例の弁当箱の企画が準備できて、堂々と広告を出して宣伝をした。
ターゲットは女性だが、男性でも参加できますという内容にしたのが功を奏したのか、あっという間に情報が広がりテレビでも取り上げられた。
その効果もあって、イベントをやる前からものすごい話題にされるようになり、その分プレッシャーが半端なかった。
そして、今日がそのイベントの日。
会場には多くの男女が集まってくれている。
おかずは計15品用意してある。
サバの味噌煮、肉じゃが、ハンバーグ、卵焼き、鶏のから揚げ、アスパラベーコン巻き、ポテトサラダなどなど・・・。
「三代澤、いよいよこの日が来たな!」
「ええ、どんな結果が出るのか楽しみですね。
皆で遅くまで残って色々考えを出し合った企画ですから、成功させたいですね」
「だな!!」
おかずはきちんと栄養管理士の資格を持った、料理上手な人に頼んだ。
そして、アルミもリサイクルして弁当箱にして現地に届けられている。
何も問題はないから、きっと無事に終わるのではないかと思う。
お客さんが弁当箱を購入して、おかずが並べられているブースへとならび行列が出来ている。
一つ問題があるとすれば、おかずがどのくらいのペースで完売してしまうのかという事だ。
人気のおかずを検索して調べて用意したから、その中でも人気となっているおかずは売り切れてしまう速度も速いんじゃないかと思う。
やはり、男性に人気なのは鶏のから揚げで、女性に人気なのはアスパラベーコン巻きとポテトサラダだった。
そう言えばすっかり忘れていたが、あれから全くギャンブルをしていないことに気が付いた。
以前まではあんなにも毎日パチンコやカジノを楽しんでいたと言うのに、今ではそんなことをしなくても毎日が充実している。
前は一日でもギャンブルできない日があると、イライラしていたのにな。
俺にとってそれは成長なのかもしれない。
「三代澤、ちょっとこっち手伝ってくれないかー!」
「はい、今行きます!」
先輩たちに呼ばれて、俺はすぐ応援に向かった。
思っていたよりも人が集まっているから、対応しきれないとの事だった。
社員の数を増やし、出来るだけ相手を待たせる事の無いように対応していく。
その結果、あまり待たせることなく対応することが出来た。
ただ、売り切れになってしまったおかずも出始めて、イベントが終わるのも時間の問題になった。
社員が増員されたことにより、俺は外れることになった。
一休みしようかと俺は近くの花壇に座り、缶コーヒーを開けて口へ運んだ。
やっぱりこういった人と気が一番好きかもしれない。
仕事を終えてから飲むビールもいいが、こっちの方がずっと働いている気がする。
一人落ち着いていると、目の前にある人物が現れた。
俺はゆっくり顔をあげるとそこには・・・。
「久留宮先輩?!
どうしてこんなところに?」
「どうしてじゃないだろうが。
あれから連絡よこさなかったろ?」
「すいません、仕事が忙しくて・・・」
俺が謝ると俺の隣に久留宮先輩が腰を掛けた。
その手にはアルミの弁当箱が。
もしかして、久留宮先輩食べに来てくれたのか?
仕事が忙しくて、久留宮先輩に連絡を入れることをすっかり忘れてしまっていた。
そうか・・・久留宮先輩はずっと俺からの連絡を待っていたんだ。
俺の事を考えて心配してくれていたのかと思うと、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
辞めた俺の事を心配してくれているなんて、久留宮先輩は人が良いと思う。
俺が黙っていると、久留宮先輩が口を開いた。
「この弁当のアイデアはお前のアイデアだろ?」
「え?」
「いつか話していたじゃないか。
この間、うちの会社でもまたアルミを使った商品を作る話が出たが、これといって良いアイデアが無くて日向が弁当箱をどうのこうのと話していた。
お前のアイデアをパクろうと思ったんだろうが、思い出せなかったらしい」
結局、あいつは俺のアイデアを自分のものにしようとしていたのか。
思い出すことが出来なくて、そんなことを日向が企んでいるうちに俺たちの会社が先に発表してしまったと言うわけか。
さぞかし悔しがっているに違いない。
だけど、アイデアはもともと俺が生み出したものだし、先に発表したのも俺が早かった。
相変わらず、姑息な真似をしているのが気に入らない。
正々堂々と戦おうとしないあたり、器の小さい人間だなと思ってしまう。
と言うよりも、信頼されていないんじゃないかと思う。
「三代澤、あれからギャンブルはどうした?」
「仕事が充実しているせいか、ギャンブルはいつの間にかしなくなっていました。
前は少しでもしないとイラついていたのに。
本当に不思議です、こんなふうになったのは」
「そうか、それは良かった。
一時期は本当にヤバいかと思ったけど、持ち直したんだな!」
「ええ、ご心配をおかけしました!」
本当に心配させてしまって申し訳なく思う。
ギャンブルをしなくなったと話すと、久留宮先輩がまるで自分の事のように笑った。
会社帰りにパチンコの看板を見ることもあるが、何も感じなくなったんだ。
あのネオンを見れば店に入ってしまうのではないかとか、自分なりに色々考えて近づいてみたりもした。
それでもギャンブルがしたいという気持ちは湧いてこなかった。
ギャンブル依存症と言うよりも、ただ一時的にハマっていただけなのかもしれない。
だからいつの間にか、しなくても平気になったのかもしれない。
とにかく辞めることが出来て本当に良かったと思う。
あのままではいつか貯金が全てなくなってしまうから。
弁当も食べてくれたみたいだし、本当に感謝してもしきれない。
きっと仕事の合間を縫って駆けつけてくれたんだろうな。
「三代澤がまさか青石商社に入社するとはな。
何か意外だったが、何かきっかけでもあったのか?」
「前原さんに声を掛けてもらったのがキッカケです。
好評価しているから、ぜひともうちに来ないかって。
最初はたくさん悩んで戸惑いましたが、再出発しようかと思いまして」
「最初からすべてをやり直すつもりだったのか?」
「はい、ギャンブルで短期間ですが無駄にしてしまいましたし。
やり直すなら新しい環境がいいと思いまして」
俺はなぜ転職したのか包み隠さず、久留宮先輩に話した。
最初からやり直すなら、やっぱり新しい環境から始めるのが良いと思った。
自分に自信もなかったこともあって、前原さんの誘いは本当に嬉しかった。
俺の事を高評価してくれていたし、実際に働き始めたら気にかけて声もかけてくれるし。
本当、今の職場には恵まれていると感じる。
俺が話していると、久留宮先輩が楽しそうに笑っていた。
何か楽しい事でもあったんだろうか?
何て言うか怒られるんじゃないかとか思ったけど、全く怒らない。
黙って俺の話を最後まで聞いてくれている。
「今の職場はどうだ?」
「とても働きやすいですし、周囲の社員たちも穏やかで話しやすいです。
俺の事をフォローしてくれますし、俺も力になりたいと思っています」
「そうか・・・それなら良かったな!
これからもお前らしさを大事に頑張れよ」
「ありがとうございます。
俺、一生懸命頑張ります」
笑ってそう言って見せると、久留宮先輩が俺の肩をポンと叩いた。
久留宮先輩も応援してくれているから、自分に出来ることを出来る限りしていこう。
弁当を売り始めてからたった1時間半でおかずが全て売り切れになり、イベントが終わってしまった。
もっと時間がかかるかと思っていたが、たった1時間半で完売してしまうとは。
予想以上の大盛況ぶりに、俺たちはただただ驚くことしか出来なかった。
行列はまだできていて、社員たちがイベント終了のアナウンスを流し始める。
500円という価格が良かったのか、あっという間に売り切れ。
集まった人たちから“またこのイベントをやってほしい!”と熱いラブコールをもらった。
その声を聞いた社員たちは、前向きにご検討させていただきます、と答えてブースを片付け始めた。
大盛況だったし、弁当も完売してこんな順調なのは初めてで嬉しく思っている自分がいた。
「三代澤は本当に頑張り屋の努力家だからな。
周囲からの期待もすごいだろ?」
「いえ、そのようなことは。
だけど、頼りにされているのでその期待に応えなきゃなって思っています」
周囲からの期待はそれほどないと思う。
だけど、頼られた時はその期待に応えなきゃいけないって思っているし、そうしたいと思う。
頑張り屋だと思われているのは知らなかった。
毎回、残業したり誰かの仕事の手伝いをしているからそう見えるのかもしれないけれど、俺は自分が頑張り屋だとは思っていない。
確かに頑張っているときもあるけれど、毎日は頑張っていない。
ただ、努力は常にしている。
良い結果を生みだすためには、それなりの努力が必要になってくるから、決して手を抜かないように常に意識している。
「それじゃあ、俺はこれで帰るよ。
あまり無理するなよ?」
「はい、ありがとうございます。
久留宮先輩も、帰りはお気をつけて」
そう言うと、久留宮先輩は笑って大きく手を振り返してきた。
よかった、あの時は本当に寂しそうな表情をしていたからずっと気になっていた。
俺の事を気遣ってくれて嬉しいけれど、久留宮先輩は大丈夫なんだろうか?
本当は自分の仕事が忙しいのに、わざわざここに足を運んでくれたのではないかと不安になってしまう。
俺はそう思いつつも、社員と一緒に片づけを進めていく。
社員たちもイベントが成功したことに対して、とても喜んでいる。
あまりにも好評だったから、次は少し内容を変えて行なってみたいなどという話も出た。
おかずを変えてみるとか、あるいはターゲットを絞って行なってみるのも面白いかもしれない。
例えば、今月はOL限定とか派遣限定、女性限定、男性限定とか。
相手に合わせておかずを変えてみるのも、また楽しそうだ。
そんな話をしてみると、社員たちが俺の意見に賛同してくれた。
“よくそんなにアイデアを浮かべられるな!”と社員たちに言われたが、考えるのは楽しい。
日常生活の中にちょっとしたヒントが隠されていることが多い。
俺も最初は気が付かなかったが、アイデアのヒントは周囲にいくらでもあるのだ。
次はどんなイベントを行うのだろう・・・今から楽しみだ。