ギャンブルをする毎日が当たり前になってしまった。
今では、毎日ギャンブルをしないと妙に苛立ちを感じてしまうようにもなった。
以前まではそんなことなかったと言うのに。
ギャンブルをするようになってから、精神的に余裕が持てなくなってしまった。
優しさとか思いやりとか、気遣いとかどうでもよくなってしまった。
だが、働いていないから軍資金も少しずつ減ってきている。
貯金を切り崩してギャンブルをしているから、あっという間に底を尽きるだろう。
このままじゃギャンブルが出来なくなってしまう。
―ピンポーン
インターフォンが鳴って、玄関のドアを開けるとそこには神沼が立っていた。
「どうした、何かあったのか?」
「いや、近くまで来たからさ!」
俺は神沼を家にあげた。
コーヒーを入れて神沼の目の前へと差し出す。
神沼は競馬雑誌をテーブルへ置き、コーヒーを口へ運ぶ。
どうやらさっきまで競馬をして来たようだ。
話を聞くと、あともう少しのところで負けて30万使ってしまったらしい。
俺も先日は50万円以上ギャンブルで使ってしまったから、他人の事をとやかく言えない。
しかし、実は以前から気になっていることが一つあるのだ。
それは、無職であるのになぜそんなに大金を所持しているのかという事だ。
貯金はしていないといつか聞いたし、派遣やアルバイトだとしてもそんなに大金は稼げないはずだ。
「なぁ、神沼、どうやって金を作っているんだ?」
「ああ、俺はサラ金から金借りてんだよ」
「サラ金って危なくないか?」
「いや、全く危ないくないぜ?
申し込んだらすぐ融資してくれるし、使い放題だ」
サラ金って今では消費者金融と呼ばれている場所の事だ。
金を借りるには、申し込みをして審査に通る必要がある。
無職だと審査には通れないんじゃないか?
そのことを神沼に伝えると、楽しそうに笑みを浮かべながら言った。
“働いてるって嘘つけば何とかなるんだよ”と。
そうは言っても在籍確認とかあるから、押し通せるわけがない。
会社の電話番号はどうするんだろうか?
その疑問などを全てぶつけると、順番に神沼が答えてくれた。
「友達の家電を会社の連絡先に書けばいいんだよ。
連絡が来たら、ただいま席をはずしておりますって伝えてもらうんだ。
電話に出られなくても確認が取れれば、こっちのもんだろ?」
「それで消費者金融から金を借りているのか?」
「ああ、もう軽く300万は超えてるだろうな。
ちゃんと確認したことないから、わかんねーけどさ」
消費者金融の人間を騙して金を借りていたのか。
だが、向こうもプロだから分かりそうな気もするけどな。
収入もないのに300万以上借入したら、自己破産するしかないんじゃないか?
それにまともに返済しなければ、いつか借入出来なくなってしまう。
神沼はその後の事を考えているんだろうか。
俺にはとても真似できない。
下手したら詐欺で捕まってしまうかもしれない。
悪びれる様子もない神沼を見て、このままでいいのか不安になってきた。
これからは、賭け金を少なくしてギャンブルをしようか。
それとも、ちょっとした日払いの仕事をするか。
そっちの方がずっといいような気がする。
神沼のように金融会社の人間を騙すような真似はしたくない。
捕まるのは嫌だし、面倒なことも出来れば避けたい。
「三代澤もきつかったら、消費者金融に頼れよ!
審査も簡単にできるし、すぐ金借りられるから便利だぜ?」
「ああ、考えておくよ」
消費者金融に頼るとなると気が引けてしまう。
借りたら返済しなければいけないとなると、面倒くさい。
それに金利の分も支払う事になるから、借りた分より多めに返済しなければいけない。
だったら日払いで働いた方がいいような気がする。
神沼は一か所ではなく5ヶ所以上借入している消費者金融があるようで、あちこちからつまんでいるから返済を一つにまとめられる「おまとめローン」というのに申し込んでるらしい。
消費者金融に頼るのは俺のプライドが許さない。
自分の力でやれることはたりたいと思う。
だから、消費者金融には申し込まない。
神沼は消費者金融で30万借りて、さっきの競馬でその30万を全部使ってしまったらしい。
ギャンブルをすると、あっという間に金を失ってしまう。
暫くくつろいでから、神沼は俺の家から帰っていった。
そのまま自宅へ戻るのかと思いきや、今度はパチンコ屋に寄ってから帰ると言いだした。
財布の中に千円札が何枚か入っているから、競馬で損した分をパチンコで取り返してくると張り切っていた。
金がないと言う割には、本当あちこち動き回っている。
その時、携帯電話が鳴った。
電話をかけてきた相手は、部長だった。
「・・・部長か」
俺は何だか話したくなくて、携帯電話をそのままにした。
今更話すことなんか何もない。
こんなことを言えば子供かと言われるかもしれないが、仕方ないんだ。
だって俺はこういう性格だから。
急に直したりすることなんかできやしない。
すると、再び部長から電話がかかってきた。
・・・めんどうくさいな。
俺は携帯を手にして電源を落とした。
会社の人間とはもう関わりたくない。
それよりも、日払いで雇ってくれる仕事を探す必要があるよな。
俺は求人雑誌から日雇いの求人を探すことにした。
思っていたよりも求人が多く、内心助かったと思った。
なかったらギャンブルする金を得られないからな。
何件か良さそうな場所を見つけて、早速連絡をしてみた。
いくつか面接まで進めてくれるように話が進んだから一歩前進なんじゃないかと思う。
ギャンブラーといっても、俺はまだそこまでひどくないんじゃないかと思っている。
借金していないし、まだ理性だって保てているから。
「病院に行くほどでもないよな」
そう言いながらテレビをつけると、ちょうど夕方の報道番組がやっていた。
夕方のニュースは特集を組んでいることが多い。
美味しいお店やちょっとしたドキュメンタリーとか、興味深い特集が多い。
今日は何の特集なのか見てみると、ギャンブル依存症についての特集だった。
チャンネルを変えようとも思ったが、ちょっと興味があった。
なになに・・・ギャンブル依存症は30~40代に多く見られ、男性は罹るまで17~18年、女性では10年ほどでギャンブル依存症になるとの事。
あくまでも目安と言うか参考にするものだから、ピッタリ当たらない。
俺だって今はまだ20代なわけだし、やっぱり個人差はある。
ただし、若い人がハマると半年とかでギャンブル依存症になるとの補足が。
・・・当たっているじゃないか。
半年ではないが、すでにこうしてギャンブルにハマってしまっている。
「なりやすい性格があるのか・・・」
ギャンブル依存症になりやすい性格は、コミュニケーションがうまくとれない、自分を表すことが苦手、自己評価が低く真面目な人が多い。
負けた金額や理由を書いている人もいるらしい。
俺はそう言ったことはメモしていないから、そこまで真面目ではないと言える。
俺がギャンブル依存症になったのは、自分のいう事を聞いてもらえず信じてさえもらえなかったからだ。
別に性格的になったわけではないと思う。
だから、治そうとすればきっと治せるのだろう。
ただ、今の俺にその意思がないだけで。
意思があれば治せると思うが、今は別に治す必要もないと言うかなんというか・・・。
別に困っていないし、いいかなと思っている。
それにしても、ギャンブルに陥りやすい性格があるとは知らなかった。
俺もどちらかといえば、当てはまっている部分が多いから参考になる。
「治すって、病院で治すのか?」
アルコール依存症の人は病院で治すと聞いたことがある。
最終的にはやはり自分の力が必要になるのだが・・・。
それはきっとギャンブルでも同じことなんじゃないかと思う。
最終的には、辞めたいと言う気持ちをしっかり持たなければいけない。
俺にそれが出来るかどうかは謎。
少なくとも今の俺じゃ無理だろうと思う。
だって、もうやる気をなくしてしまっているのだから。
何かよほど大きなきっかけが無ければ俺は変わることが出来ないんじゃないかと思うんだ。
それにしても、ギャンブルって本当に奥が深い。
最初は何が楽しいんだって思っていたが、現在ではどっぷりギャンブルの魅力にハマってしまっている。
まさか、こんなにハマるとは思っていなくて自分でも驚いている。
「カジノか・・・スロットも楽しそうだったな」
神沼はルーレットよりもスロットの方が簡単に儲けることが出来ると言っていたっけ。
今度はルーレットだけじゃなくて、スロットもやってみようかな。
他にどんなギャンブルがあるのかについても、色々見て回ってみたい。
もしかしたら、俺に向いているギャンブルがあるかもしれないからな。
ただ、どうしてもルーレットの36倍が気になって仕方がない。
いつか出せそうな気がするんだけど、なかなか勝てないのがまた憎らしいところ。
神沼や周囲の連中があんなにもイライラしていたことを思い出す。
しかし、俺はイラつくどころか仕方ないかと諦めている。
もしかしたら、こうやって勝手に踏ん切りをつけてしまうから次の結果に繋がらないのか?
もっと腹を立てて金をつぎ込めば、結果もついてくるとか?
現に神沼はそうやって儲けを出してきている。
競馬で負けたからその帰りにパチンコ屋へ行き、少し儲けたという話を何回か耳にしている。
つまり、俺はもっと金を使うべきなんだ。
ちょっとずつ使うんじゃなくて、思い切って使わなきゃ意味がないんだ!
「あといくらだ・・・?」
俺は自分の通帳を確認して、貯金額を確かめた。
残り200万円ちょっとか・・・これを使い切るくらいの勢いでギャンブルと向き合わないと結果がついてこない。
だったら、明日カジノでぱーっと100万使ってみるか?
心のどこかでは辞めた方がいいような気もしていたが、大きな賭けをしてみたい気持ちが強くすぐにその思いは消え去った。
金は使うためにあって、その使い道は他人じゃなくて自分が決めることだ。
明日のルーレットでは、絶対勝てるような気がする。
今まで運が悪かったんだから、もうそろそろ運がよくなってくる頃じゃないか?
あれだけ嫌なことがあったわけだし。
よし、明日は銀行に行って金を下ろして来よう。
神沼は何か用事があるかもしれないから、俺一人であのカジノへ行く。
会員証も持っているから、神沼はいてくれなくても大丈夫だ。
パチンコ台が当たりやすい曜日は月曜日と火曜日だと言われているらしい。
明日はいよいよ決戦の火曜日だ!