そして、あっという間に月日が経ち半年後。
僕は出世の話を引き受けて、役職が一つ上がってみんなの上に立つ立場になった。
これからは下手なことは出来ないし、感情だけで行動するのも良くないから冷静にならないといけないな。
以前は感情のまま行動したり発言したりしていたが、現在は比較的に落ち着き感情をコントロールできるようになってきた。
穏やかな毎日を充実して過ごしているから、人生が変わったみたいに感じる。
それでも僕がギャンブルをしていた爪痕が借金として残っている。
残っている金額はまだまだ多くて、気が遠くなりそうだが決して諦めたりなんかしない。
もうあの頃の自分には戻らないと決めたんだ。
僕だってやるときはやるんだ。
「中村さん、この報告書の確認をお願いできますでしょうか?」
「ああ、わかった」
まだ新社会人の彼の報告書に目を通していく。
一生懸命に作成したことが伝わってくるし、簡潔に書かれていて読みやすい。
まるであの頃の自分みたいで、面影を重ねてみてしまう。
僕も良く失敗をして上司から怒られて、どうせ僕なんかって落ちこぼれてしまった。
懐かしく感じるのは、僕自身が少し成長したということなのだろうか。
・・・そうだったら嬉しいな。
ただ、彼の報告書にはあちこちちょっとしたミスが多く、ほとんどが誤字や変換ミスだった。
「誤字や変換ミスが多いようだが、一生懸命に作成したのは伝わってくる。
簡潔で見やすいのはいいが、そんなに慌てなくてもいいんだ。
変に周りを意識しないで、まずは正確さを大切にしような」
「申し訳ございません!」
「いや、分かってもらえれば構わないんだ。
僕も最初は失敗ばかりして、よく怒られた」
僕は苦笑しながら言った。
そう、あの頃はよく怒られてその度に僕は苛立っていた。
だけど、それじゃあ成長しないんだっていう事を知ったから、彼にはきつく当たらない。
最初に直すべきところを伝えて、だけどこういう所がいいと伝えれば、相手だって不快な思いをせず気持ちよく仕事が出来るし円滑にもなる。
彼が何度も謝り落ち込んだ表情をするから、僕は頭をポンポンと優しくたたいた。
すると、彼は恥ずかしそうに笑いながら自席へ向かって報告書を打ち直し始める。
そうだ、一方的に怒鳴りつけたって何も変わらない。
「中村さん、なんか変わりましたね。
すごく柔らかくなったっていうか・・・?」
他の社員に声をかけられて、僕はきょとんとしてしまった。
変わった?前よりも柔らかくなった?
自分ではよくわからないが、何だか嬉しいな・・・。
毎日のようにギャンブルをして人を傷つけてどん底まで落ちて、初めてわかる気持ちがあることを知った。
僕はずっと現実から逃げていたから、見えていないものが多く考え方も卑屈になっていた。
ゆっくり周りを見てみれば、世界はそんなに汚いものではなかったことに気付く。
人間である以上、やっぱり他人に受け入れてもらいたくなるんだ。
僕はやっぱり間違っていたんだな・・・。
一方、同期の彼は相変わらずイライラして顔色も悪くなっていた。
周りから見たら、昔の僕もあんな感じだったのかな・・・。
就業時間になり、彼は帰り支度をして足早にオフィスから出て行ってしまった。
僕は急いで彼を追いかけて、思い切って声をかけた。
「待て、もうやめた方がいい。
そのままじゃ昔の僕みたいになるぞ!
君は僕よりも優秀なんだから、ギャンブルなんてして壊れたらもったいない」
「うるせーな、お前には関係ないだろうが!!
それとも何か、昇格したからって俺を見下してんのか?!」
僕の手を思い切り振りほどき、彼が足早に歩きだしていく。
それ以上何も言えなかったのは、彼の顔が一瞬自分自身に見えたから。
僕も・・・小林さんに対して、あんな顔であんなことを言った覚えが・・・。
今思うと、僕は相当彼女を傷つけていたことに気付く。
彼に言われて僕が何も言えなかったように、彼女もまた何も言えなかったのだろう。
別に見下しているわけじゃなくて、本当に心配なだけなんだ。
ギャンブル依存症になりかけた僕だから、その苦しみとか痛みとかわかってやれる。
そう思っただけなのに、彼にはもう僕の声が届かないようだ。
小林さんから見た僕も、きっと彼と同じでどうしようもなかったことが今更になってわかる。
それでも、彼女は諦めずに何度も僕に声をかけてくれた。
そう思ったら、涙がこぼれた。
おかしいな・・・僕はこんなに泣き虫だったっけか?
初めてだ、こんなに胸が温かくて嬉しい気持ちは・・・本当に初めてなんだ。
涙をぬぐって彼の後を追いかけると、そこにはあの飲み屋の女性がいて彼の腕を取り繁華街を歩き始めた。
「彼女、まだ足を洗っていなかったのか・・・」
そのまま後を付けていくと、二人はある場所へと姿を消していく。
そこは・・・かつて僕も通っていた地下カジノだった。
つまり、彼もとうとうカジノまで手を出してしまっている状態という事で、恐らく借金もすごいことになっているに違いない。
僕は小林さんに救い出してもらう事が出来たが、彼の事は誰が助ける?
彼は僕のことをダメなやつだと非難していた人物、だが、このまま見捨てるなんて僕にはとても出来そうにない。
気がつけば、僕はその場を歩き出していて、彼らのもとへと向かっていった。
人ごみの中探していると、二人の姿を見つけることが出来た。
ちょうどカジノを始めようとしているときで、僕はそのまま彼の手を強くつかんだ。
彼は驚いて僕を見たが、すぐに顔を歪めた。
「つけてきたのか?!
離せっ、お前の顔なんか見たくないんだよッ!!」
「あら、久しぶり!
あなたもせっかく来たんだから、カジノしていきましょうよ!」
「おい、このままだと君は本当に戻れなくなるぞ!
借金だってもうすごいことになっているんじゃないか?
このままじゃ、本当にダメ人間に堕ちて壊れるぞ!
悔しいが・・・僕は仕事を完璧にこなせる君にずっと憧れていたんだ!」
僕はずっと思っていたことを、打ち明けた。
本当は言いたくなくてずっと今日まで隠し続けてきた。
僕よりも仕事のできる彼を尊敬し憧れ、そして憎み悔しい思いをしてきた。
僕はいつだって彼と比較されてずっと2番目だったから。
悔しくてまるで自分が負けたみたいで、ずっと隠し続けてきた思い。
すると、女性が顔色を変えて彼の反対側の腕をつかみ強く引っ張った。
「余計なこと、言わないでよ!
邪魔するなら帰んなさいよ、あんたなんかもう用無しよ!!」
「僕は彼と話をしているんだ、君は黙っていてくれないか!
君はこんなところで終わる程下らない人間なんかじゃないだろ?
もっと光の当たる場所で活躍して、評価されるべき存在なんだよ!
君だって、僕みたいにやり直せるさ、嘘じゃない!」
僕は必死に彼を説得していく。
女性には話していないんだから、黙っていてほしい。
彼はこのままダメ人間になっていくには、もったいない人物なんだ。
僕よりも優秀だし人望だってある、そんな彼がこのまま堕ちていくなんて絶対だめだ。
もっと光の当たる場所で、生き生きと過ごしてもらいたい。
僕だって落ちこぼれでどうしようもなかったけど、こうして歩き直している。
だから、彼だってやり直すことが出来るはずだ、僕に出来たんだから。
僕はそのまま彼の腕をつかみ、女性から奪い去り外へ出た。
励ますとか同情するとか、そんなの考えていない。
ただ、あの場所から連れ出したかった。
近くにある公園まで彼の腕をつかんで、連れて行きそっと腕を離した。
「なんでこんな俺なんかを・・・。
お前の事、悪く言ったのにどうして・・・」
「僕のようになってもらいたくないからだ。
君だってやり直そうとすれば、やり直せるさ」
僕がそういうと、彼はその場に座り込み泣き崩れてしまった。
悪く言われたのは、正直よく思っていない。
だからといって、あのまま見捨てる勇気は僕にはない。
なんとかしなきゃって思ったら、すでに足が動いていたんだ。
それから、僕は彼の話を最後まで聞いて、借金が400万円あることを知った。
やっぱり僕の倍借金がたまっていたようで、本当に連れてきて良かったと思った。
月にどのくらい返済をしていくのかなど、ギャンブルを少しずつやめていくように話して、お互いに克服していくことを決めた。
最初はすごくつらいと思う、でも最初が肝心だと思うから頑張ってほしい。
さっきカジノに行ったとき、僕はやりたいとは思わなくなった。
半年という短期間で僕がここまで戻れたのは、小林さんのおかげだ。
今度は僕が誰かを救い出してあげる番なんだと思う。
「最初は僕もすごくつらかった、でも君なら出来る。
君は僕よりもしっかりした性格だから、必ずやり直せると思うんだ。
僕も返済しているし、一緒にやり直していこう?」
「俺でもやり直せるかなぁ・・・」
「もしもの時は、僕がとめてやるから心配するなって。
ほら、今夜はもう帰ろう」
僕はそういって、彼に手を差し出した。
躊躇いつつも彼は僕の手をそっとつかんだから、僕はギュッと握り返した。
一人じゃないってわかれば、きっと頑張れると思うから。
僕が笑ってみせると、不安そうだが彼も笑顔を見せた。
同じ痛みや苦しみを知っているから、共に頑張ることが出来る。
小林さんが僕を支えてくれたように、今度は僕が彼を支えてやるんだ。