やってしまった・・・。
もうしないと決めたはずなのに・・・またギャンブルに手を出してしまった・・。
尚原には恥ずかしくて情けなくてとてもじゃないが言えない。
ヤバいな・・・本当にどうにかしないと俺はまた手を出しそうだ。
どうすれば断ち切れるんだ・・・断ち切りたいのに出来ない。
無理矢理感情を抑え込めば、今度はそれが強く跳ね返ってしまうからだめだ。
何とか納得して諦めるようにしないと、俺はまたギャンブルをするだろう。
せっかく昇格して順調になってきたと言うのに、これではまた元に戻ってしまう。
「海老原、元気がないけど何かあったのか?」
「尚原・・・いや、何でもないんだ」
尚原には言えない。
俺がまたパチンコをやってしまったことを・・・。
信じてくれって言ったのに、俺がその約束を破ってしまった。
情けなくて本当にどうしようもない。
何か変わるキッカケが欲しい。
保泉に対する敵意だけでは俺は変われないんだ。
そう言えば、保泉が借金を抱えていることが会社に知られてしまったようだ。
2000万円の借金だったが、あれから消費者金融から借入を続けているのだとすれば、さらにその金額が増えている事だろう。
だけど、尚原に隠し事をするのは気が引けて、俺は素直に話した。
「海老原・・・禁断症状と一人で戦っていたんだな・・・。
よし、今度からやりたくなったら何か嫌なことを思い出すのはどうだ?
例えば、したくなったら生活していけないことを考えるとか、何かを失うとか」
「何かを犠牲にしてしまうと思うようにすれば、思いとどまるかもしれない、か・・・。
果たして俺にそんなことが出来るのかな・・・どう思う?」
「お前なら必ず出来るって。
海老原は努力家だから、大丈夫だよ」
尚原が笑いながら言うから、何だか本当にそんな気がしてきた。
でも、そんな気がするだけじゃダメなんだと思うんだよな。
気がする、じゃなくて出来ると思わないと意味がないんじゃないかって。
もしかしたら、俺はまだ本気でギャンブル克服しようとは思えていないのかもしれない。
心のどこかでは、どうにかなるだろうとか甘く考えているのかもしれない。
だけど、本当に金がない状態になってしまったら・・・困るよな。
いや、困るという問題じゃない気がする。
生きていけないってことだもんな・・・死に対してもっと恐怖感を持つべきなのかもしれない。
「話してくれて嬉しいよ。
よく話してくれたな」
「隠し事はしないって決めたからな・・・。
本当は隠そうと思ったが、それは何だか気が引けてな・・・」
すると、尚原が笑った。
お前本当に変わったな、と言って笑っている。
変わったのか、俺?
俺は相変わらず自分がダメな奴だと思っているが・・・。
少しずつ変わってきているんだったら、それはそれで嬉しい。
休憩時間が終わり、俺たちは再び仕事へ戻った。
それぞれ仕事を分担して、少しずつ片付けていく。
だが、やっぱりそう甘くはなくいくら仕事をしても片付く気配がない。
業務時間内では片付けられなくて、結局残業することになってしまった。
他にも残業で残っている人が多くいる。
時刻は19時過ぎで、中には先に飯を食ってから残業する奴もいる。
「海老原、そっちはどうだ?」
「んー、あと2、3時間くらいで終わりそうだ」
「俺もそんな感じだよ。
あともう少しだけ、お互いに頑張ろう!」
あと少しで片付けることが出来る。
そう信じて仕事を片付けていくが、なかなか書類の数が減っていかない。
誰かの上に立つっていうのは、こんなにも忙しく責任感が求められるんだな・・・。
そう考えると、出世するのも考え物かもしれない。
仕事量が一気に増えるし、こういった残業も増える。
だが、出世したことによって俺の知らなかったことを知ることが出来た。
今まで見えてこなかったものや知らなかったことが見え始めた。
それだけでも、何かが少しずつ変わってきたような感じがするんだ。
仕事を続けていると、俺の携帯が鳴った。
一体今度は誰からの連絡だ?
確認すると、その電話をかけてきた相手は菜月だった。
「どうした?」
『どうしよう・・・どうしよう、・・っ!
お母さんが、お母さんが・・・倒れて、病院・・貧血!』
「落ち着け、菜月。
何があったのか、ゆっくりでいいから話してみろ」
かなり支離滅裂で、何を伝えたいのか分からなかった。
ただ、電話口で菜月が泣き崩れているのだけはわかった。
涙ながらに菜月が話してくれた。
お袋が料理をしている最中、急に倒れたらしい。
何の前触れもなかったのか聞いたが、菜月がまだパニック状態になっていて聞けない。
そう言えば、さっき貧血だって言っていたが、本当に貧血なんだろうか?
今まだ仕事中だから、終わり次第すぐ行くと言って電話を切った。
「何かあったのか?」
「いや、お袋が急に倒れて菜月がパニックを起こしてるみたいだ。
だけど、俺にはまだ仕事があるから終わり次第向かう」
「そんなこと言っている場合じゃないだろう!
仕事は俺に任せて、早く病院に行ってやれ。
大丈夫、仕事ならすぐに終わるから」
「・・・悪いな、尚原!」
そう言って、俺は帰り支度をして病院へと向かった。
電車では時間がかかってしまうから、タクシーを飛ばして向かう。
会社から少し離れた病院で、その病院は私立病院だった。
最近はやぶ医者が多いから病院はキライだが、致し方ない。
タクシーから降りて、受付でやるべきことを済ませてから病室へと向かった。
階段を急いで上がっていき、病室を訪ねると菜月が椅子に座って泣いていた。
ベッドにはお袋がぐったりするように眠っている。
一体何があったんだ・・・?
「お兄ちゃん、・・・お母さん、もう長くないかもしれないって・・・っ。
・・・どうして、どうしてお母さんが・・こんな目に遭わなきゃ、いけないの・・?」
もう長くないってどういうことだ?
それはつまり、貧血じゃなくて何か病気だったっていう事なのか?
とにかく一度医師から話を聞かないと分からない。
俺はお袋のそばにいてあげるよう菜月に行ってから、医師の元へ向かう。
こうなってしまったのは、何か原因があるはずだ。
廊下を歩いていると、一人の医師と会った。
「海老原さんですか?」
「はい、そうですが」
「今呼びに行こうかと思っていたところなんですよ。
お母様の体調について、ご説明いたしますね」
俺はそのまま医師についていった。
案内されたのは、会議室のような静かな場所だった。
医師と看護士が立ち、俺に座るよう促したから椅子に腰かけた。
菜月にはまだ話していないらしいな。
あの様子じゃ、話しても受け入れられず整理することすら出来ないんじゃないかと思う。
俺は医師が話し出すのを待ち続けた。
「お母様の容態ですが・・・脳出血を起こして意識が無い状態です。
様々な症状を起こし、現在は意識不明となっています。
あと半年から1年だと思ってください」
「それって、もう手の施しようがないという事ですか?」
「・・・そういう事になりますね」
そんなことって、・・・そんなことってあるのか?!
あと半年から1年だと思えって、そんなの思えるわけねーだろ・・・!
それって余命の話だろ?
お袋は長くてもあと1年しか生きられないのか・・・?
菜月はそのことを知っているみたいだが、あまりにも残酷すぎる。
俺みたいなやつがそうなるなら分かる。
しかし、お袋は今まで真面目に生きてきたし何も間違ったことをしていない。
どうして、そんな人間がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!
不幸になるのは俺だろ!
そもそも神様なんか本当にいるもんなのか?
「このまま黙って見殺しにしろって言うんですか?」
「そんなことは言っていません。
ただ、あと一年しかもたないだろうと・・・」
「俺が言いたいのは、その一年ただ何もしないのかっていう事だ!
何もしないで最初からそうやって諦めるのか?
お前らにとって、人間の生命ってそんなものなのかよ!!」
何も治療しないなんて、そんなの見殺しにしている事と同じじゃないか。
どうして、治療したら変わるかも少しは遅らせることが出来るかもしれないって考えないのだろうか。
そもそも本当にお袋は脳内出血を起こしているのか?
レントゲンを見せてくれないあたり怪しいと思うんだがな。
もっともらしいことだけ言って、入院費をぼったくるつもりなんじゃないか?
信じない、俺は絶対に信じない。
もっとちゃんとした病院だったら、検査とかもしてくれるかもしれない。
いっそ、違う病院に移ってしまおうか?