普段の仕事帰りはパチンコ屋へ行き台を打ちまくって、待ち遠しかった土曜日がやってきた。
夜になるのを待って、早速地下カジノへ向かうとそこは華やかな世界になっていた。
あちこちにディーラーが立っていて大儲けしている人達がいるのを見て、僕は胸を躍らせた。
こんな世界があったなんて全く知らなかった・・・どうせならもっと早く知りたかった!
僕は消費者金融から20万円を借りて、このカジノへやってきたわけだが、いくらから始めようか悩んでしまう。
まずは10万円ばっと使ってしまおうか・・・僕はカジノの中にあるルーレットに目を付け掛け金を出した。
これで大当たりを出せば、大金が手に入るんだ!
全ての運を使い果たしてもいいから、勝ちたい・・・勝ちたいんだ!
ルーレットがぐるぐると回り、玉が勢いよく転がっているのを見つめる。
僕が賭けたのは、黒の8番だけれど何だかそこに来そうな気がしてならない。
何て言ったらいいのか分からないが、そんな気がする感覚は分かってもらえるんじゃないだろうか?
「頼むっ、止まってくれ!!」
両手で拝むようにしながら、ルーレットを見つめる。
それは周囲の人達も全く同じ様子で、祈るようにして見つめている。
ゆっくりとルーレットが止まって、確認すると黒の16番に玉が止まっていた。
・・・確かに止まるような気がしたっていうのに!
でも、まだあと10万円残っているからな、勝負は終わったわけじゃない。
僕は諦めずに、今度は黒の22番に賭けることにした。
色々見て確認していると、赤よりも黒が出る確率の方が高いとみた。
今度こそ勝てるような気がするんだ。
テーブルの上で、再びルーレットが回りだして僕は再び見入った。
「来い、今度こそ来い、黒の22番!!」
僕が声を出すのと同じように、周囲も来てほしい番号を言っている。
そんな僕たちの思いもつゆ知らずに、玉はルーレット上をころころ転がっている。
祈るように手を合わせながら、玉の行方をただただ見守る。
ゆっくりとスピードが落ちてきて、玉がそろそろ止まりそうになった。
もうすぐ運命が決まる・・・見逃すわけにはいかない。
そして玉が黒の22番に止まった。
・・・・とうとうこの日が来たか!
これで僕もやっと金持ちの仲間入りになれる、そう思った時の事だった。
玉が完全には止まらず、隣の黒の番号にはまってしまった。
「こんな、ことって・・・あるのか?!」
僕が賭け金として出した10万円が、泡の如く消えてしまった。
あんなにもたくさんあった金が、こんなあっという間になくなってしまうなんて・・・。
僕はどうしても諦めきれなくて、電話を取り出して即日融資をしてもらおうと思った。
だが、次の瞬間目を疑った。
それはこれ以上の借入は不可能です、となってしまっていたから。
返済金額を見れば、いつの間にか50万円を超えていて二か所合わせれば180万円の借金だった。
いつの間にこんな膨れ上がっていたんだ・・・まったく気にも留めていなかった。
返済なんていつでもできるとばかり思って、すっかり油断をしていた。
その金額を見て僕の額からは冷や汗が流れた。
それでも、ギャンブルをやめようという気持ちがわいてこないのはなぜだ?
このままじゃ、もうギャンブルが出来ないじゃないか・・・3か所目に申し込みをすればまた金を借りる事が出来る。
僕はギャンブルしたい気持ちに勝てずに、スマホで新しく借りられる場所を探し始める。
そうだ、今度こそ一発当てて返済に充てればいいんだ!
「あの、お金を借りたいんですけど・・・」
僕はさっそく電話をかけて、20万円を貸してほしいと頼んだ。
最近は本当便利になってきたよな、即日融資をしてくれるんだからさ。
僕はその金を取りに近くのコンビニのATMへと向かい、20万円を手に入れた。
そして、再びカジノを続けていき何度か小さな当たりを出したがぱっとした金額ではなくて、結局借りた20万円をたった15分で使い切ってしまった。
なんだ、20万円って全然大した金額じゃないんだな。
本当ならもっとやりたいところだが明日は仕事があるから、もう終わるしかない。
後ろ髪を引かれる思いで僕は帰路へとついた。
翌日、出勤すると社員たちがざわざわしているのが見えた。
一体何なんだ・・・朝から何があったっていうんだ。
僕もその方向へと歩いていくと、例の同期の彼が一つ出世をしたとの事だった。
周りがおめでとうございます!なんて嬉しそうに声をかけている。
・・・そうか、とうとう出世したのか。
それに比べて僕は出世できないままだし、今では200万円の借金までしている。
本当に真逆すぎてまずますダメ人間になっていくのがわかる。
最悪返済できなくても、親に頼めばなんとかしてくれるだろうし、いいけど。
僕は不快だったから、席にはつかず喫煙所で煙草をふかし紛らわせていた。
どうしようもないくらいダメ人間だな、僕はさ・・・自分でもわかっているんだ。
「中村さん、最近別人みたいになりましたね・・・。
まさか、まだギャンブルなさっているんですか?」
声をかけてきたのは、また事務職の彼女。
どうして毎回毎回、この僕に話しかけてくるんだ・・・面倒くさいな!
僕が何しようとも君には関係ないじゃないか、ほっといてくれ!
それに、まだっていう良い方がイラつく・・・な何がいけないんだよ。
ああ、そうか、あの彼と比べて僕が落ちこぼれだから、わざわざ優しくしているのか?
同情して憐れんでいるつもりなのか?
「ああ、何をしようが僕の勝手だろ。
200万円の借金があるが、一発当てれば簡単に返せるさ」
「中村さん、ギャンブルやめましょう!
これ以上、壊れていく姿を私は見ていたくありません」
「大きなお世話だ!!
見たくないなら、僕のそばに近よらなければいいだろ!!」
僕は頭にきて大声で彼女を怒鳴りつけた。
僕が何しようとも僕の勝手じゃないか!
どうして他人にとやかく言われなきゃいけないんだよ、本当にイラつく。
彼女の顔を見たくなくて、僕は喫煙所から逃げるようにして出ていく。
そもそも、どうして僕なんかに自分から関わってくるんだよ。
一日不快な思いをしながら仕事をこなすが、全く身が入らなくてただただ時間だけが過ぎた。
気が付いたころにはすっかり夕方になっていて、就業時間に近づいていた。
むしゃくしゃするから今日はパチンコでもして帰るか。
就業時間になり、僕は帰り支度をして退社し、その足でパチンコ屋へと向かっていった。
先日は給料日だったから、まだ財布の中に10万円入っているからその全てをパチンコにつぎ込み、勝とうと躍起になる。
これだけやっているのだから、そろそろ勝ってもいい頃なんじゃないか?
台から玉が徐々に減っていき、その玉がなくなるまで結局当たりなんか出なかったし、そのチャンスさえなかった。
「くそっ!!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
僕は怒鳴りそのままパチンコ屋を後にした。
外の風に吹かれながら、僕は再び金を借りようと電話を入れたが、ついに断られてしまった。
マジかよ・・・とうとう借りられなくなってしまった・・・。
もうギャンブルが出来ないじゃないか!!
親に連絡を入れてみたが、なかなか電話に出てくれない。
何度目かのコール音にてやっと親が出てくれた。
「なぁ、少しでいいから金貸してくれないか?
実は今ちょっと借金もしててさ・・・」
「あなたに貸すお金なんてないわよ。
借金だって自分が作ったんだから、自分でどうにかして頂戴!
こんな時だけ親に頼るなんて!」
そう言われて、一方的に電話を切られてしまった。
何だよ、あんないい方しなくたっていいじゃないか!!
心配するどころか、まるで邪魔だから関わるなとでもいうかのようだった。
僕はとうとう親からも見放されたってわけか。
・・・本当笑えるよな。
そうだ・・・あの飲み屋の彼女に連絡をして金を貸してもらえば・・・。
一人そう考えながら街を歩いていると、目の前を塞ぐようにしてある人物が立っていた。
それは事務職の小林さんを見て、僕は一瞬驚いたが不快な気持ちに変わっていった。
だが、考え方を変えれば彼女から金を借りればいいんじゃないのか?
「ちょうどよかった、金が無くて困っていたんだ。
少しでいい、貸してくれないか?」
「中村さん、お願いだからもういい加減にして下さい!」
彼女が初めて怒鳴るものだから、僕は驚き黙ってしまう。
外見はおとなしそうなのに、こんなふうに怒鳴ったりするのか。
その眼には涙を浮かべている様子で、小さな体をわなわなと震わせている。
僕が怖いのか、それとも感情が抑えきれずにいるのか、どちらかだと思うがわからない。
僕が言い返そうとした時、彼女の方が先に口を開いた。
「ギャンブルはあなたを不幸にしているのが、なぜ分からないんですか?!
借金までして勝とうなんて、バカバカしいと思わないんですか!」
「バカバカしいって何だ!!」
「バカバカしいじゃないですか!
勝てるっていう保証もないのに、あなたはただそうやって現実逃避をしているだけ!
私は一生懸命まじめに働く昔のあなたの方が好きでした!」
彼女は大声で僕に向かって言い返してくる。
こんなに声を荒げて言い返してくるなんて、誰が想像できただろうか。
今までずっとうじうじしていたというのに、言いたいこと、ちゃんと言えるんじゃないか。
すると、彼女はその場で泣き始めてしまい、僕は戸惑うしかできなかった。
「私の兄もギャンブル依存症で、返済できずにそのまま亡くなってしまいました。
病気で亡くなったんですが、亡くなる直前までギャンブルの事しか考えていなかった。
あなたには・・・そんな風になって欲しくない」
彼女の兄もまた僕と同じだったのか・・・それで僕に声をかけてきたのか?
それとも僕にその兄をただ重ねているだけなんじゃないのか?
だが、彼女はまっすぐにこの僕を見て涙を流しているから、そうではないのだとわかる。
僕のことを本気で心配してくれているのか・・・。
借金だってもうかなり膨れ上がってしまっていて、返済だってまともにしていない。
そんな僕はやり直すことが出来るんだろうか・・・。