々しく感じているほどどうでもよくなった。
自分でも本当に不思議で驚いている。
今まではやりたくて仕方がなかったパチンコだって、今ではうるさく感じる。
あの感じが好きだったはずなのに、今は全く違って嫌なものになった。
看板を見ても、新しい台が入りあたりやすいと言われても、反応しなくなったんだ。
「海老原さん、今夜一緒にカジノ行きませんか?
カジノ得意だってお聞きしたので、ぜひ一緒にどうですか」
「いや、悪いが用事があるんだ。
すまないが、別のヤツと行ってくれないか?」
「そうなんですか?
じゃあ、今度はお願いしますね!」
そう言って、後輩が去って行く。
以前までは断らず乗り気だったが、今はそんな気分すらしない。
カジノは俺が一番好きだったギャンブル。
いつもカジノの事を考えては、借金をして勝つ為に通っていた。
今思えば、どうしてあんなに勝てると信じ込んでいたのかさっぱりだ。
余程俺は現実を見ていなかったんだと知る。
昔の俺だったら、今の誘いだって断らず絶対一緒に行っていたと思う。
やっぱり、お袋と菜月の件が大きいんだと思う。
いつか俺は変わるキッカケが欲しいと望んだ。
だけど、こんなキッカケを望んでいたんじゃない。
現実は本当に残酷で容赦ない。
だから俺は現実から目を背けて、今まで逃げ続けてきたのかもしれない。
望んでもかなわないのなら、いっそ自分から壊してしまえばいいとさえ思いこんでいたっけ。
「保泉さん、一緒にカジノ行きませんか?」
「行きたいけど、借金が多くて行けないんだよなぁ・・・」
「俺が少し出してあげますから、行きましょう!」
「そうか?悪いな!」
後輩が保泉にそう声をかけている姿を見かけた。
あの後輩、保泉が借金していることを知っていて声をかけたのか?
もし、そうだとしたら、あの後輩はかなり嫌な奴と言うか達が悪い。
保泉に金を出してまで一緒にしたいのか?
それに、保泉は嬉しそうに生き生きした表情をしている。
・・・本当にまずいんじゃないか?
俺はこうして何とか普通に過ごせるようになってきたが、保泉はどっぷりハマっている。
見ている俺の方がハラハラしてしまう。
「保泉の事、どう思う?」
「どうって・・・俺が言うのもなんだが、マズいんじゃないか」
尚原がやってきて、二人して保泉を眺めるしかできなかった。
どうせ話しかけて止めても、保泉には届かないに決まっている。
俺だってそうだったからよくわかる。
他人からとやかく言われるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
保泉はこれからどうなってしまうのだろうか・・・。
俺も人の事を心配している場合じゃない。
・・・俺も、頑張らなきゃな!