忙しくも充実した毎日を過ごしている。
仕事をこなしながら、毎日病院へ通って菜月の様子を覗っている。
あれから何か変化があったのかお袋に聞いたところ、手はたまに動くようになったらしい。
それだけでも大きな一歩なんじゃないかと思うんだ。
やっぱり、音楽を聴かせるようになったから変わってきたのか?
菜月は相変わらず、眠り姫の如く眠っている。
実はあれから、ひき逃げを起こしたあの犯人が終身刑になり二度と外へ出てこられなくなった。
つまり、大好きなギャンブルが一切できなくなってしまったという事。
おまけに自由までなくなって、さぞかし窮屈な思いをしている事だろう。
本当だったら死刑でもいいところだが、それでは何も償ったことにならない。
あいつには、もっと苦しんで償ってもらいたいものだ。
「海老原、菜月の様子は?」
「ああ、音楽を聴かせるようになったら手が反応するようになった。
目を覚ますまで、もう少しかもしれない」
尚原も心配しているから、早く目を覚ましてくれればいいのだが・・・。
今、菜月は何を考えて何を思っているのだろうか。
苦しい思いをしていないことだけを、ただただ祈るしかない。
尚原も今日は予定がないから、一緒に病院へ来てくれると言ってくれた。
仕事が終わったら、菜月の元へ行こう。
尚原も仕事が多いのに、付き合わせてしまっていいんだろうか・・・。
就業時間まで、二人して一生懸命に仕事をし続ける。
仕事を出来るだけたくさん片付けて、退社時間を迎えた。
外に出ると街並みはすっかりクリスマス一色になっていた。
「もうクリスマスか・・あっという間だな」
「病院でクリスマスを過ごすのって、変な感じだよな」
「ははっ、確かに」
そんなことを話しながら、俺たちは病院へと向かっていく。
クリスマスは毎年ギャンブルをして過ごしていたから、こんな風に街のイルミネーションをゆっくり見るのは初めてかもしれない。
いや、正確に言えば子供の頃以来か。
こんなにもイルミネーションって綺麗だったんだな・・・。
パチンコ屋の看板しか注目していなかったから、本当に不思議な気分だ。
タクシーに揺られて、病院へと着いた。
事前に病院側へ連絡を入れてケーキを持ち込むことになっている。
例え、菜月が目を覚まさなくても一緒にクリスマスを祝おうと思って。
タクシーから降りて、病院へ入っていく。
病室へと向かうと、お袋が遅い夕食を摂っているのが見えた。
「あら、それケーキ?
クリスマスだものね、お祝いしなきゃ」
お袋が笑いながら言うが、何だか寂しそうだった。
そう、いつも菜月はクリスマスになるとはしゃいでいたから。
年甲斐もなくクリスマスだ!とか言って騒いでいたのに、今は静かに眠っている。
それが寂しくさせているのかもしれないな。
尚原がケーキ箱からケーキをそっと取り出して、ナイフで切り分けていく。
平等に4等分して取り皿に分けていく。
菜月の分のクリスマスケーキの上に、俺はトナカイの砂糖菓子を乗せた。
そして尚原もチョコプレートを乗せた。
菜月が楽しみにしていたクリスマスだもんな・・・これくらいしてやらなきゃ。
尚原とお袋と顔を見合わせて笑う。
「メリークリスマス」
俺たちはそう言って、切り分けたケーキを口へ運んでいく。
いつも美味しく感じるのに、今年のケーキはいつもと味が違っているような気がする。
なんだろう・・・美味しいんだけど、何か違うと言うか。
菜月の表情は全く変わらず、眠り続けたまま。
早く目を覚ましてくれればいいのに・・・みんなずっと待ち続けている。
あれから指は何度か動くようになっているが、起きる気配がない。
ふと尚原を見ると、不安そうに菜月を見つめていた。
俺はそんな尚原の肩にぽんと手を置いた。
「大丈夫だ、起きるって俺も信じているから」
俺がそう言うと、尚原も笑みを浮かべたが寂しそうだった。
その気持ちは俺も痛い程よくわかる、でも、信じてやらなきゃ菜月が戻ってこられない。
そんな気がして、俺は菜月の小さな手をそっと握りしめた。
その時、窓の外を見て俺たちは驚いた。
外は真っ白な雪が降り始めて、それはまさにホワイトクリスマスだった。
毎年雪が降るのはクリスマスを過ぎた頃だったというのに、今年はクリスマスに降った。
今までギャンブルにしか興味がなかったから、知らなかったがこんなきれいなものだったのか・・・。
そのまま雪に見入っていると、菜月の小さな手がぴくりと動いた。
・・・・っ!
俺はその手に少し力を入れて、菜月に視線を向けた。
すると、菜月はうっすら目を開いていた。
「菜月・・・!」
俺が名前を呼ぶと、菜月が口をゆっくり動かした。
起きたばかりで、まだ声が出ないし力も入らないんだと思う。
お袋も尚原も菜月を見て、驚きながらも喜んでいる。
今はまだ話せなくて会話が出来ないが、菜月が涙を流し嬉しがっているのは見てわかる。
しばらくして、菜月が少し話せるようになり、俺たちは今まであったことを話した。
犯人が捕まったことも話して、それを聞いた菜月は安心した表情を見せた。
「おにいちゃ、ことだから・・・また殴った、でしょ?」
「当たり前だろうが、お前をこんな目に遭わせたんだぞ?
ついでに言いたいことも言ったが、今思えば言い過ぎた気がする」
そう言うと、菜月が笑った。
確かにあれは少し言い過ぎたかもしれないな・・・でもいいか。
すぐにカッとなってしまうのが俺の悪い癖で、昔から変わっていない。
皿に乗せたケーキを菜月の傍へと置き、菜月がそっと身体を起こす。
最初は良くないと思ったが、医師を連れてきてちゃんと確認してもらった。
起きたばかりだからあまり食べられないけど、少しだけなら大丈夫と言われた。
ケーキを見せると菜月は嬉しそうにして、一口食べた。
菜月のケーキにはトナカイとチョコプレートが乗っていて、少しだけ豪華になっている。
食欲がないだろうから無理するなと言ったが、菜月はトナカイの砂糖菓子もチョコプレートも食べてしまった。
さすがにケーキは3分の1くらいしか食べなかったけれど、美味しそうに食べていた。
外は雪が降り続き、菜月が口を開いた。
「暗闇の、中でね・・ずっとお兄ちゃんの声聞こえてた。
暗くて迷いそうだった、けど、寂しくなかったよ」
菜月があまりにも純粋にそう言うものだから、俺は泣きそうになった。
ずっと俺の声が聞こえていたのか・・・手をつないでいたからかもしれないな。
尚原もお袋も菜月の頭をくしゃくしゃに撫でまわす。
どれだけ心配したと思ったんだ!とか言われながら。
皆すごく心配していたから無理もない。
菜月たちの姿を見て、それから窓の外へと視線を移した。
神様なんか信じていないが、今回ばかりはクリスマスの奇跡かもしれないな・・・。
菜月が大好きなクリスマスに意識を取り戻すなんて。
すごい偶然だと思う。
それから、俺がもうギャンブルから足を洗ったことを話した。
菜月はとても喜んで、俺の返済を手伝ってくれると言ったが、断ってしまった。
苦労するのは俺だけでいいと思うから。
「お兄ちゃんもやればできるんだね!
ギャンブルは、もうしないんだよね?」
「ああ、もう絶対にしないよ。
ギャンブルは適度ならいいかもしれないが、俺には向いていない」
「海老原は、違う強運を持っているんじゃないか?
何て言うか、人生の運みたいな?」
人生の運か・・・言われてみればそうかもしれないな。
もともと親父が残した借金があったし、俺もギャンブル依存症になってさらに借金をして
しまい、もうだめなのかとばかり思っていた。
だけど、少しずつギャンブルをしないようになって借金の返済も始めて今は順調。
今思い返してみれば、俺が変わるキッカケはいくらでもあったんだ。
保泉とケンカになってから、あんなふうにはならないと決めたのも。
お袋と菜月がこうなってしまったのも、もしかしたら偶然ではなくて必然だったのかもしれない。
俺があまりにも優柔不断で不甲斐ないから、こうなってしまったのかもしれない。
「これからは俺、頑張るからさ菜月たちは無理しなくていい。
今後は俺がしっかり支えて家族を守っていくから」
「頼りにしてるわよ、律稀?」
「さすがお兄ちゃん!」
二人が笑いながら言うから、俺も尚原も笑った。
俺が頑張っていかないといけないから、今後はしっかりしていこう。
菜月は退院できるまでもうしばらくかかるらしい。
無理もない、今までずっと眠り続けていたから色々検査をしなければいけない。
何事も無ければいいのだが・・・。
あの私立病院とは違って大学病院だから、誤診はないと思う。
それから俺は以前のように真面目に仕事をこなしていくようになった。
最近は仕事をすることにやりがいを感じている。
どれだけ今まで適当に仕事を片付けてきたのか、やる気がなかったのか分かる。
仕事をするという事は生きることなんだと思う。
今までしっかり仕事をしてこなかったから、生きている気がしなかったんだ、きっと。
「なぁ、今日もお見舞いに行ってもいいか?」
「尚原が来てくれると、菜月の奴も喜ぶよ」
あれから毎日のように、尚原と一緒に見舞いに行っている。
検査の結果を聞くと、特に問題はなくもう少ししたら退院できるだろうと医師から言われたから安心だ。
今まで本当にまずいと思ったが、お袋も菜月も意識を取り戻してくれてよかった。
二人が意識を取り戻してくれたから、俺もギャンブルなんかせずに頑張るぞ。
もう、絶対にするもんか。