俺の作ったメロンパンとカレーパン。
実はあれから爆発的にヒットして、パン屋に取材の連絡が来るようになった。
雑誌やテレビの取材を引き受けることも多くなり、再び俺の名が世間で広がり始めた。
最初は断ろうと思ったが、このパン屋には世話になっているから引き受けることにした。
気が付けば、ギャンブルなんかする時間が無いくらいに、忙しい日々を送るようになっていた。
以前まではギャンブルする時間が欲しかったのに、今ではこんなにも仕事を楽しんでいる自分がいる。
それにしても、こんなに大ヒットするとは思っていなくて驚愕した。
また、あのカレーパンも男性の支持を集めて、仕事帰りに寄ってくれる人も増えた。
売り上げが上がって、独りずつの給料もまた少しだが増えた。
そのおかげで、借金の返済額を少しずつ減らすことが出来ている。
少しずつだけど、確実に減ってきている。
この調子ならスムーズに返済し終えることが出来ると思う。
「神宮寺さん、もし私に何かあった時。
このお店をあなたに継がせたいんです」
それは願ってもない誘いだった。
しかし、今の俺にはやりたいことがあるんだ。
それは海外研修をして、更に自分の腕を磨くことなんだ。
今まで気が付けなかったことを知った今だからこそ、技術を身に付けたいと思う。
好き嫌いを言わずに、色々なことを多く勉強して成長にしていこうかと考えている。
一度海外で研修をすれば、簡単には帰って来られない。
それでも、学びたいことがあるんだ。
「せっかくのお誘い嬉しく思いますが、俺にはやりたいことがあるんです。
だから、海外研修をさせていただけませんか?」
「海外研修って・・・!
そうしたら、パン作りはどうするのよ!」
「青野、お前に任せるよ。
もう今では完璧に作れるようになっただろう?
俺の後を引き継いで頑張ってくれないか」
「そんなこと、勝手に言われても困るわよ!
どうして突然そんなことを言うのよ!」
青野が怒っている。
確かに、何も相談せずに決めてしまったから、怒るのも無理はない。
しかし、このままではいけないと思うんだ。
もっと自分を成長させていく必要があると思うから。
そして、その暁にはもう一度自分の店を持ちたい。
最初からすべてをやり直したいんだ。
ギャンブルで狂ってしまった分を。
その旨を全て、みんなの前で包み隠さず伝えた。
嘘をつくのは嫌だし、俺が抜けることによって迷惑をかけてしまうから。
しっかり伝えておくべきだと思った。
「わかりました、でも神宮寺くんは退職扱いにしないでおくよ。
だから、研修が終わったら、もう一度このお店に来てくれる?」
「店長がそう言って下さるなら、終わり次第立ち寄らせていただきます。
大変ご迷惑をお掛けいたしますが、宜しくお願い致します」
「・・・仕方ないわね!
その代わり、ちゃんとたくさんの事を学んで来なさいよ?」
さっきまで怒っていた青野は、頬を膨らませながら言う。
その姿は今までに見たことが無かったから、何だか愛らしく見えた。
まるで、ほしいものを買ってもらえなかった子供が拗ねている様子に似ている。
だが、確かに研修に行くからこそ、盗める技術を盗んでこなければいけない。
自分が活用できるように、多くの事を学んで来なければならない。
その帰り、俺は青野と一緒に食事をすることになった。
食事をする店は、かつて俺が世話になったシェフの店でよく一緒に美味しい店を巡り歩いていた。
一度、青野にも食べさせてやりたくて、連れて行くことにした。
その途中で、俺たちはある人物を見かけた。
あれは・・・藤崎じゃないか?
それは男性で身なりもひどく、持ち物も何も持っていない様子だった。
財布が床に落ちているが、中身は入っていない様子。
他に見当たるものはなくて、周囲には見たことのある男性が立っている。
「あの男は以前、藤崎と話していた男だ」
「あれって、借金取りじゃないの?
何も、あんな人前であんなことをさせなくても・・・」
藤崎は、周囲の人にお金を貸してくださいと頼み込んでいる。
俺は闇金に手を出さなかったが、藤崎は闇金から金を借りて借金をしていた。
やはり、返済することが出来ず、あんな形になってしまったのか。
協力してやりたいが、あいにく俺も自分の借金を返済することで精いっぱいだ。
少しずつ減って負担も軽くなってきたが、まだ残っている。
残りの借金は、自分の店を再び持ち、その売上金で返済しようかと考えている。
前向きに借金の事を考えているから、何も問題はない。
しかし、藤崎は俺とは違いそのままギャンブルの道へと進んでしまった。
ギャンブル依存症は、精神疾患の分類に分けられるらしいが、こればかりは他人がどうこう言おうが効果が無い。
俺の場合は、青野が真剣に叱ってくれたからどうにかなった。
ギャンブル依存症と言うのは、自分の意思がなければ克服することなんか出来ない。
病気の中でも厄介で、大変なものだと思う。
「返済できんかったら、どうなるかわかっとるな?!
ひとまず、生命保険にでも加入してこいや!」
「オレが死んだら、・・・返済に、回すのか?」
「2年間は絶対、自殺すんじゃねぇぞ、コラァ!!」
藤崎が連中に髪を思い切り掴まれて、ひどい目にあわされている。
しかし、通り過ぎていく人々は皆、見て見ぬふりをしている。
関わりたくない気持ちは誰しも同じだ。
藤崎は俺の事を嫌っていたから、下手に手を出さない方が正解なのかもしれない。
隣で青野が目を伏せている事に気が付き、俺は声をかけた。
「青野、行こうか」
「・・・うん」
藤崎の変わり果てた姿を見て、俺たちは気分を暗くしてしまった。
あそこまで変わり果ててしまうなんて・・・。
俺もあの時、闇金に頼っていたら同じ目に遭っていたかもしれない。
そう思うと怖くなった。
遠くから藤崎の悲痛な声が聞こえてくる。
“お金を貸してください”
“返済を待ってください”
今にも泣き崩れそうな声で言っているのが聞こえてくる。
可愛そうといえばかわいそうだが、周囲から見ればやはり自業自得なんだろうな・・・。
周囲からすれば、なぜ闇金に手を出したんだろう?と言うのが普通だもんな。
「神宮寺くん、闇金に手を出さなくて本当によかったわね。
あんな姿になっていたかもしれないから・・・」
「ああ・・・、あれはさすがにきついな・・」
人前であんなふうに出来ない。
恥ずかしいし、そんな勇気は俺にない。
そんな事を話しながら、目的の場所へ着いた。
暖簾をくぐって、中へと入っていく。
俺が連れてきた場所は、おしゃれな場所ではなくてとある定食屋。
俺が親しかった相手は、俺と目指している方向が若干違った。
美味しいものを作って提供したい。
その思いだけが同じで、彼は定食屋を俺はレストランを目指した。
「よう、久しぶり。
元気にしていたか?」
「久しぶりじゃねーか!
おっ、隣にいるのはお前の彼女か?」
「いえ、私は高校時代からの親友の青野ことりです。
こちら、定食屋さんなのに外装とかとても綺麗でびっくりしました!」
「おう、料理だけじゃなくて外観にもこだわってみたんだぜ。
見た目がきれいだと、入りたくなるだろ?」
久々にあった割には、全く変わらない。
相変わらず元気で、あの頃を思い出す。
それから俺たちは、ハンバーグ定食を注文した。
定食屋だが、ハンバーグの味はまるで本場のような味がするんだ。
使用しているタレはデミグラスソース何だが、注ぎ足ししているから味わい深くなっている。
もうとうに夕食の時間帯を過ぎているから、客が少なく注文してすぐに運ばれてきた。
美味しそうな湯気が立っていて、とてもいい匂いがする。
「いただきます」
俺たちはそう言って、ハンバーグを食べ始めた。
・・・・っ?!
あの頃食べたハンバーグよりも、ずっと美味しくなっている。
変わらない味だとばかり思っていたのに、いつの間にこんな美味しくなったんだ?
青野も美味しいと言って、驚愕しながらむしゃむしゃ食べている。
こんな美味しく作れるまで、練習を重ねたりしてきたんだろうな。
そう思うと、俺も海外研修をして頑張らなきゃいけないと思った。
「神宮寺くんも、このくらい腕を磨いて来てね。
私、帰ってくるまであのお店で頑張るから。
だから神宮寺くんも、気を付けて頑張ってきてよね!」
海外研修の話を青野がし始め、彼も賛成してくれた。
実は、彼もあの後何度か海外へ勉強しに行ったと話してくれた。
海外研修では、日本で学べない技術が揃っているから、学ぶべきことが多いと言われた。
近々、飛行機に乗って海外へと飛び立つ。
なんとなく、青野が寂しそうにしている顔が気になった。
俺が研修に行くことを、本当はよく思ってくれていないのかもしれない。
それでも、俺は頑張りたいんだ・・・最初から。