最近、少しずつ調子が良くなってきたがそれでもまだ、ギャンブルの誘惑に弱い。
ホイホイ行くわけではないけれど、行きそうになってしまう自分もいる。
どうにかして思いとどまれるようになっているが、何かのはずみで始めてしまいそうで怖く感じているのも確かだ。
特にパチンコ屋は必ず駅前にあるから、正直目の毒になっている。
目につかない場所にあれば、どうにかなるかもしれないと言うのに・・・。
これも何かの試練なのだろうか。
昼間はいいが夜はネオンで看板が照らされているから、つい入りたくなってしまう。
「海老原、今夜少し飲みに行かないか?
この間の礼もまだだったしな」
「気にするなって、あれは俺が勝手にやったことだ。
お前の為ならいつでも力になる」
この気持ちに嘘はないし、俺に出来ることがあればしてやりたい。
俺だって尚原に支えられているから、こういった部分で返していかないと。
だから礼とか気にしなくたっていいと思うんだ。
尚原にはそう伝えて、結局断ってしまった。
何て言うか、そんなに気を使ってくれなくても大丈夫。
自分の仕事を片付けていると、あっという間に昼を迎えてチャイムが鳴った。
俺は一緒に飲みにはいけないが、昼飯を一緒に食べることにした。
尚原といつもの洋食屋へと向かっていく。
二人してメニューを眺め、偶然にも同じものを注文した。
「海老原、最近ギャンブルはどうだ?
少しずつ落ち着いてきたか?」
「ああ、少しずつ落ち着いてきたような気がする。
今でもたまにパチンコがやりたくなるけど、何とか思いとどまっているところだ」
「海老原も頑張っているんだな。
俺ももっと頑張らないとな!」
尚原が笑いながら言うが、そんな必要ないような気がする。
だって尚原はもともとしっかりしているし、非の打ち所がないから。
頑張ると言っても尚原はすでに頑張っているから、今のままでも十分だと思う。
もっと努力して頑張らなきゃいけないのは俺の方だ。
二人で昼食を食べながら話していると、昼休みの時間があっという間に過ぎた。
昼休みの1時間って本当に早いよな・・・。
会社へ戻り、俺たちは自分の仕事に戻ることにした。
お互いやっている仕事内容は違うが、やりがいのある仕事だと俺は思っている。
「保泉、お前またミスしてるぞ!
もう一度やり直してから、持って来い!」
「・・・申し訳ございません」
一方、保泉が配属された部署はピリピリしている。
今が忙しい時期だから仕方のないことなのかもしれないが、ピリピリしすぎだろ。
それに保泉のヤツ、最近少しやせたんじゃないか?
気のせいかな・・・顔色も何だかよくないし、参っているんじゃないのか?
だが、俺が声をかけても無視されるだろうから、声をかけるのはやめた。
尚原も少し心配しているみたいだが、声をかけにくいのか声をかけない。
家族だけではなくて友人もバラバラになってしまっているなんて。
「海老原くん、今来てくれるか」
「はい」
俺が自席で資料を作成していると、部長に呼ばれた。
なんだろう、俺気が付かないうちに何かしてしまったんだろうか?
緊張感に襲われて、俺は余裕がない状態だった。
何か注意されるんだろうか・・・辞めろと言われたら困ってしまう。
部長室へ招かれて、ソファに座るよう促された。
何だかこの空間がまた、俺の緊張感を大きなものにするんだよな・・・。
「先日、尚原くんを救ってくれたそうだな。
実はあの会議、非常に重要なもので資料が無ければ損失を出すところだった」
そうか・・・あの会議ってそんなに重要なものだったのか。
損失を出すという事は、大きなプロジェクトだったという事かもしれない。
変に詮索をするのは良くないから、考えるのはよそう。
あれは、本当にとっさのことで何も考えていなかった。
ただ、あのままでは尚原が責任を取らされると思ったから、行動したまで。
別にあの会議を守りたかったわけではない。
「君の機転が利かなければ、わが社の信頼を失う所だったんだ。
そこで、君を一つ昇格させたいのだが、どうだね?」
「え・・・よろしいのですか?」
「ああ、その代わり今後も頑張ってくれよ?」
「承知致しました」
俺が昇格なんて信じられない。
今まで出世とは無縁だとばかり思っていたから、すごく意外だった。
一つ上がるという事は、立場的に尚原と同じっていう事になるのか?
これで、また尚原とは同じ目線になれたってことか。
今までは俺の方が下だったわけだが、正直地位とかどうでもいいんだ。
地位が違っても、友達には変わりないから。
部長室を後にして、俺は仕事へと戻った。
すると後から部長がやってきた。
「みんな聞いてくれ!
海老原くんが昇格することになった!
今後も頑張るように」
部長がそう言うと、みんなが喜んでくれた。
自分の事みたいに喜んでくれる人もいて、何だか嬉しくなった。
遠くで尚原が笑っているのが見えた。
どうやら、尚原の方まで聞こえているみたいだ。
とにかく、自席を移動するのは難しいから今日は今のままでいることにした。
誰かの視線を感じて確認すると。保泉が俺を見ていた。
見ているというよりも、睨み付けていると言った方が正しいかもしれない。
何か言いたいことがあるように見えたが、どうでも良かった。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
ちょっと休憩でもするかな・・・、
そう思い、俺は喫煙室へと向かうと先に尚原がいて煙草をふかしていた。
「海老原、昇格おめでとう。
お前ならいつか昇格するって思っていたんだ」
「ありがとう、尚原。
自分でもびっくりしているんだ、こんなこと」
「お前の頑張りが認められたんだな!
良かったじゃないか!」
俺の頑張りを認めてくれたってことでいいのだろうか?
頑張ったつもりはないし、あんなことで良かったのか疑問も多々ある。
だけど、昇格できたのは、素直に嬉しく思う。
昇格したから、給料も少し上がるかもしれない。
その方がありがたくて、俺にとっては助かる。
借金を返済しなくちゃいけないから、このままの状態を保てるといいんだけど。
だけど、そんなうまくいくかどうか・・・。
現実はいつだって残酷で厳しいことを、俺は知っている。
今までギャンブルをやめられなかったのと同じで、諦めようとすると勝つ。
そして、再び俺をギャンブル漬けにするんだ。
今もまだギャンブルを克服したわけではないから、油断はできない。
何かがきっかけで、またぶり返してしまうかもしれない。
「海老原、大きなお世話かもしれないが、ギャンブル始めるなよ?
給料が増えるからってダメだぞー?」
「わかってるって、しないようにする。
俺は、もうしないって決めたんだ、信じてくれ」
俺は笑いながら言った。
ギャンブルなんてもうしないって決めたから、やらないに決まってる。
俺はそんな簡単に物事を投げ出したりはしない!
尚原に釘を刺されて、改めてそう思った。
実は最近、禁断症状みたいなものが出てきてそれがひどいんだ。
パチンコの音を聞くだけで、テレビのCMを見るだけでもしたくなるんだ。
まずいよな・・・これって大分まずいよな・・・。
就業時間を迎えて、俺は自分の荷物を全て新しい席へと移した。
今やっておけば、明日はスムーズに仕事を片付けることが出来るから。
片づけを終えて退社し、俺は買い物をしてから街を歩いていた。
冬は本当にすぐ真っ暗になるよな・・・この時期うつ病が増えると言われているんだっけ。
季節性うつ病と言うものがあるらしいが、俺は・・・大丈夫だろうな。
「本日から新しい台が入りましたー!!
当たりが出やすくなっているから、やるなら今しかない!!」
なんだなんだ・・・大きな声が聞こえてきて振り向くと、若い女性が客寄せしていた。
それもまたあのパチンコ屋の目の前で。
以前、俺が当たりやすいと言われて入り20万円勝ったあのパチンコ屋だ。
今日から新しいパチンコ台が入ってあたりやすいって?
やるなら今しかない・・・だけど。
俺はもうギャンブルはしないって決めたんだ。
・・・でも、また勝てれば返済することが出来るんじゃないか?
働いて返済するよりも、こっちの方がずっと早いような気がする。
「物は試し・・・返済するためだ。
・・・自分の為じゃ、ない」
俺は誰かに言い聞かせるような感じに呟いた。
勝手にギャンブルをするのは気が引けてしまって、まるで言い聞かせるかのようにもっともらしい口実を言って、パチンコ屋へ入った。
ガヤガヤしているし、かなりタバコの匂いがして懐かしさを感じた。
そう、だった・・・こんな感じだった。
懐かしさに誘惑されて、俺は財布から5万円を取り出して台を打ち始めた。
だんだん昔の感覚を取り戻していく。
もうストッパーなんて利かなくて、俺は欲求のままパチンコにハマった。
勝てば返済が出来る、そう信じて。
気が付けば、俺は5万円以上もつぎ込んで大負けしてしまっていた・・・。