その5年後。
俺も尚原もあっという間に34歳を迎えていた。
たった5年と思うのか、それとももう5年と思うのか、それは人によって違うと思う。
俺にとってはもう5年に感じる、だってその間にもずっと延滞することなく返済し続けていたから。
それでも、まだまだ完済への道のりは遠い。
しかし、それくらい自分が今までギャンブルで使ってきた額だから仕方がない。
むしろ、よくこんな大金全てギャンブルに使ったものだと、ある意味感心した。
普通に考えれば、必ず当たるわけではないのにここまでつぎこんだものだ。
「海老原、この間の写真が出来たんだ」
「どれ・・・すごくいいじゃないか!
皆笑顔だし、いい写真だと思う」
「一人泣きそうな奴がいるけどな?」
「うるさいぞ~!」
実はあれから、尚原と菜月が結婚したのだ。
二人は以前から両想いだったし、いつかはこうなるんじゃないかって思っていた。
結婚式の時に号泣していたのは、お袋と俺。
絶対感動なんかしないものだと思っていたが、・・・やられてしまった。
菜月のウェディングドレス姿がキレイで、きっと親父も見たかったんじゃないかな・・・。
尚原の家族も結婚には賛成してくれて、現在ではよく夕食を共にしたりしている。
家族ぐるみの付き合いが出来ているのは、幸せなことだと思う。
他の家庭ではなかなか難しいことかもしれないから。
俺が親父代わりをしなきゃいけないのに、こんなことで泣いていたらダメだよな。
大切な人がいるから頑張れるという人がいて、以前までは馬鹿じゃないかなんて思っていたが、それは本当で全然馬鹿なことじゃなくてすごい事なんだと思い知った。
「おめでとう、尚原」
「ああ、菜月の事守るよ」
「よろしく頼むよ」
安心して菜月を任せることが出来る。
今は新婚ほやほやだから、俺が尚原の分残業したりしている。
今までたくさん迷惑をかけてしまったから、少しでも役に立ちたいんだ。
だから、残業くらいなら俺が片付けるから大丈夫だ。
部長にも話して、また残業することになった。
菜月の見舞いへ行く間、ずっと尚原に仕事を任せっきりだったから。
今度は俺が残業をして、尚原を早めに帰してやっている。
菜月を家で独りにさせるわけにはいかない。
寂しい思いなんかさせてはいけないんだ。
「海老原、本当にすまないな」
「気にするなって、俺の時だって助けてくれたじゃないか」
お互いを支え合っていく、これが理想的かもしれない。
一人じゃできないことも、仲間がいれば成し遂げることが出来る。
それを知れたから、これからも頑張っていける。
尚原が申し訳なさそうにして定時で上がって帰っていく。
本当に幸せそうで、見ているこっちまで嬉しくなる。
ただ、保泉と言えばもう堕ちるところまで堕ちてしまった。
以前、自己破産宣告をしてからずいぶん金に困っているようだ。
手を差し伸べたくても、きっと掴んでくれないだろう。
保泉の階級はますます下がっていき、新入社員と変わらない仕事をしている。
以前のような覇気はもう一切なくて、生きた屍のようになってしまっている。
もう誰も声をかけられないほど。
もしかしたら、俺も保泉のようになってしまっていたかもしれない。
そう思うとすごく怖くなった。
「保泉さんってだいぶ前からいますよね?
どうして昇格しないんでしょう?」
後輩の素朴な疑問に、俺は何も言えなかった。
昇格しないんじゃなくて出来ないんだと思う。
相変わらずミスも多いし、やるべきことが出来ていない。
さすがの部長ももう何も言えないみたいで、どんどん遠い存在になってしまっている。
まさに人生のどん底まで堕ちてしまっているような状態。
ただ、人生のどん底まで堕ちて初めて分かることだってある。
それなのに、保泉はまだギャンブルを繰り返しているようだ。
懲りたはずなのに、まだ続けているのは懲りていないという事なのか・・・。
やはり諦めようとした瞬間に当たったりするから辞められないんだよな。
だが、このままではもうどうにもならないことになってしまう。
何とかしてやりたいが、もう俺に出来ることは何もない。
「海老原、それ終わったらこっちも手伝ってくれないか?」
「おう、任せろ!」
尚原の残業ついでに、他の同僚たちの仕事も片付けていく。
こういうのは、一気に片付けてしまった方がいい。
後で後でと後回しにしてしまえば、後々自分達が困ってしまう。
協力できる時は、協力しておいて自分が困った時には加戦してもらえるようにしておきたい。
誰かの役に立ちたい、そんな気持ち今までなかったのにな。
いつからだろう、こんな気持ちが芽生えたのは。
毎日残業していたころ、本当に仕事が憂鬱だったことを覚えている。
毎日同じことの繰り返しで、退屈だった。
それが今では、楽しんでいる自分がいる。
それだけでも大きな成長なんじゃないかと思うんだ。
「海老原、妹さん結婚したんだって?」
「ああ、尚原と結婚したんだ。
どこぞの馬の骨にやるくらいなら、信頼できる尚原の方がいい」
「確かに、尚原なら安心して任せることが出来て良いな。
ただ、少しだけ複雑なんじゃないか?」
「複雑じゃなくて、完全に安心しきってるよ。
あいつは真面目だから、必ず菜月を幸せにしてやれるって」
俺は笑いながら言うと、同僚たちが不思議そうな表情を見せた。
どうして、そこまで信頼できるのかと聞かれて俺は即答できなかった。
なぜと聞かれても、今までの付き合いからそう思うと言うか・・・。
これといった根拠はないが、信頼に値する奴だと俺は思っている。
今まで真面目に仕事をして来ているし、浮気にも縁がなさそうだから。
「ところで海老原、お前ギャンブル依存症を克服したって本当か?」
「あ、それ俺も聞いた!」
俺がギャンブル依存症だったことを、先日同僚たちに明かした。
何故かと言うと、同僚の中にもギャンブルにハマっている奴がいるから。
少しでも、分かってもらえたらと思って話したが、やはりその必要はなさそうだった。
すでに保泉を見ているから、あんなふうになりたくないと考えている奴が多い。
ギャンブルは自分だけではなくて、周囲の人間たちも不幸にしてしまう。
だからこそ、ギャンブルをする時は節度を守らなければいけない。
例えば、月にいくらまでしか使わないとか決めておくべきだと思う。
そうすることで、少しずつ変わってくるんじゃないかと思う。
最初は難しくても、後から少しずつ慣れてくるんじゃないかと思う。
「俺も最初は大変だったが、今ではその甲斐があって治ったよ。
色々なことを我慢するから、その反動でぶり返してしまう事もある。
だけどギャンブルは克服できるんだって信じていれば大丈夫だ」
そう、大事なのは信じる気持ちなんだ。
自分が信じなかったら、一体誰が信じてあげればいいんだ?
いつだって自分の味方になれるのは、自分しかいない。
自信を持つことが大事だから、まずは自信を付けることから始めてみて。
俺が色々話すと、ギャンブルをしている同僚から質問責めにされてしまった
ギャンブルにいくらつぎ込んでいたのか、変わるキッカケは何だったのか。
変わるキッカケなんか、いつも自分のすぐそばに隠れている。
俺の時もそうだったからな。
「海老原って、かなり努力家だよな」
そう考えた事は無かったが、そうなのだろうか?
単に負けず嫌いだから、ギャンブル依存症を克服することが出来たのかもしれないな。
ギャンブル依存症、出来ればもう二度と再発しないよう気を付けたい。
大金を手に入れたいからギャンブルを始める人がいる、俺のように・・・。
定時になって、みんなの緊張感や集中力が途切れた。
「今日もやっと仕事終わった!」
皆して仕事から解放されて、だらーんとしたり背筋を伸ばしたりしている。
俺も一緒になって両手を上に伸ばして、背筋を伸ばし骨もボキボキと鳴らす。
さすがに今日は少し疲れてしまった。
尚原を先に帰して、俺は残業を片していく。
この時期はなかなか忙しいが、尚原には菜月のそばにいてもらいたいから。
残業する中、それぞれの仕事をこなしていく。
「明日の資料間に合わないし、アンケートもまだだった・・・!
ヤバい、絶対間に合わない・・・これポシャったら俺・・・」
「アンケートなら俺がやってやるから、自分の仕事に集中しろ」
仕事がこんなにもやりがいがあって、周囲が幸せになってこんないいことってないと思う。
何もかもが順調すぎて、少し怖いくらいだ。
借金だって延滞することなく、毎月支払い続けているから問題ない。
あの頃、未来がこんなにも充実しているだろうなんて、考えたことが無かった。
菜月と尚原が結婚をして、お袋も趣味を作って現在では周囲の人達と仲良くしている。
俺は仕事にやりがいを感じ、ギャンブルに見向きもしなくなった。
ギャンブルをやりたいと思わなくなったし、誘われても行かなくなった。
時に、会社の付き合いでギャンブルをすることもあるが、ほんの少ししかしない。
本当、俺は少しずつだけど変われたような気がするんだ。
「俺もやればできるんだ」
そう、今までやる気がなかっただけで、やろうと思えば出来るんだ。
今までだらしなく過ごしてきたが、もう今までの俺とは違う。
そして、この時の俺はまだ知らなかった。
近い未来、菜月が妊娠して可愛い女の子の赤ちゃんを産むという事を・・・・。