お袋が倒れて、菜月がひどくショックを受けて俺の家へやってきた。
一人で過ごしたくないと言って、俺の家に転がり込んできた。
会社に連絡をして、少しだけ休みをもらったようだが、心配だな・・・。
俺は休めないからこうして出社しているが、菜月は感受性豊かだから今回の事はかなりきつくて苦しいことかもしれない。
「あれからどうした?」
「あ、尚原か・・・実はお袋がもう長くないらしいんだ」
「どういうことだ?」
俺は何が起きたのか全て尚原に話した。
最初は貧血だと言っていた病院側が脳出血を起こしたと言い直したこと。
もう長く生きられないという事も。
すると、尚原が顔色を変えてパソコンで何かを調べ始めた。
調べたのは、あの私立病院についてだった。
ん、何かあるのか?
調べてみると、多くの人達が書き込んでいる口コミを見つけた。
そこには、誤診されたと書いている人が多く、なぜかあと何か月ですよと言われた人物がその通りに亡くなってしまうとも書かれていた。
普通だと思うかもしれないが、本当にピッタリ亡くなってしまうのだとか。
「おい、これって・・・」
「ああ、もしかしたら、人為的なことかもしれないな。
あの病院は入院患者が多くて回らないと言っていたから」
「じゃあ、お袋も・・・」
「今すぐ病院を写った方がいいかもしれないな。
海老原、お前今から行って来い。
仕事なら俺が済ませてやるからさ」
俺は尚原の言葉に甘えて、早退することにして病院へと向かった。
なかなかタクシーがつかまらなくて、俺は走っていくことにした。
今日は雨が降っていて、傘を差しながら走っていくがこれじゃあ、速く走れない。
困ったな・・・急いでるっていうのに!
雷まで鳴り始めて、雨も本降りになってきた。
くそっ、傘が邪魔だ!
すると、目の前からも走ってくる人物が見えてきた。
あれは・・・菜月じゃないか?
何をそんなに急いで走っているんだ?
まさか、お袋に何かあったから俺の会社へ向かっているのか?
菜月が俺に気付いて、さらにスピードを上げて走ってくる。
「お兄ちゃんっ!!」
「菜月!」
菜月が傘を差しながら、一生懸命こっちに走ってくる。
俺も菜月の方へと走っていく。
目の前の歩行者用の信号が青に変わり、菜月が渡りはじめた。
もう本当に目と鼻の先で、俺も信号機に差し掛かった時だった。
いきなり横から大きなトラックが来て、全く停まる素振りもなく歩行者信号機に突っ込んできた。
―ガシャーンッ!!
一瞬何が起きたのか分からなかったが、トラックはそのまま別方向へ去って行く。
俺はとっさに携帯でトラックのナンバーを押さえた。
目の前を見てみると、そこにはぐったり倒れている菜月の姿があった。
他にも轢かれた人がいて、あたりは血の海と化している。
菜月が手にしていた傘が、空から降ってきたと同時に俺は菜月に駆け寄った。
「菜月、なつきッ!!」
俺が呼びかけても何も反応がない。
何度も何度も呼びかけるが、雨の音にかき消されて届かない。
降りしきる雨にひたすら打たれながら、菜月の名を呼ぶ。
頼むから死なないでくれ・・・!!
お前までいなくなったら、今度こそ俺は一人になる。
それに、菜月の人生はまだこれからじゃないか!
こんなところで死んだらダメだろ・・・ッ!!
「うわあああぁぁぁぁ―――ッ」
どんなに叫んでも菜月は動かない。
すると救急車と警察を呼んだ人がいたおかげで、菜月も一緒に救急車に乗せてもらえることになった。
警察から事情聴取を受けるように言われたが、それどころじゃないから何も見ていないと言い切り逃れてきた。
びしょ濡れのまま救急車に乗り込み、行先の病院を訪ねた。
「どの病院に・・・向かっているんですか」
「この先の私立病院ですよ」
「そこはダメだ、頼む!
違う病院にしてくれないか・・・頼むから・・・!」
そう訴えると、行き先を変えてくれた。
もう一つ近くにある大学病院へ向かってくれることになった。
大学病院に着き、ストレッチャーで運ばれていく菜月。
手術がどのくらいで終わるのか確認を取ってから、俺は私立病院へと向かった。
このままじゃ、タクシーにも乗れないから歩いていくしかない。
何とも言えない感情を抱きつつ、俺は私立病院へ。
大学病院から歩いて大体15分くらい。
私立病院へつき、お袋の元へと向かっていく。
病室へ行くと、医師が立っているのが見えた。
「もう診てくれなくていい。
転院するから、さっさと手続きをしてくれ」
「何を言っているんですか!
このままじゃ、本当に亡くなってしまいます・・・」
「お前の意見なんか聞いてないんだよ。
さっさと転院手続きしろ、しないなら弁護士呼ぶぞ!」
「・・・っ!?」
こんな病院に任せてられるか!
強制的に手続きさせて、菜月と同じ大学病院へ転院することになった。
すぐにでも転院させろと言ったから、お袋を救急車で搬送することになった。
全く、どうして二人がこんなに遭わなきゃいけないんだ・・・!
そして、俺は携帯で撮ったあのトラックのナンバーを送った。
犯人が捕まるのも時間の問題だろうな。
現場にはトラックの壊れた破片が落ちていたから。
やっと二人が同じ病室になったところで、俺の緊張感が解けた。
お袋と菜月の意識がないまま眠っている姿を見て、涙がこぼれた。
どうして俺だけ、無事なんだ?
二人は俺と比べて真面目に生きているというのに。
それとも俺に対する嫌がらせなのか・・・?
このまま二人の意識が戻らなかったら・・・そう考えると胸がえぐられるような感じだった。
俺は涙を流しながら椅子に座り、俯くしか出来なかった。
どうか、二人を助けてくれ・・・神様が本当にいるなら、いいだろ?
二人を助けてくれるなら、なんだってするから・・・。
助けてくれよ・・・っ。
「もう二度と、ギャンブルもしないから・・・絶対に、しないか、ら・・。
・・・助けてくれよ・・ッ、・・しないから、頼むよ・・・っ!」
いい年をして、ただただ泣きながら訴えることしかできない。
どうして俺はこんな無力なんだろうな・・・どうして、俺は・・・!
二人が無事に意識を取り戻してくれるのなら。
・・・もう絶対に、ギャンブルなんか・・やらないから・・頼む・・!
パチンコだって競馬だって、カジノだってしない。
借金の返済だって、ちゃんとするから・・・ッ!!
「不幸になるのは・・・俺だけで、いいだろ?
お袋も菜月も・・関係ないじゃないか・・ッ」
そう、二人は一切関係ないんだ。
俺と親父に振り回されているだけで、何も悪いことなんかしてないんだよ。
悪いのは借金をして、ギャンブルばかりしている俺なんだ。
不幸にするなら俺を不幸にしろよ。
何だって受け入れてやるから。
神なんか信じてない、だが、どこかに優しい神がいるならば。
あの二人だけでいいから、俺の事はどうでもいいから。
・・・どうか、どうか救ってやってくれ。
頼むよ・・・。
「大事な・・・家族なんだ」
涙がこぼれて止まらない。
今まで自分がしてきたことを、反省してちゃんと前を向かないといけない。
自分の手で家族を守れない情けなさや悔しさ。
無力さや自分が犯してきた過ちに苛まれて、どうしようもなくなった。
二人の手を握りながら、何度も何度もただ強く祈り続けることしか出来ない。
大の大人がこんなことしかできないとはな・・・情けなくて嫌になる。
転院させたのはいいが、入院費用も賄わないといけない。
借金も残っている。
あぁ、そうか・・・もしかしてこれが俺のしてきたことへのツケなのか?
「・・・・どうすれば、いいんだ」
ドア越しに立つ尚原に気が付かず、俺は再び泣き崩れていく。
どうしていいのか、俺には分からない・・・。
尚原になんて伝えればいいんだろうか、そもそも伝えるべきなのか・・・。
こうなったのも、全部俺のせいだったりするんじゃないかって考えたらきりがなくて、何も考えたくなくても、頭はフル回転したまま。
目の前で菜月がはねられる姿が、焼き付いて頭から離れてくれない。
傘が飛ばされて、土砂降りの雨が降って血の海と化して・・・。
だめだ・・・考えたくない、思い出したくない・・。
頼むから・・・どうか、どうか。