ギャンブラー、自分の運命を変えるシリーズ(全15話)
▼君が思っている以上に君は、独りなんかじゃない▼
俺の名前は黒音柩<クロト ヒツギ>。
俺は現在、精神科医として病院に勤めている。
元々、医療系の大学へ通っていたから医師免許は大学在学中に取得していた。
俺たちの家系は代々、病院に勤めてきているからその流れで精神科医になった。
もっと言えば、苦しんでいる人の力になりたくて精神科医を選んだ。
内科医や外科医も立派な仕事だが、俺にはとても務まらないと思いやめてしまった。
何よりもそんなに責任感も強くないから。
「長塚さん、お入りください」
俺は患者の名を呼び、診察室へと招き入れた。
長塚さんが診察に入ってきて、早速診察を始めていく。
何だか浮かない表情をしているから、何かあったのかもしれない。
いや、何かあったからこうして心療内科を受診しに来ているんだよな。
俺は彼を椅子へ座らせて、カルテを確認した。
長塚さんは、男子高校生でクラスのみんなの輪に溶け込めないという悩みを抱えている。
おとなしい性格をしているから、なかなか自分の言いたいことを言い出せない。
嫌われたくないと思っているから、ありのままの自分をさらけ出すことが出来ないんだ。
「長塚さん、本日はどうされました?」
「僕は何も出来ないんだって言われたんです・・・。
お前には、何か人の為になる事なんか出来ないって」
「それはひどい・・・」
「僕なんて、生きている価値あるのでしょうか?」
そんな寂しいことは言うものじゃない。
俺もかつてはそう思っていた。
何もかもに絶望して、嫌になって自分が生きている価値があるのかどうか考えたりもした。
結局その解答は見つからなくて、俺も路頭に迷ってしまったことがある。
ただ、俺には姉貴がいるからまだ良かったのかもしれない。
話を聞いてくれる人がそばにいたから。
もし、何も話せなかったら俺だってどうなっていたのか見当がつかない。
ただ、自分がそうだったから理解してあげられることもある。
「君にそんなことを言った奴は誰ですか?
君にそんなことを言えるほどの成功を、その人物は収められたのでしょうか?
そんなことも出来ないのに、偉そうなことを言う権利も資格もありませんよ」
俺ははっきり言い返した、
自分の人生は自分で決めて生きていく、他人の言う事なんか信じなくてもいいんだ。
どうして他人にああだこうだ言われなきゃいけない?
俺がそう言うと、長塚さんが一瞬驚いた表情を見せてきた。
そんなに意外だったろうか。
俺が言うから違和感を抱かれてしまったのかもしれない。
しかし、この言葉は偉人たちの名言でもある。
だから正確に言えば、俺の言葉でなければ俺が思いついた言葉でもない。
それでも伝えたかったのは、下手な励ましよりもずっといいと思ったから。
下手に励まして傷つけてしまう事だって考えられる。
「黒音医師は、学校どうでした?」
「俺も学校はあまり好きじゃなかったな。
だけど、少しずつ自分を成長させて今に至っている。
変わることは怖いと思う、でも。
変わるという事は決して怖いだけではないし、別の自分になるんじゃないかと思って怖くなったりもする。
でも、本当は何も変わらないんだ」
「何も、変わらない?」
「自分がおかしくなりそうだと考えている人もいますが、それは違うよ。
別の自分になるんじゃなくて、新しい自分になるための新たなスタート。
だから、君もほんの少しでも構わないから、変わる努力をしてみないか?」
俺も昔は変わることに対して恐怖心を持っていた。
変わってしまったら、どうなってしまうのか分からなくなってしまう。
それが怖くて俺もしばらくの間、何も行動が出来なかった。
しかし、長塚さんなら克服できるんじゃないかと思う。
俺とは違った意味で、強さを持っているような気がするから。
それに、今彼の眼には小さな明かりが灯されている様にも見えた。
俺は、薬を処方することもなくただ、彼が満足いくまでずっと話を聞き続けた。
長塚さんのクラスには不良たちがいて、いつもちょっかいを出されていると聞いた。
それはいじめにも近いようなもの。
やり返せばいい、内心そう思ったが、彼にはとても出来なさそう。
優しい性格だから、人を傷つけることを嫌うだろう。
人の痛みを知っているからこそ、下手な真似が出来ないと言った方が正しいだろうか?
「黒音医師・・・僕、頑張ってみるよ。
もしかしたら、変われるきっかけになるかもしれない、から」
長塚さんが俺の眼を見て、そう答えた。
今でも十分頑張っているから、あまり無理はしてほしくない。
頑張っている人に頑張れって言うのは決して良くないことだ。
それはその人の頑張りを認めていないという事になってしまう。
ほんの少しでもいい。
ほんの少しでもいいから、一歩ずつ前に歩みだしてほしい。
俺は長塚さんの肩にぽんと手を置いた。
そんなに力を入れなくても大丈夫だよ、という意味合いを込めて。
すると、長塚さんに伝わったのか微笑みながら小さく頷いて見せた。
彼を見送り、カルテに今日話したことを打ち込んでいく。
最近、紙のカルテではなく電子カルテが普及してきているから、とても便利になってきた。
やはり紙のカルテでは長期保存が難しいため、電子化されてきている。
「それにしても、みんな悩みを抱えているんだな・・・」
かつては俺も悩みを抱えていて、大変な時期があった。
俺はクラスでいじめられる事は無かったが、いつも浮いている存在だった。
しかも、俺は数年前までギャンブル依存症だった。
競馬とかパチンコが大好きで、暇さえあればいつもやっていた。
現在ではすでに克服しているが、たまにパチンコ屋の看板を見ていると、やりたくなってくる。
そんな気持ちをぐっとおさえて、耐えている。
そう考えると、俺はまだちゃんとギャンブルを克服できていないのかもしれない。
ちなみに、俺がギャンブル依存症だったことを知っているのは、姉貴の黒音彩<クロト サヤ>と院長の二人だけとなっている。
他の人達は全く知らないから、その話に触れてこない。
「黒音医師、少しお休みになりますか?」
「いえ、大丈夫です。
さて、次の方をお呼びいたしましょう」
看護師から心配されてしまった。
そんな疲れたような表情をしているんだろうか。
しかし、疲れたとか言っていられないから、頑張って仕事をこなしていく。
俺がギャンブラーとしてやりまくっていたのは、23歳のとき。
ギャンブルしたさから手持ちが足りず、消費者金融に手を出して借金を積み重ねた。
その金額はあっという間に500万円を超えてしまっていた。
総量規制にも引っかかって、消費者金融の利用が出来なくなってしまったんだ。
それから今度は総量規制の無い銀行へ申し込み、カードを発行してもらうことが出来た。
銀行では400万の借金をして、二つ合わせて900万の借金をしていた。
もちろん、俺にはその借金を返済できる金なんかなかった。
そこで俺が取った方法は、自己破産宣告だった。
これは、偏愛能力がなく借金を踏倒してしまう行為だ。
一番してはいけないこと。
この方法を使ってしまうと、信用情報に登録されて7~10年抹消されずに登録されてしまうらしい。
そんな事を知らなかった俺は、自己破産をして金融機関の利用が出来なくなってしまった。
一時的な信用ゼロ人間になってしまった。
もし、自分がその逆で金融機関の人間だったとしたら、返済してもらえなくて困ってしまう。
それなのに俺は、全ての借金を踏倒してチャラにしてしまった。
「黒音医師、私、ギャンブルが好きなの!
どうしたら、もっとギャンブルを楽しむことが出来るかしら?」
「あまりギャンブルばかりしていると、後戻りできなくなってしまいますよ?
俺も昔ギャンブルにハマって、大変な目に遭ったんだ」
「黒音医師もギャンブラーだったんですか?!」
「ええ、俺もギャンブラーだったんですよ。
何とか克服できるよう、周囲に手伝ってもらって今はこうしています」
俺がそう語ると、興味津々そうに食いついてくる女性患者。
話を聞いて不安に襲われたのか、どうやったら早くギャンブルを克服できるのか教えてほしいと言いだした。
早めに克服したいのであれば、ギャンブルを辞めたい!という強い気持ちを持たなければいけない。
意思が弱いとどうしても決心が鈍ってしまうから。
しかし、こうしてギャンブルの話をしていると久々にギャンブルがしたくなってきてしまう。
克服したつもりが、実は克服できていなかったのかもしれない。
完璧に克服するためには、やはり自分自身がしっかりしなくちゃいけない。
「早くギャンブル依存を克服したいのなら、辞めたいと言う強い意思を持つ必要があるね。
自分でしっかりそうコントロールできなければ、いつまでたってもそのままになってしまう。
まずは、パチンコや競馬に関することから取り組んでみましょう。
自宅に雑誌があるなら処分するとか、街で見かけないよう歩く道を変えてみるとか」
「なるほど・・・自分の意思を強く持つ、か。
・・・わかった、やってみます」
「無理せず、少しずつで構いませんからね」
あくまでも頑張れとは言わないようにしている。
俺の時もそうだった。
自分では頑張っているつもりだったのに、いつも医師は“頑張って下さい”と俺に言った。
それって、俺の頑張りが足りないってことなのか?
こんなにも頑張っているつもりなのに、まだ足りないと言いたいのか?
ずっとそんなことばかり考えて、気が付けばその医師とは関わらなくなった。
あの時、俺を担当していた医師の名をまだ明確に覚えている。
下の名前は知らないが、苗字は水梨と書かれていた。
いつもいつも頑張れって、もういい加減聞き飽きた。
嫌になって、もうその病院へは行かなくなった。
「黒音医師も、ギャンブルをされていたんですね。
何だか意外です」
一緒に居た看護師にそう言われて、俺はキョトンとしてしまった。
そんなに意外に見えるだろうか?
知らない人から見れば、俺がギャンブルをするのはイメージできないのかもしれない。
あの頃に比べて、俺は少しずつ丸くなってきているし歪んでいないから。
ギャンブルをしているときは、性格や考え方が歪みきってしまっていた。
あの頃は気が付かなかったが、今振り返ってみると相当ひどかった。
何を言われてもああ言えばこう言うし、無神経に多くの人達を傷つけてしまっていた。
あの頃には戻りたくない・・・だから踏ん張り時だよな?