あれから毎日研修を続けていくたびに、少しずつ脱落者が出てきた。
やっぱり自分には向いていないと感じたのか、それとも頑張り気力がないのか。
またはその両方であるのか。
知識を身に付けることは誰にでも出来ることだが、先日の実践がキッカケになったのかも。
カジノでの実践を先日行った結果、多くの人達が撃沈してしまった。
それは私も一緒で、見事に玉砕してしまった。
“そんな話し方じゃ楽しめない”と魚住店長からきっぱり言われて、私も今現在へこんでいる。
他の人達も似たようなことを言われてとどめを刺されて辞めてしまったのかもしれない。
話し方が上手じゃないからダメなのかな・・・。
「小鳥遊はどのゲームを担当したい?」
「私は・・・ポーカーかブラックジャックがいいです!」
「おっ、世界で最も人気のあるゲームだな?
ルールは把握しているか?」
「はい、両方のルールをきちんと把握しています」
把握するも何もギャンブラーとして活躍していたから、詳しく知っている。
今まで何度もこの二つのゲームだけは勝つことが出来たから。
負けたことも何度かあるけど、それでも楽しいと思えるゲームがこの二つだった。
負けたって別にイライラなんてしないし、次こそはって思うんだ。
魚住店長が他の人達にもどのゲームを担当したいのか聞いている。
一番人気が高かったゲームは、ルーレットで次にバカラが多かった。
意外にポーカーとかブラックジャックって人気ないんだな・・・。
単純明快過ぎてつまらないと思われているんだろうか。
それから再び実践へと移るが、みんなの表情が強張っている。
そりゃあ、そうだよね・・・私だって憂鬱に感じているくらいだもん。
でも、逃げたらそこで終わってしまうから。
皆あちこちの台の前に立ち、トークをしながらゲームを進めていく。
それとともに聞こえてくるダメ出しの嵐。
私はびくびくしても仕方ないと思い、頬を軽く叩いて気合を入れた。
ダメ出しをしてくれる内が花だと言うのをよく聞くから、恐れずに立ち向かうしかない。
「さぁ、泣いても笑ってもこれが最後のターン!
一発逆転のチャンスを活かして、遠慮なく蹴落としちゃってください!
では、皆さん全力で最後の一枚をお引きください!」
そう言って、一人ずつにカードを引かせていく。
カードを引き、最後全員の数字を確認していくと、4人中2人が21を超してしまい負けに。
ブラックジャックは21、またはその数字を超えない程度で近い数字が勝ちとなる。
残りの二人は10と17だった。
しかも4を出した人物はランダムでカードを引いたはずであるのに、もち札の中に1が4枚も揃っていた。
これはある意味ミラクルだと思う。
「すべてのエースを引き当てるなんて、ある意味ミラクルですよ!
ブラックジャックよりポーカーの方が強そうですね」
「そうかなぁ・・・ポーカーもやってみようかな」
私は笑みを浮かべながら言った。
ブラックジャックには向いていないかもしれないけど、ポーカーには向いていそう。
ポーカーは数字が揃っていたり、数字が順番になっている方が強くなるから。
そう言った意味ではこの人は、ポーカー強そう。
ゲームを終えたところで、いよいよダメ出しがやってくる。
私が身構えていると、魚住店長がやってきた。
さて、今回はなんて言われるのだろうか・・・。
「小鳥遊、今のフォロー良かったぞ。
負けて悔しい気持ちだけど今の言葉で軽減される。
それにさりげなくポーカーに気を持たせる当たりもグッジョブだ」
「え・・・ダメ出しはないんですか?」
「なんだ、ダメ出ししてほしかったのか?
変わった奴だな、小鳥遊は」
私がキョトンとしていると皆が笑った。
いつもダメ出しをされているから、急に褒められるとなんか戸惑ってしまう。
嬉しいんだけど、いきなりだからびっくりと言うか物足りなく感じてしまうと言うか。
でも、せっかく褒めてもらったんだから喜んでおこう!
私はその場で両手を上げてわーっと喜んだ。
そんな姿を見てさらに皆が笑う。
笑われているのかもしれないけれど、嫌な雰囲気じゃないから笑われたっていいや。
それから実践の時間は続き、皆でゲスト側とディーラー側に交代しながら進めていく。
最初は皆の顔つきが強張っていたが、今ではみんなに笑顔が戻っている。
ダメ出しをされても、皆一生懸命に食いつきながら学んでいる。
こんな風に今後も続いていけばいいのにな。
研修を引き続き進めていき、少しずつ知識とか技術とか身についたような気がする。
もっとたくさん修得していつかは立派なディーラーとして生きていきたいな。
研修も終わって皆が帰り支度をする中、私は制服を着替えずにそのままポーカーの台の前まで歩いて行った。
そう言えば、私はいつからギャンブルにハマり始めたんだっけ?
ギャンブルをしないと精神状態が保てない訳ではないけど、禁断症状みたいな感じはある。
しばらくギャンブルをしていないと、何だか落ち着かない。
自分がギャンブル依存症ではないと思っていたが、認めざるを得ない状態になってきた。
私は目を背け続けて来ただけなのかもしれない。
「小鳥遊、どうした」
「いえ、私本当はギャンブル依存症なんだろうなと思いまして。
ギャンブルをしばらくしていないと、精神状態が良くないんです」
「自覚しているだけまだいいんじゃないのか。
中にはもっとひどい奴がいる。
小鳥遊は中途半端な位置にいて板挟みになっているのかもしれないな」
確かに魚住店長の言う通り、自覚しているだけまだいい方なのかもしれない。
もっとひどい人は他人に八つ当たりすることもあるし、ひどい言葉を放ち傷つけることもあるらしいから。
私はまだ誰も傷つけたことはない・・・いや、あの父親だけには酷い事を言ったかもしれないけど悪いとは思っていない。
今は連絡を取っていないし行方もしれないからどうでもいい存在。
あの頃受けた暴力の痕が私の体のあちこちに残されている。
入浴するたびに着替えるたびにその痕を見ては泣きたくなるんだ。
だって、夏は半袖を切ることが出来ないし、水着を着て海やプールで泳ぐことすらできない。
体育のプールはいつも決まって見学だった。
だから周囲からよく思われず悪く言われることも多かった。
私は何も悪くないのに。
なんで私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだろうってつくづく思う。
「小鳥遊?」
「あっ、ごめんなさい」
「顔色が悪いぞ」
「もしかしたら、疲れてしまったのかもしれませんね。
大したことではないのでお気になさらないで下さい!」
嫌なことを考えていたから顔に出てしまったのかもしれない。
考えないようにしなくちゃ。
あの頃の記憶はすべて封印したい、思い出したくない。
私は更衣室へと向かい、着替えることにした。
もう少しであの頃の事を思い出してしまいそうになった。
あの頃の記憶を思い出してしまったら、きっと私は壊れてしまうから。
思い出してはいけない、何があっても。
浅いため息をつきながら、脱いだ制服をロッカーへとしまい込んだ。
「小鳥遊さん、まだ残っていたのね!」
急に声が聞こえて、私は慌てて洋服を着て上半身を隠した。
体に残る痕を見られたくなくて、とっさに隠したけど見られなかったかな・・・。
高校生の頃、よく更衣室で女子たちから気味悪がられた。
付き合ってきた彼氏にもこれが原因で別れを告げられたことが多かった。
それがトラウマになってしまって、人気がなくなってから着替えるようになった。
もう無駄に傷つくのは嫌だから。
あの眼で見られることに恐怖を感じている。
「女同士なんだから大丈夫よ!
隠しちゃって可愛いわね~」
「あ、あはは・・・」
どうしよう、うまく笑えない・・・。
でも、渡辺さんの話し方からしてどうやら痕は見えなかったようだ。
それを知って本当に安心した。
私はロッカーの中を整理して、バッグの中身を確認した。
ノートも入っているし、忘れ物はないよね?
その間にも渡辺さんと話を続けていく。
今日の研修内容についてとか、ちょっとした世間話とか。
真子以外とまともに話すことが出来るのは久しぶりかもしれないな・・・。
今までろくな連中が居なかったから、話すことに対して面倒くささを感じていた。
誰かと話すのってこんな楽しい事だったんだ。
気が付くと私の顔には笑顔が戻ってきていて、普通に話せるようになっていた。
「小鳥遊さんって呼ぶの長いわね・・・そうだ!
あずさって呼んでもいいかしら?」
「え・・・っ」
「あら、やっぱり馴れ馴れしかった?」
「いいえ、とんでもないです!
そう呼んでいただけることって、滅多にないものだから・・・」
私の事を下の名前で呼ぶのは、真子だけだったから。
知らない人やそんなに親しくない人物から“あずさって呼んでもいい?”と聞かれて全て頑なに断り続けてきたから、誰も下の名前で私を呼ばなかった。
何か嫌だったんだよね、友達面されるのが。
でも、渡辺さんは嫌な感じがしないし、お姉さんと言った感じだから下の名前で呼ばれても平気だった。
私が少し俯きながら話していると、渡辺さんが私の頭をポンポンしてきた。
その手つきは優しくて温かいものだった。
こんなふうにされたのはお母さんにしてもらって以来だ。
「あずさって気が強いわりにはいい子よね。
あ、もちろん褒めているつもりよ?」
「あはは、ありがとうございます!」
私の気の強さは最初からだったわけじゃないんだ。
全て父親と周囲のせいでこんな性格になってしまった。
だから、私はあの父親を絶対に許すつもりなどない。