何度か病院へ通っているが、一向に二人が目を覚ます気配はない。
ただ、苦しそうな様子でもないからきっとまだ迷っているのかもしれない。
今日は休日で、俺は午前中から病院へ来てこうしてそばに居続けている。
一回にはちょっとしたコンビニがあるから、昼食を買いに行こうかと思ったがその間に二人が目を覚ましたら困ると思って、買いに行けなかった。
目を覚ました時、そばに誰も居なかったら寂しいだろうと思って。
菜月も心配だが、長くないと言われたお袋の方が心配だ。
俺が独りで過ごしていると、医師がやってきた。
「海老原さん、お話があります」
「はい」
医師に呼ばれて、俺は看護士に二人の事を頼んだ。
そのままついていき、診察室へと着いた。
目の前のデスクには、何枚かレントゲンカルテが貼られていた。
あのレントゲンは・・・。
医師がカルテを広げて、俺にその内容を少しだけ見せてくれたがよくわからない。
だってほとんど英語か何かで書かれているから。
「以前まであの私立病院にいらっしゃったんですよね?
海老原さんに言われてから検査したところ、脳出血ではありませんでした」
「え?」
俺は耳を疑った。
お袋は脳出血を起こしたって、あの病院の医師は言っていた。
もう長く生きられないとまで言い放った。
それなのに、脳出血じゃなかったって・・・どうなっているんだ?
じゃあ、なんで倒れて目を覚まさないんだ?
俺は状況が理解できなくて、何も聞けなかった。
「脳出血ではなくて、精神的なストレスで倒れられてしまったようです。
どこも悪いところはありませんし、目を覚まして少し入院したら退院できますよ」
「それってつまり・・・」
「ええ、あの病院の医師が誤診したという事になりますね。
あの病院からこちらへ流れてくる患者さんが多くて、こちらとしても困っているんです。
私達医師と言うのは、誤診をすることは決して許されないと言うのに」
医師が怒りをあらわにしながら言う。
そうか・・・あの病院の医師は適当に検査をして誤診しているというわけか。
訴えようとすれば訴えることも出来るが、そうなるとまた金がかかってしまう。
だが、訴えている人も多いみたいだから、もしかしたら本格的に裁判が始まるかも。
とにかく誤診で本当に良かったが、ストレスを与えていたのは間違いなく俺だ。
俺のせいでお袋が倒れてしまったんだ・・・。
だけど、もう苦労なんかさせない。
「お母様はきっと、もうじき目を覚ますはずですので安心なさって下さい。
妹さんの方は、もう少し時間がかかるとは思いますが・・・」
「ありがとうございます」
何だか心に重たくのしかかっていたものが軽くなった。
余命とか関係ないと知って、すごく安堵した。
俺は病室へ戻り、看護士にお礼を言って変わった。
時間が経てば二人とも目を覚ましてくれるかもしれない。
それだけでも、俺にとっては大きな希望だった。
あの私立病院の医師やひき逃げをして今隠れている人物に恨みを持っているが、それよりも二人が回復するかもしれないと言う気持ちの方が大きかった。
俺は、再び二人の手を握って祈り続ける。
もう苦労させたりしないから・・・しっかりするから。
そう思いながら、俺は二人を見守った。
「どうだ、様子は?」
声がして振り向くと、そこには尚原が立っていた。
その手には白い袋を持っていた。
“どうせ昼食ってないんだろう?”と言いながら、俺におにぎりを渡してきた。
俺は素直にその好意に甘えることにした。
断る理由もないし、俺のことを思ってくれてしている事だから。
俺は医師に言われたことを、尚原に全て打ち明けた。
菜月はまだ分からないと言われてしまったが、お袋はじきに目を覚ます。
すると、尚原が本当に安心したのか笑みを浮かべた。
希望が持てたから、今後はいつ目を覚ましてもいいように念入りに来よう。
「希望が出てきて良かったな、海老原」
「ああ、よかった。
俺さ、もうギャンブルとかやらないことにしたよ。
今後は絶対に手を出さないし、消費者金融を頼ったりもしない」
「やっと本気になったんだな。
安心しろ、俺が全力でフォローしてやる」
「本当にありがとな」
本当に尚原には感謝している。
いつも俺のことをフォローしてくれるから、助かっている。
感謝しきれないほどだから、いつか少しずつ返していきたい。
俺に出来ることを少しずつしていけたらいいなと思っている。
尚原が菜月を心配そうに見ている。
俺と尚原は高校時代からの友人で大学は違ったが、今勤めている会社で再会した。
だから、菜月と話したり会ったりしたことがある。
尚原と菜月も仲がいいから、すごく心配してくれているんだろうな・・・。
早く目を覚ましてくれるといいんだが・・・。
俺はちょっと連絡した場所があって、尚原に後を任せた。
連絡を入れたかったのは、おまとめローンの担当者だ。
「もしもし、お忙しい中恐れ入ります。
海老原と申しますが、大橋様をお願いできますでしょうか?」
『少々お待ち下さいませ』
それから担当者の大橋さんが電話口に出て、俺は返済額を少しだけ多くしてもらった。
そんな急激ではなくて、本当に少しだけ。
少し余裕が出てきたから、少しでも多く返済したいと考えていた。
前もって尚原とは話して決めてあるから問題ない。
延滞せずに返済を続けているから、大橋さんの俺に対する印象が良くなった。
実は、最初は結構ギスギスした感じだったが、今ではすっかり打ち解けている。
毎月の返済を延滞せずしっかりしているから、大橋さんも応えてくれるようになった。
『海老原さん、変わりましたね。
何かあったんですか?』
「ええ、自分のすべきことが何なのかやっとわかったんです。
延滞しないで返済していくので、今後とも宜しくお願い致します」
『こちらこそ、宜しくお願い致します』
少しだけ返済額をあげてもらい、俺は電話を切った。
何事もコツコツしていくのがいいんだよな?
電話を終えて、俺は病室へと戻った。
尚原に聞いたが、二人は変わらず眠ったままのようだ。
最初に比べて寂しさはないが、早く目を覚ましてくれればいいのになと思う。
あっという間に面会できる時間が過ぎてしまい、今日も帰る時間になってしまった。
本当に時間が過ぎるのはあっという間で、もっと時間があればいいのになと思う。
仕方なく、俺は尚原と一緒に病院を後にした。
夕暮れの中、俺たちはタクシーで駅へと向かっていた。
少しずつネオンが灯り始めて、夜の顔へと変化していく。
時間の経過が早いという事は、その分一日の流れが早いという事だ。
「あれ、・・・保泉じゃないか?」
尚原がそう言うと、保泉が歩いているところを見かけた。
何やら手ぶらで歩いているし、着ている服も少し汚れている。
何かあったのか気になったが、絶交しているし向こうも関わりたくないだろうから、俺はそのまま黙り続けた。
尚原がタクシーを停めて、俺に待つよう告げてきた。
タクシーから降りて、尚原が保泉の元へと向かっていく。
声をかけるつもりなんだ、保泉に。
聞く耳を持ってくれないから意味ないと思うが・・・。
二人が話しているのを、遠くから見るしかできない。
しばらくして二人がこっちに歩いて来て、助手席に尚原が座り俺の隣に保泉が座った。
俺との距離をがっちり開けて座り乗る保泉。
いや、俺だってお前の隣なんて嫌だっての!
言ってやりたい気持ちをぐっと抑え込んで、俺は窓の外を眺めた。
尚原が運転手に伝えて、そのまま駅へと向かっていく。
「保泉、あれから借金はどうなった?」
「ああ・・・自己破産宣告したよ。
4000万なんて、俺にはとても返済出来そうにないからな」
結局、保泉は自己破産をしたのか。
俺もあのままだったら、今頃保泉のように破産宣告をしていた可能性が高い。
だが、周りから支えられて保泉とケンカしたことで、今の自分がいる。
何も知らないままだったら、今頃俺は警察に捕まっていたところだった。
それにしても、借金が4000万円って、かなりヤバい。
今後毎月支払っていくとしても、どのようにして返済していけばいいのか。
あまりにも金額が大きすぎて、返済計画を立てにくい。
だが、保泉は自己破産宣告をしてしまったから、今後は一切ローンを組むことが出来ない。
だから家賃を分割して支払うことが出来ないし、クレジットカードだって利用することが出来なくなってしまう。
かつて、俺がしようと考えていた自己破産宣告を、保泉がしてしまった。
「保泉、今後どうするんだ?」
「どうするも何も、貯金なんか少ししかしてないし・・・。
家は何とか守ったけど、ほとんど家具を持っていかれたから、生活が・・・」
破産宣告をする前に、色々家具などを持っていかれてしまったらしい。
馬鹿だな、さっさと宣告すれば取られなかったものを・。
着ている服が汚れているのは、洗濯が出来ないからだろう。
もう少しで、俺もこんな風になっていたのかと思うと、何だか恐ろしくなった。
やっぱり、自己破産宣告なんてするもんじゃないんだな・・・。