尚原が昇格したことによって、俺と保泉は従う立場になった。
今まで同じ立場で仕事をしていたはずが、いつの間にか尚原に抜かされてしまった。
だが、不思議と焦燥感なんかなくて相変わらずだった。
昔から向上心の無い俺は、他人に抜かされても平気だったんだ。
別に一番になりたいわけでもないし、誰かに褒めてもらいたいわけでもない。
争うつもりもないし、プライドだってそんなに持ち合わせていない。
だからまったく気にしていないが、保泉はどうやら違うようだ。
尚原が昇格したことにより、何だか様子がおかしくなってしまった。
余裕がないと言うか、別人のようになってしまったというか。
「保泉くん、君は度々ミスしているようだがやる気がないのかね?
君からはやる気を全く感じない、ミスばかりして学習しないじゃないか!」
「も、申し訳ございません・・・」
「君は降格させるから、覚悟しておくように!」
「待ってください、頑張りますからっ!!」
そう言って、保泉が部長の行く手を阻む。
保泉は必死に何度も頼み込んでいる。
確かに最近になってから、毎日のようにミスばかり繰り返している。
さすがにもう見過ごせなくなったんだろうな。
目に余ってしまって、降格することが決まってしまったんだ。
保泉の願いも空しく、部長が去ってしまった。
聞き入れてもらえるはずがないか・・・降格させられるという事は、俺より下になってしまうという事だから、尚原に指示されることが多くなるという事だ。
それは保泉にとって屈辱的なことで、尚原もやりにくいだろうな・・・。
俺も正直見ているのがつらい。
「海老原、今日パチンコ屋へ行かないか?」
「いいけど、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。
むしゃくしゃしてるから、パチンコでもやんなきゃやってらんねーよ!」
珍しく保泉が荒れている。
確かにやってられないかもしれないな。
何かと嫌なことを多く抱え込んでいるから、現実から目をそらしたいのかもしれない。
パチンコはスカッとするが、負けてしまうとイライラが増してしまう。
だからこそ、パチンコはストレス発散に向いていない。
勝てれば解消されるんだけどな。
でも、今日は俺そんなにイライラしてないから、落ち着いてパチンコが出来そうだ。
感情的になってしまったら、勝てるものも勝てないかもしれない。
それから仕事をしていくが、尚原が保泉に仕事を与えて保泉が従っている。
本当に見ているのがつらいくらいだ。
「保泉、この資料の作成を頼む」
「・・・・はい」
不服そうに返事をする保泉。
その返事を聞いて尚原が気まずそうにしている。
もし俺だったとしても、気まずく感じてしまうから無理もない。
周囲もあまり二人に目を合わせないように、仕事をしている。
誰だって巻き込まれたくないと思うはずだからな。
この立場で二人の友人関係にヒビが入ってしまったような気がする。
仕事を終えて、俺は帰り支度を始めた。
保泉と一緒にパチンコへと向かっていく。
手持ちに5千円しか入っていなくて、俺は消費者金融に連絡を入れた。
「あの、20万円借りたいんですけど・・・」
『申し訳ございませんが、ご返済をしていただかなければお借入はちょっと・・・。
先にご返済の方を宜しくお願い致します』
そう言われて俺は何も言えず、電話を切ってしまった。
一か所断られたからと言って、すぐに諦める俺ではない。
他の消費者金融にも電話をかけて頼み込むが、総量規制に引っ掛かってしまい、もう借入は出来ませんと断られ続けてしまった。
そうか・・・とうとう俺も借入が出来なくなったのか・・・。
結局気が付けば、借金が800万円を超えてしまっている状態だと聞かされた。
さらに100万円上乗せになっている事に気が付いて、少し危機感が出始めてきた。
尚原の言う通り、このままじゃヤバいことになるかもしれないな・・・。
そもそも俺は本当にギャンブルをやめたいと思っているのだろうか?
それとも言葉だけで、本当はやめる気なんかないんだろうか?
何とも言えないから、なおのこと行動しづらい。
「じゃあ、後で集合しようぜ!」
「ああ、わかった!」
保泉が張り切って、自分の気に入ったパチンコ台を探し始める。
俺よりも借金しているのに大丈夫なのか?
自分の事を棚に上げて人の心配をしているなんて、バカバカしいだろうか。
本来なら自分の事を真っ先に考えなければいけないと言うのに。
俺も気になるパチンコ台を見つけて、5千円全てつぎ込んでしまった。
この間だって勝てたんだから、今回だって勝てるに決まってる!!
そう思いながらパチンコを始めていく。
ジャラジャラ銀色の玉が流れていき、それでもあたる気配がまったくない。
どうなっているんだ・・・この間はこのあたりでヒットしたって言うのに!
ギャンブルはいつも諦めた時に限って、勝ったりするからやめられないんだ。
まるで神様が仕組んだかのような感じになるから、やめられないんだ。
「くそ・・、またかよッ!!」
俺はパチンコ台を思い切り殴り、俯いた。
これが全財産だったっていうのに・・・何なんだよッ!!
俺はパチンコに向いていないのか?
もしかして、競馬だったら勝つことが出来るのだろうか?
今度は競馬を始めてみようかと思ったが、もう消費者金融は利用出来ない。
銀行は規制がないから借入できるが、審査が厳しいと聞いたことがある。
それに今の俺はすでに800万円の借金があるから、銀行の審査に通れるとはとても思えない。
これをきっかけに返済すればいいのだが、気が乗らない。
気が乗らないと言うか、返済する意欲が全くないと言った方が正しいかもな。
結局今日は5千円負けてしまった・・・。
保泉はどうしただろうか・・・待ち合わせの場所へ向かった。
パチンコ屋の中を歩き回って保泉を探すのは大変だから、おとなしく待つことに。
しばらくして、保泉が戻ってきたが何だか元気がなかった。
保泉も負けたんだな・・・顔を見れば一発でわかる。
二人して負けるなんて、本当ツイてない・・・二人して不幸じゃないか。
「海老原も負けたのか・・・。
ホント俺達ってダメな奴だよなー・・・」
俺達って、俺はまだそこまで落ちぶれちゃいない。
毎回毎回、保泉は“俺たち”と俺を含めた言い方をする。
実はこの際だから言うが、その言い方にイラつきを感じている。
なぜ俺も含めたような言い方を言うのか、ずっと気になっていた。
保泉は嘲笑いながら、まだ話している。
「俺達ってさ、仕事もまともに出来ないで降格させられて終わるのかもなー。
借金もまともに返せなくてさ、お前が仲間で良かったぜ」
「お前さ、どうして俺達って俺を含めた言い方をするんだ。
俺とお前は借金の金額が違うし、降格させられたのもお前だけじゃないか。
いつもいつも一緒にするなよ」
「なんだよ、お前だって借金してることに変わりはねーだろ!
自分は違いますって顔してんじゃねーよ、ムカつくんだよ!!
俺が降格させられて本当は笑ってんだろ?!」
「ムカつくのはお互い様だろ!
俺はお前とは違うんだよ、2000万の借金して降格させられて。
それってただのダメ人間じゃないか!」
俺は一度も仲間だと思った事は無い。
もっと言えば、もともと保泉は尚原の友人だったんだ。
俺も尚原とは友人で紹介されて仲良くしていただけで、仲間だとは思っていなかった。
確かに借金していることに変わりないかもしれない。
だけど、金額の差が違う事は大きな違いだと思うんだよな。
別に降格させられたことを笑っていないし、笑うほど面白い事でもない。
ただ、純粋にかわいそうだなと思っただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
被害妄想するのもいい加減にしろよな!
俺が言い返すと、保泉がその場で暴れ始めた。
このままだと店側に迷惑がかかると思い、俺は外に出た。
俺の後を追ってくる保泉。
「逃げんのかよッ!!」
「逃げてねーよ!
あのままじゃ店に迷惑がかかるだろうが!!」
言い争いが続き、保泉が俺に掴みかかってきた。
先に手を出したのは保泉の方だ。
周囲に目撃者もいるから、何かあっても大丈夫だろう。
保泉は完全に興奮状態になり、血走った眼をして俺を睨み付けている。
あいにくだが、そんな眼をされたって怖くもなんともない。
俺はもっと怖い眼を知っているから。
「殴りたいなら殴れよ。
その代わり、俺を殴ったら暴行罪で訴えてやるからな!
その覚悟がお前にあるのか?」
「!」
俺は何も手出しをしていない。
保泉が俺を殴れば、それは暴行罪として成立することになる。
そうすればまた金を用意したりしなければいけない。
消費者金融から借入出来ないから、その手段がなくなってしまう。
すると、保泉が俺の胸倉から手を離した。
「お前とは絶交だ!!」
そう言い捨てて、保泉が逃げるかのように去って行った。
絶交も何も好きにすればいい、俺にはもうどうでもいいことなのだから。