私の名前は小鳥遊あずさ<タカナシ アズサ>。
今まで色々な職を転々としてきたけど、今は少しだけ落ち着いている。
結構経験できない事を経験してきたから、人よりは経験値を積んでいるような気がする。
あくまでも気がするだけなのだけれど。
今私が勤めている会社は、大手企業の事務職だから毎日やることは全く同じ。
書類作成をして電話対応をして、時に接客したりしてという事の繰り返し。
何て言うか慣れてきてしまったから、仕事に飽きてきたところ。
本当は毎日新しいことがしたいんだけど、なかなかそうもいかないのが現実なんだよね。
ベンチャー企業に就職した方が毎日充実して、楽しい日々を送れていたかもしれない。
私がベンチャー企業に応募しなかったのは、なかなか募集が無かったのが理由。
どの求人情報を見てもホールスタッフやキッチンスタッフ、ショップスタッフばかりで見るのもうんざり。
忙しいのはわかるけど募集しすぎ。
まぁ、所詮は捨て駒的な考えなんだろうから仕方ないことかもしれないけど。
辞められたって、その代わりはいくらでもいるわけだし。
「あずさ、ちょっと休憩しない?」
そこへやってきたのは、松坂真子<マツザカ マコ>だった。
真子とは幼稚園の頃からの付き合いで、小学校も中学校も一緒だった。
私達が住んでいた場所は田舎だったから、私は家庭の事情もあって高校進学と共に東京へ出てきたが、真子はそのまま残り進学した。
だからお互い高校から違う進路に進んだ。
それでも今こうして同じ職場に勤めているのは、本当に偶然だったんだ。
真子とはなかなか連絡が出来なくて、いつしかメールアドレスも通じなくなってしまいお互いどんな仕事をしているのか分からなかったし、私が電話番号を変更してしまい連絡を疎かにしてしまったことで、真子と話せずにいた。
私が前の職場の人間関係に嫌気がさして、この会社の面接を受けて出勤初日、真子と再会したのだ。
こんな再会の仕方ってあるんだなってびっくりしたのを、今でもよく覚えている。
そして、ちゃんと連絡先を交換して今ではあの頃と同じ関係に戻った。
真子は私の事を誰よりも理解してくれている良きパートナー。
どんな時でも真子が私を支えてくれたから、今の私が此処にいる。
「真子、最近ちょっと痩せたんじゃない?
ちゃんとご飯食べているの?」
「ちゃんと食べてるよ?
そういうあずさはどうなの!
今日も社員食堂で頼んだレバニラ炒めのレバー残してたでしょ!」
「だってレバーって美味しくないじゃん。
でもさ、あのタレが美味いんだよね!」
「ちゃんと食べなさい!」
真子が頬を膨らませながら怒っている。
あの頃からずっと私は真子に注意されているから、まるでお母さんに怒られているみたい。
別に嫌な気分にはならないし、懐かしい気がすると言うか不思議な感じ。
休憩時間が短く感じるのは、真子と一緒に居る時間が楽しいからだと思う。
仕事をしているときよりもずっと楽しいし、気が楽でいい。
それにしても真子はあの頃と変わらず、優しい女の子のまま。
化粧をしているから外見は大人っぽくなったけれど、中身はまだあどけなさが残っていて可愛らしい
それに比べて私は、あの頃とはすっかり別人になってしまった気がする。
いや、本当は自分でもよくわかっているんだ。
あの頃に比べて私は性格が悪くなったと言うか、卑屈になってしまったんだ。
その原因を作ったのは私の父親。
今は電話番号も変更してあるしアドレスも変えてしまっているから、一切関わりがない。
生きているのかすら私には分からない。
「あずさ、最近疲れた表情しているけど大丈夫?
何かあったらいつでも言ってね?」
「うん、いつもありがとね」
真子は本当に優しい。
他人を気遣えるのは誰にでも出来ることではないから。
ただ、私が疲れているのはある人物が無駄に関わってくるからだ。
私達は仕事に戻るため、屋上から社内へと戻ることにした。
社内へ戻ると、何だか賑やかだった。
何かと思い社内に目をやると、そこには私をイラつかせる原因となる人物の姿があった。
目立つのが好きで、自分よりも優秀な人間がいるとどんな手を使ってでも蹴落とそうとしてくる。
まぁ、表向きはいい顔をしているけれど裏は本当にひどい。
これは皆知らないからいい顔しか知らない訳だけど、私はすべて知っている。
何故なら、過去に喧嘩を売られたり嫌がらせをされたことがあるから。
私がそのことをみんなの前で言わないのは、これはこれで楽しめると思っているからだ。
ただでさえ仕事に慣れて退屈しているのに、皆に言ってあいつが勝手に嫌われてしまったらつまらない。
「なんだよ、また売上のトップは郷倉かよ!」
「やるじゃん、郷倉!」
「大したことないぜ、皆頑張りが足りないんじゃないか~?」
そう、その男の名は郷倉透<サトクラ トオル>。
年齢は私とあまり変わらないくらいだが、私の前では態度がでかいんだよね。
たぶん、私の事を自分より下だと思っているからだと思うんだけど。
嫌われる原因になったのは、私が郷倉のミスを指摘したこと。
でもさ、たったそれだけで私を嫌って敵視するようになるって器が小さいと思うんだよね。
仕事上でミスを指摘されるなんて珍しい事じゃないし、そこまで恥ずかしい事でもないし。
元はと言えばミスした自分が悪いんじゃないかと思う。
それ以来、私はあいつに目の敵にされているが、私は今のこの状況を楽しんでいるところだ。
ちなみに、このことは真子も知っている。
この間話したらちゃんと話して解決しなきゃダメだと言われたが、私と郷倉は一生交わることが無い平行線上の付き合いになるだろう。
だって、あいつに嫌われたって何も不都合なんかないわけだし。
私は自席へ戻り、書類を作成していくがそれでもやっぱり退屈。
何か面白いことないかな・・・。
「いいよなぁ、事務職は暇そうでさ。
俺たち営業は毎日忙しくしてるっていうのに。
そんな楽そうな仕事で金がもらえるんだもんな?」
ほら、早速絡みに来た。
こいつ本当暇そうにしているからどうしようもない。
契約が取れているのは郷倉の実力じゃなくて、郷倉の父親が有権者だからだ。
それを自分の力で契約が取れていると思っている当たり笑える。
私が笑っていると、郷倉が気に食わなさそうな表情をした。
どこにでもいるんだよな、勘違いしている奴ってさ。
他人が見ればすぐ勘違いしていると気が付くのに、肝心の本人が全く気付いていないまま、それを自慢している。
何て滑稽すぎるんだろう。
私はそのまま書類作成をして、自分の仕事を進めていく。
その間もまだ郷倉が私の近くに立っているから、目障りなんだよな。
「毎回無駄に絡んできて、お前の方がよっぽど暇そうに見えるよ。
こんなところで油売ってないでさっさと仕事しろよ、この給料泥棒が」
「・・・なんだとッ!!」
「私、何か間違ったこと言った?」
「・・・ッ!!」
私がそう言うと、郷倉はいらいらした様子で去って行く。
悔しかったら、もっと正々堂々仕事を全うしてからにしてほしい。
中途半端な仕事をして偉そうな態度なんかしてほしくないし、本当に邪魔なだけ。
邪魔な奴を追い払うと、周囲がざわざわし始めた。
この会社で私はよく思われていないから、どうせまた悪口でも言っているんだろう。
でもね、生憎私はそういうの気にしないくらいメンタルが強いんだよ。
だって過去に私はもっとひどいことを身近な人間にされているんだから。
悪口なんて痒い程度のもので大事じゃない。
小さなことだ。
言っているだけで特に何かしてくるわけでもないし、今まで嫌がらせをされた時にはそのままやり返したし。
そうしたら何もしてこなくなり、こうして悪口を言うだけになった。
大体、どうして独りじゃなくてすぐ群れを作ろうとするのか分からない。
まぁ、弱い奴ほどよく群れると言うくらいだし一人じゃ何もできない事を理解している証拠かもしれないな。
「小鳥遊さん、この仕事なんですケド、頼まれてくれませんかぁ?
私、この後カレとデートの予定があってぇ」
「絶対に嫌、自分の任された仕事くらい業務時間中にこなしてよね。
終わらなかったのは自分のせいでしょ?
デートなんて日にちを変えてもらえばいいだけのことだし、嫌だったら誰か違う人に頼んで」
「何なのよ、こっちは頭を下げて頼んでるって言うのに!!
偉そうにしてるんじゃないわよッ!!」
「頭なんか下げてないだろうが。
大体下らない事を私に押し付けようとしてくるなっての。
仕事出来ないなら、さっさと辞めて融通の利く場所へ転職したら?」
私は敵意をむき出しにして言い返す。
業務時間に自分の仕事がこなせないって、どういう神経してるの?
普通は定時で上がれるように調節して仕事するものじゃないわけ?
自分に与えられた仕事が出来ないだけでなく、自分の都合を優先して自分の仕事を他人に押し付けるって、どう考えてもおかしいだろう。
頼むならそれなりの頼み方だってある。
何だかこっちまで気分が悪くなってきてしまった。
その女性は違う人に頼み込んで、代わりに違う女性が担う事になった、
本人が立ち去った後で文句を言っている姿を見ると、なぜはっきり断らなかったんだろうって思う。
文句を言うくらいなら最初からそうやって本音を言えばいいのに。
断れなかった自分が悪いんだから、仕事を片付けるしかない。
いるんだよね、自分の意思を強く持てない人ってさ。
見ていてイライラする。
まぁ、私には関係ないから別にどうでもいいんだけど。
そろそろこの会社辞めて違う仕事でも始めてみようかなぁ・・・。