あれからあっという間に5年という月日が過ぎた。
気が付けば俺もいつの間にか30歳を迎えて、バリバリに仕事をこなすようになっていた。
5年という月日は俺をたくさん成長させてくれたという事が、よくわかる。
今ではもう下っ端ではなく色々な仕事を任せてもらえるようになったし、ギャンブルにも全く興味がなくなり普通の毎日を送っている。
新入社員も何人か入ってきて、その中には趣味がギャンブルだと言っている奴もいて正直俺のようになってしまわないかが心配だ。
深入りしなければいいのだが、何がキッカケで深入りしてしまうか分からないから怖い。
ギャンブルはほどほどにしておくのが一番良い。
何度か久留宮先輩から昇格の話が来ているが、まだそこまでの実力がないと思い断り続けている。
本当はすごく嬉しい話だけど、まだそこまで達していないような気がする。
もう少し出来るようになってから昇格の話は受けようと考えている。
そのことを正直に久留宮先輩へ伝えたら納得してくれて、今は待ってもらっている。
その間に優秀な人物が現れたら、その話をその人物に譲ってもいいと伝えたのだけれど待っていると言ってくれたから、一日でも早く成長できるように頑張らないといけない。
「三代澤先輩、この報告書の出来を見ていただけますか?
お忙しい中恐れ入ります」
「ああ、今確認するよ」
そういって、俺は後輩が作成した報告書に目を通していく。
まだ慣れていないから荒が目立つがいい線いっていると思う。
俺は分かりやすく改善点を指摘して、こんな風に改善するとさらに良くなると後輩へ伝えた。
後輩は素直に俺の指摘を受け入れてくれて、早速自席へと向かい直し始めた。
順応性があって前向きだから、彼はきっと伸びるのが早いんじゃないかと思う。
俺はそこまで柔軟性が無いから、正直とてもうらやましい。
「三代澤先輩、俺の方もお願いします!」
「私も三代澤さんに見てもらいたいのに、ずるーい!」
後輩たちがお互いに言い争っている。
後輩から頼りにされるのは嬉しい事だが、毎日こんな感じだから疲れるのも早い。
それだけ慕われているという事だからいいのだけれど、やっぱり大変。
でも、そんな毎日が楽しく充実しているから満足。
以前では感じられなかったことも感じられるようになったし、新しい発見だっていくつかあった。
今まで何気なかったことが急に意味のあるものだと感じることも増えた。
それから俺が浮かべたアイデアが頻繁に採用されるようになって、順風満帆な感じになった。
スランプに陥ることもあったが、周囲に仲間がいてくれたから大したことが無かった。
心細いとか早くスランプから脱出しなきゃいけない、なんて言う考えなんてなかった。
皆が一緒になってアイデアを出してくれたから、少しずつ解決することが出来たんだ。
「三代澤、相変わらず忙しそうだな」
「あ、久留宮先輩お疲れ様です」
「どうして、三代澤先輩は社長の事を“先輩”ってお呼びになるんですか?」
「そういえば・・・親しい関係に見えますが・・・。
もしかして、学校の先輩後輩なんですか?」
後輩たちが俺たちの関係に疑問を持っている。
確かに、他から見れば俺が社長ではなく先輩と呼んでいることは不自然。
普通に考えれば学校の先輩後輩だと思うよな。
すると、久留宮先輩が彼らに説明し始めて、彼らも“おー!”と言って納得してくれた。
久留宮先輩が副業していたこと、前の会社での俺の活躍やギャンブルについて。
全て包み隠さず話したら、後輩たちに意外だと言われてしまった。
俺の外見からしてギャンブル依存症にはとても見えないし、そんなことをしていたようにも見えないと。
しかし、現実ではギャンブルにどっぷりつかり溺れてしまっていた。
今思えば、俺自身もびっくりしている。
だって、俺もギャンブルに興味なんかなかったし自分が溺れるとも思っていなかったから。
そう考えると本当に
すごいなと思うんだ、自分がこうしてまた普通に戻ってこられたことが。
「三代澤先輩、昔はやんちゃしていたんですね!
ギャンブルかぁ・・・俺はちょっと怖くてできないです」
「私も・・・やっぱりギャンブルって良いイメージないですもんね」
後輩たちがギャンブルについて語っている。
そう、ギャンブルは出来れば手を出さないようにした方が良いと思うんだ。
たまにだったらいいかもしれないけれど、憂さ晴らしとか趣味にしてしまうと後々大変なことになってしまうかもしれないから。
俺も最初は憂さ晴らしでギャンブルに手を出したのがきっかけだったから。
ギャンブルの恐ろしさを後輩に伝えたことで、それを趣味としていた後輩が少しずつギャンブルを避けるようになった。
それだけでも一歩進んだことになるのかもしれない。
「三代澤、介護施設で利用できるアイデア商品、何か思いついたか?
あれから何度か企画会議を行なっているだろ?」
「はい、ベッドに横になりながら読書できるスタンドにしようかと思いまして。
その企画書がこちらです」
そう言って、企画書を久留宮先輩へ手渡すとじっくり眺められた。
何度か修正をしたから、直す部分も残り少ないと思う。
ベッドで横になりながら読書するのは手が疲れてしまうし、体制だって辛くなってしまう。
若い人なら問題ないかもしれないけれど、介護が必要な人やご年配の人だと大変だと思う。
スタンドを設置して本をセットすれば、横になりながら本を読むことが出来る。
仰向けで本を読むと逆光になってしまい、文字が見えにくくなってしまう為、照明の設置も追加してみた。
介護施設でも利用できるし、一般家庭でも利用してもらうことが出来るから、すごく良い商品なのではないかと自負している。
久留宮先輩は企画書に目を通して、俺の顔を見てきた。
「三代澤、お前ホント良いアイデア出してくれるよな!
これ、すごくいいし開発したらヒットするんじゃないか?」
「これはベッド用なんですが、敷布団に差し込めるタイプも検討中です」
「おぉ、それもいいじゃないか!
三代澤、どんどん引っ張ってってくれよ~」
久留宮先輩は楽しそうに笑いながら言う。
良いアイデアを思い付けたのは、ある女性社員の一言がきっかけだった。
“おばあちゃんが読書好きなのに寝たきりだから、読みづらそうにしている”という言葉。
自分の好きなことが出来なくなってしまうのは、誰だって悲しくなってしまうし寝たきりのままでは何も出来なくて退屈な時間を過ごすだけだ。
そこで思い付いたのが横になったままでも楽に読書できるスタンドだったのだ。
会議でアイデアをプレゼンして多数決を取った時、俺のアイデアがダントツで票数を集めた。
そこからさらに皆でアイデアを出し合って、より良いものを作ろうと現在頑張っている。
久留宮先輩が戻っていくのを見送り、俺は早速企画書を見直し打ち直していく。
皆からもらったアイデアをまとめて、正式な企画書を作成して皆の分もコピーする。
その数週間後。
読書スタンドを介護施設で実際に使ってもらう事になり、俺も同行することに。
ベッドにスタンドを設置して照明を付けて読書し始めるおじいちゃん、おばあちゃん。
仰向けになりながら読書している人もいれば、ベッドのリクライニングを少し起こしてスタンドに本をセットして読む人たちもいた。
なるほど・・・リクライニングを少し起こしても読書できるのか。
リクライニングの事をすっかり忘れてしまっていた・・・俺は忘れないようにしっかりメモした。
まだ試作段階だからいくらでも手の施しようがある。
「ご協力ありがとうございました。
早速リクライニングの件について、話し合い改善していきます!」
周囲からは非常に使いやすかったと言ってもらえたから、本当に安心した。
やっぱり実際に使ってもらう事ってすごく大事な事なんだなと思った。
自分達だけでは気がつけないこともあるから、こういったことはきちんと続けていきたい。
それからしばらくして、読書スタンドを発表した。
もうこれで完璧だと皆で話して出来上がったスタンドを宣伝していくと、やはり介護施設からの注文がたくさん来て社員たちは嬉しい悲鳴を上げていた。
また、一般家庭からの注文も入ってきてあっという間に在庫が少なくなってしまった。
今のところはクレームもまだ入っていないから、このまま売り続けても大丈夫だと思う。
あまりにも売れ行きが良いと何だか不安になってきてしまう。
うまくいき過ぎて怖いと言うか、順調すぎて不安と言うか・・・わかるだろうか、この感じ。
本当、贅沢な悩みだよな・・・。
「三代澤、お前ホントにすげーよ!
こんな大ヒット商品思いつくなんてさ」
「三代澤さん、どうやってアイデアを思い浮かべるんですか?
私にもそのコツを教えてもらいたいです!」
偶然思いついただけで、これといって特に意識はしていない。
思いついたものが商品化されて、それがたまたまヒットしただけというまぐれのようなもの。
ギャンブルでは運が無かったけれど、どうやらこっち方面では運があるらしい。
今思うとギャンブル運が悪くて良かったと思うんだ。
ギャンブル運が良かったら、きっと今頃もまだ抜け出せずにいたと思うから。
俺の場合、色々運が重なって今こうしていられるのかもしれないな。
6年後。
俺はすっかりいい大人になり、36歳になっていた。
それにしても若い頃の俺は本当にろくなことをしていなかったと思う。
ギャンブルなんて手を出さなければよかったと途中は思っていたが、今となっては手を出して過ちを犯してよかったと思える。
何故ならギャンブルをして一度ダメになったからこそ、分かったことがあるから。
ギャンブルをしたことにより、俺は大切なものを見つけた。
以前までの俺は、同僚とか上司を全く信頼していなかったし、仲間なんて必要ないと思っていた。
仕事も一人でしていたようなものだったし。
日向にも喧嘩を売られたりして感情的に行動してしまう自分がいることも知った。
ギャンブルをしてダメになった瞬間、本当に自分がどうしようもなく情けなくなったんだ。
頑張って貯めた金にも手を出してギャンブルで使い果たしてしまった。
「だけど・・・」
前原さんに誘われて今の会社に入職してから、本当に人を信頼できるようになった。
俺の事を認めてくれているから、俺ももっと頑張って力になろうと思った。
そして、仲間がいてくれることの暖かみを知ることが出来た。
俺一人じゃなくて、皆が意見を出してくれてそれで一つの商品が生まれて、その商品を買い求めてもらえることのありがたさを知ることが出来た。
俺はずっと独りだと思っていたけれど、久留宮先輩が陰ながら俺の事を支えてくれていたことにも気が付いて本当に勘違いをしていたんだなと思った。
あれから俺は部長まで昇格し、現在は多くの部下を持つ立派な役職についている。
上に立つのがどれだけ大変な事なのか、この歳になってやっとわかるなんて俺は何も考えることが出来ていなかったんだな・・・。
今も久留宮先輩が社長でこの会社は更に盛り上がりを見せている。
新入社員や若手が頑張ってくれているから、俺たちも仕事がしやすくなって効率的になっている。
神沼と日向は今もまだ服役中で、外の世界には戻ってきていない。
しかし、大きな過ちを犯してしまったわけだから仕方のない事なのかもしれないな。
まだ重大なことがあって、あれから俺は同じ会社の女性と結婚することになり現在では2歳になる子供がいる。
まさか、自分が父親になる日が来るだなんて思っていなかっただけに、驚きを隠せない。
ただ、子供に恥じる事の無い尊敬されるような父親になりたいと思っている。
子供が女の子だから、そのうちお父さん嫌い!なんて言われる日が来るかもしれないのが心配だ。
それでもちゃんと向き合って娘が俺を誇れるような人物を目指したい。
だけど、今から娘が嫁に行くことを考えてしまって気が気じゃないのは、妻に内緒だ。