この一週間、本当に慌ただしくて大変だった。
東京湾の片隅で発見された二名の遺体を警察へ引き渡し、第一発見者としてかなり長時間事情聴取をされた。
ただ、俺は一人で行動していたから証明してくれる人がいない。
警察も俺が犯人だとは思っていないようで、闇金から洗い出すと言っていた。
何か心当たりがないかどうか聞かれて、俺は迷いつつも神沼の事を話した。
金を借りていたし、カジノだけではなくパチンコ屋まで取り立てに来ていたし、何よりも急にあそこまでテンションが高くなったことも気がかりだった。
財布の中にも札束がたくさん入っていたし・・・。
あの二人を殺害したのは、恐らく神沼なのではないかと俺は考えている。
借金苦の果てに、二人を殺害して借金をチャラにして金を奪ったのではないかと。
闇金のアジトへ出向いた警察から聞いた話だが、金庫が破られていて金が盗まれていたらしい。
神沼しか思い当たらなくて、俺は警察に自分の考えを全て話した。
そんなことを思っていると、急に怖くなった。
神沼を怒らせると殺されるんじゃないかって。
いや、一番傍にいる日向の方が危ないかもしれない。
「三代澤、どうしたぼーっとして?」
「いえ、なんでもありません。
何だか考え事をしてしまって」
「あぁ、あの東京湾から上がってきた遺体の事だろう?
あれ、マジで超怖ぇよな・・・」
確かに初めての事だったから、怖かった。
最初は何だかわからなかったから、思わずまじまじと見てしまった。
そのせいでその日は全く食欲がわかなくて、何も食べられなかった。
もう事情聴取は終わったから、警察から呼び出される事は無いだろう。
あの時の衝撃が強すぎて、仕事になかなか集中することが出来ない。
俺は気分転換をするために、屋上へと向かった。
季節はあっという間に夏を迎えていた。
俺は日陰に立ち風に吹かれた。
少しずつ気分が落ち着いてきて、新しい企画のアイデアを考えることにした。
今度は介護に関する商品開発を目指している。
どんなものだったら使い手が喜んでくれるだろうか・・・介護だけじゃなくて他の人達の役に立つようなものが望ましいけれど、なかなか良いアイデアが浮かんでこない。
俺はフェンスに手を置きながら、大きなため息をついた。
「三代澤さん、お疲れですか?」
「前原さん、お疲れ様です」
「三代澤さんにご紹介したい方がいるので、来ていただけますか?
あ、そのままついて来て下さって結構ですよ」
俺は前原さんに言われるとおり、そのまま後についていくことにした。
紹介したい人って一体誰なんだろうか。
上司とか上の人間かな・・・それともまた別の人なのかな。
色々考えながらついていくと、普段では決して利用しない階数でエレベータが停まった。
この階数は上司でも立ち入らない階だと聞いている。
何だろう・・・・何とも言えない不安に襲われて黙り込んでしまう。
それに先程から誰ともすれ違わないと言う点も、不安の種の一つになっている。
ここまで誰とも会わないと、余計不安になってきてしまう。
前原さんについていくと、案内された場所は社長室だった。
そう言えば、青石商社に来てからまだ一度も社長と顔を合わせたことが無かった。
自分から挨拶しに行くのは失礼だと思い、なるべく接触することを避けていた。
もしかして、俺のそんな態度が気に入らなかったのだろうか。
―コンコン
ドアをノックして中から“どうぞ”と声が聞こえて、前原さんがドアを開けた。
俺も失礼致しますと言って、ゆっくりと室内へと足を踏み入れた。
社長が椅子に腰を掛けている姿が見えて、俺は息をのんだ。
後姿からして、まだ若い人の様で俺は少し驚いてしまった。
社長って言うとなんていうかもっと年齢を重ねているようなイメージだったから、意外でどんな顔をしているのかとても気になった。
「ようこそ、我が社へ。
やっと挨拶出来て嬉しいよ」
「・・・っ!?」
社長が椅子をくるりと回して、こちらへ向いたとき。
俺は驚いて何も言葉が出て来ず、“え?え?”といった様子で社長の方を見た。
だって、その社長の正体は・・・俺の良く知っている人物だったから。
正直信じられない・・・今まで色々失礼なことをしてしまったから、なおさら顔向けなんかできない。
そう、社長の正体は前の会社でお世話になった久留宮先輩だった。
会社員って副業しちゃいけないんじゃなかったっけ?
どうして久留宮先輩がこの青石商社の社長に?
何が何だか分からない状況に陥っていると、久留宮先輩と前原さんが俺を見て笑った。
そんなに笑わなくても・・・と思ったが、言い返すことは出来なかった。
久留宮先輩は社長な訳だし。
・・・ん、じゃあ、久留宮先輩って呼ぶのは失礼な事じゃないか?
ハッとして俺はその場で姿勢を正して、頭を下げて挨拶を改めてした。
「そんなにかしこまるなって!
三代澤は今まで通りでいいんだよ」
「ですが・・・」
「社長だからって態度を変える事は無いだろ?
他人みたいで寂しくなるじゃないか」
そう言われても、社長と言われてしまったら誰だってかしこまってしまう。
慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
話を聞いてみると、もともとは青石商事の社長だったようで、まもなく俺の噂をかぎつけあの会社を副業していたらしい。
副業について聞いてみたら、会社では取り締まりをしていないらしいから、副業したい者は申請すれば出来るようになっているようだ。
年間で20万円以下の儲けであれば、必ず確定申告をしなければならないんだとか。
色々複雑なのに、久留宮先輩はどうしてあの会社までやってきたんだろう。
「今までお前がどんな人物であるのか、この目でよく見させてもらった。
三代澤はホント人間味が溢れる奴だったんだな。
会社に来なくなってギャンブルにハマった時はさすがにもうヤバいと思ったけど」
「ご心配をおかけしました。
今はもう大丈夫です」
「あ、ちなみに俺もあの会社はもう退職してきた。
今後はこっちの会社一本で頑張るから、力を貸してくれよな」
「お任せを!」
俺は元気よく返事をした。
これからは久留宮先輩と一緒に仕事を作り上げていくことが出来るのか!
そう思えると、何だかすごく嬉しくなって楽しみになってきた。
久留宮先輩と色々話していると、前原さんが途中で部屋を出て行ってしまった。
もしかして、気を遣ってくれたのかな?
それから、俺は神沼と日向について話した。
久留宮先輩もあの日の事件をニュースで知ったらしく、関心を持っている様子だった。
詳しい事はニュースで流されていたけれど、犯人についてはまだ明らかにされていなかった。
神沼が怪しいことを俺は久留宮先輩に伝えると、納得してくれた。
他に心当たりなんてないし、神沼は感情的だから感情で行動してしまうと言う欠点がある。
つけていたラジオから例の事件についての最新情報が飛び込んできた。
それは犯人が捕まったとの知らせで、その犯人たちは・・・俺の予想通りだった。
捕まったのは神沼と日向の二人だった。
まさか日向まで関与しているとは思わなくて、びっくりしてしまった。
「日向まで・・・?」
「人生をめちゃくちゃにされたって言われました。
何もかも嫌になって、そのまま闇に堕ちてしまったのかもしれません。
おかしいと思ったんです、あの二人大金を持ち歩いていたから」
「会ったのか?」
「ええ、あの遺体を発見する数時間前まで二人と話していました。
ギャンブルする日向を連れ戻そうと思ったんですが、無理でした」
止められなかったと言うより、話すらまともに聞いてもらえなかった。
ずっとパチンコを打っているし、大金もあんなに持ち歩いているし・・・何より取り立て屋の二人と同じ服装をした男性が遺体で発見されたから、すぐにわかった。
顔は判断できなかったが、服装が一番の決め手だった。
そうか・・・あの二人がとうとう捕まったのか。
日向が神沼に協力したのは、金を手に入れるためだろうな。
じゃなければ簡単に協力などしないはずだろうから。
あの二人はこの先どんな人生を歩んでいくのだろうか・・・想像しただけで恐ろしくなる。
俺もかつてはギャンブルに溺れていたが、そこまでどっぷりではなかったし精神的にもまいることが無かったから本当に助かった。
「日向は馬鹿だな・・・いくら金に困っていたからって手を貸すことないじゃないか。
減給されたのだって、もとは自分のしでかしたことが原因だろうに」
「そうですよね、少し考えればわかる事なのに」
そう、冷静になって考えれば先の事なんて少しくらいわかるはず。
しかし、ギャンブルにハマってしまっていると、冷静な判断が下せなくなってしまいがちで感情の赴くままに行動してしまうから、あとで自己嫌悪に陥ったりしてしまう。
俺もギャンブルをしていた時は、感情で行動してしまう事が多かった。
だけど、一度起きてしまったことはもう戻ることは出来ずやり直すことも出来ない。
あの二人が出来ることは、自分が犯した罪をその身をもって償っていくことだ。
いつまでもこんな話をしているのも気が滅入ってしまうから、この話はこのあたりで終わらせることにして、本題へ入った。
「これからは一緒に仕事が出来るな」
「ええ、悔いがなくなって嬉しく思います。
新しく始まる企画のアイデアも、一生懸命考えています」
「そうか、お前の事だから必ず良いアイデアが浮かぶさ。
期待しているぞ、本当にすごく期待している」
「プレッシャーを与えないで下さいよ!」
二人で笑いながらそんな話をしていると、何だかあの頃に戻ったみたいに感じた。
俺がギャンブルにハマる前の頃、久留宮先輩と毎日のように楽しく話していたことを思い出して、俺は小さく笑った。
今まで色々あったけれど、結果俺はまたここへ戻ってくることが出来たんだ。
ギャンブルに溺れていた時はもう今後の人生なんかどうでもいいとばかり思っていたけれど、あのまま諦めていたら俺はどうなっていたんだろうか?
日向たちみたいに過ちを犯して、取り返しのつかない目に遭っていたかもしれない。
よくギャンブルは身を亡ぼすと言うけれど、身をもってその恐ろしさを知ったような気がする。
現在、ギャンブル依存症を患っている人が一体どれくらいいるものなのだろうか?
少しでも依存症を克服して前の生活に戻れることを、切に願う。
それは、自分この身を持って思い知ったから強くそう願うのかもしれない。
やっぱり、諦めてしまう事って良くない事なんだな・・・粘り強さも大事だという事を知った。
それから前原さんがやってきて、3人で楽しく語りながら今後の方針を考えていく。
皆の考えたアイデアを活かせるように、良いアイデアが浮かべられるように出来るようなものを。