僕は少しずつパチンコ屋へ行く回数を減らし始めた。
最初は毎日のように通っていたのを、今では週に2回まで減らすことにしてたまに禁断症状のような感じになるが、それでも我慢している。
辛いのはきっと今だけだ、そう信じて。
どんな風に過ごしているのか彼女に伝えることによって、自分をコントロールできるようになってきて自分でもほんの少しだけど変わったなって思うようになった。
そして、仕事もしっかりするように意識をして、するようになったからミスをする回数も以前に比べて大幅に少なくなってきた。
「中村さん、調子が良くなってきたみたいですね。
この調子で頑張っていきましょう」
こうやって小林さんが声をかけてくれるから、さらにモチベーションが上がる。
誰かが支えてくれるって、こんなにも嬉しいものだったんだな・・・。
今まで彼女を傷つけてきたのに、彼女は避けるどころか僕に立ち向かってきた。
こんな女性、他にいないんじゃないかと思う。
一生懸命に仕事をこなして、時間がたつのもあっという間に感じた。
今でもギャンブルしたい気持ちがあるが、前のように抑えられないほどではない。
就業時間に近づいてきて、上司が僕のもとへやってきた。
「中村君、すまないが残業をお願いできないか?」
「ええ、構いません」
以前は断ってしまったが、今回は快く引き受けた。
今思えば、あんな断り方失礼だったよな・・・もっと言い方があったろうに。
上司が申し訳なさそうな表情をするものだから、僕は笑顔を見せた。
しっかり仕事をして少しでも返済につなげよう。
僕がすべきことは、ギャンブルを断ち切って借金を完済することだ。
頼まれた仕事を確実に、そして丁寧にこなしていく。
久々にきちんと仕事をしたような感じがして、なんだか気分が良かった。
帰りに少しだけ酒でも飲んで帰ろうかな、そう思って荷物をまとめた。
外はすっかり暗くなっていて、身体も少し疲れてしまっている状態だった。
真面目に働いていると、生きているっていう感じがして不思議だ。
ネオンであふれかえっている街を一人で歩いていると、声をかけられた。
それは、あの飲み屋の彼女だった。
「中村さん、ちょっと一緒にカジノへ行かない?
実は私、この間勝っちゃって今度は中村さんに勝たせてあげたいなって!」
「・・・いや、もうギャンブルはやめることにしたんだ」
「えっ、どうしてですか?!
借金なんて大したことないし、ちょっとだけならいいじゃないですか、ね?」
そう言って、彼女が僕の腕をぎゅっとつかむ。
ちょっとだけなら、確かに負けてもどうってことないよな・・・。
よし、行こう・・・そう思い、僕は彼女と一緒に再びあのカジノへ向かう事にした。
カジノは相変わらずにぎわっていて、その熱気のせいか室内が少々熱くなっている。
彼女はバンバン大金をはたいているが、本当運がついているとしか思えない。
財布の中身を確認したら2万円入っていた。
カジノで勝てば今度こそ大金が手に入るし、返済だって無理なく一括で出来るかもしれない。
消費者金融から10万円とか借りていたけれど、その10万円を稼ぐのは大変だ。
毎日きちんと働いて給料をもらって、それをたった15分で泡にしてしまうのはもったいないことだと思うんだ。
「ほら、中村さんも全財産賭けちゃいなよ!」
そう言われて2万円を出そうとした時。
事務職の彼女が泣いている表情や僕を信じてくれると言ってくれた言葉を思い出した。
そうだ・・・僕はギャンブルをしないって決めたんだ。
それに彼女とも約束をしたから、守らなければいけない。
ここでカジノに手を出してしまったら、今度こそ後には戻れなくなってしまうかもしれない。
「やっぱり、帰るよ」
「楽しいのに無理してやめることないじゃない!」
無理してやめることない、以前の僕ならそうだ!と共感していたに違いない。
だが、僕はこれから少しずつ変わっていくんだ。
僕が断ると、彼女は無理にでも僕の腕をつかんで離そうとしない。
そんなに僕をギャンブル好きのままにさせたいのだろうか?
振り切ろうとしてもべったりしているから、振りほどけない。
「彼の手を離して!」
いきなり大声が聞こえてきて、僕はびっくりして目の前を見ると、小林さんが立っていた。
その顔つきは今までに見たことが無いくらいに、怖い表情をしていた。
飲み屋の彼女も表情を曇らせているところからして、二人の間には何かがあるようだった。
小林さんが僕の腕をつかんで、そのままカジノを出ていき外へ出た。
彼女らしくない行動にただただ驚くしか出来なくて、僕は黙り続けていた。
表に出てしばらく歩いていくと、ようやく彼女が口を開いた。
「ごめんなさい、お二人がカジノに入っていく姿を見たものだからつい・・・。
でも、中村さんなら断ってくれるって私は信じていましたよ」
彼女は今にも泣きそうな顔をして言う。
顔を合わせたくなかったのか、余程嫌なことがあったのか。
そういえば、さっき僕は自分から断ったんだよな?
今まではちょっとくらいならいいかって思っていたけど、そんなこと吹き飛ばしてしまった。
僕が色々考えていると、小林さんが口を開く。
「私の兄もギャンブル好きって話しましたよね?
酷い状態にしたのは、あの女だったんですよ・・・中村さんもあの女に壊されるところだったんですよ」
「どういうことだ?」
「あの女は相手をギャンブル好きにさせて、大金を得たら自分のものにするんです。
だから、いいギャンブルがあるといって誘い借金まみれにさせるんですよ。
中村さんも、もう少しで危ないところだったんです」
全く知らなかった・・・てっきり僕に興味があるのだと思っていた。
勘違いだと気が付いた瞬間、ものすごく恥ずかしくなった。
そうか・・・僕が勝って大金を手にしたら奪うつもりで近づいてきたのか。
そのせいで僕の借金は200万円にまで膨れ上がってしまった。
でも、もし小林さんがいなかったら今頃僕は・・・。
そう考えるとぞっとして嫌な汗が流れた。
小林さんの兄も僕みたいにだんだん戻れなくなってしまったんだろうか。
「中村さん、少しずつでもいいからああいう場所は避けていきましょう。
誘われても断れる勇気を持つことも大事なことですから」
「ああ、今度は断るようにするよ」
今回はカジノまで一緒に来てしまったが、次はもう同じことはしない。
誘われてもNOと言える人間になるんだ、僕なら出来る。
ふと、彼女がまだ僕の腕をつかんでいる事に気が付いた。
何か言った方がいいんだろうか・・・黙っておくべきなのか。
僕が黙ったままその手を見ていると、彼女も気がついて恥ずかしそうに手を離した。
何だろう・・・この何となく寂しい感じは。
僕にとって彼女の存在が大きくなってきているのは確かだが、これが何なのか今の僕にはまだよくわからない。
「それじゃあ、私はこれで。
中村さんも気を付けて帰るようにして下さいね」
そう言って、彼女は反対方向へと歩き出していく。
再び何か寂しさのようなものを感じて、僕は何とも言えなかった。
もしかして、僕にとって彼女が
特別な存在になっているのか・・・友達とは違うような。
まぁ、今夜ももう遅いから帰ろう。
それから僕は少しずつギャンブルに関することを考えないようにした。
そうは言っても、街中にはあちこちパチンコ店があるし競馬の看板だってあるから、そう簡単には無理だった。
やっぱりふらっと立ち寄りたくなってしまうし、やっている人を見れば僕もまたあの頃みたいにやりたいとさえ考えてしまう。
それでもやらないようにしているのは、他の誰でもない自分の為だ。
小林さんだって僕を信じて応援してくれている。
期待を裏切りたくないし、今度こそギャンブルをやめるって決めたんだ。
その後と言うもの、僕の会社での評判が良くなり以前よりも仕事を任せてもらえるようになって出来ることが少しずつ増えてきた。
周囲からの評判も良くなってきて、話せる人も少しずつ増えて毎日が充実してきた。
普段話せなかった人とも話せるようになって、本当に環境が変わってきたんだ。
こんな世界があったなんて全く知らなくて、なんだか不思議な感じがして毎日が楽しい。
これも全て小林さんのおかげなのかもしれない。
「お疲れ様です、中村さん。
最近の中村さん、以前よりも生き生きしていていいですよ」
「そうかな・・・でも、毎日が楽しいと思えるようになってきたよ」
僕が笑いながら話すと、彼女は驚いた顔をして俯いてしまった。
もしかして、何かまずいことをしてしまったのか?
彼女は顔を赤くしながらうつむいていたが、すぐに笑って見せた。
・・・まるで子供がはにかむみたいにして笑うから、なんだか愛しく思えた。
以前の僕にはなかった感情が芽生え始めている。
借金も少しずつだが、毎月しっかり返済を始めるようになったからとりあえず一歩踏み出したから、ひとまず安心といったところだろうか。
今後も少しずつ、前の生活を取り戻していきたい・・・いや、今まで以上に充実した生活を送りたい。