複数の金融機関からカードローンやキャッシングをしてしまい、その返済に追われている毎日。
このままでは本当に自己破産宣告をすることになってしまう。
そのことを尚原に話したら、おまとめローンと言うものを紹介されて申し込むことにした。
これは、複数あるローンを一本化にすることが出来るもので、返済日も月一だし金利手数料の重複支払いもなくなるから、少し余裕が出てきた。
それに総返済額も少しだけ減って、ストレスもなくなった気がする。
おまとめローンの審査は少々厳しかったが、何とか通ることが出来た。
ただ、給料を返済に回しているから普段の生活は貯金を崩して送っている。
「海老原、ちゃんと貯金してたんだな?
ギャンブルに全部使っていたのかと思っていた」
「尚原が貯金してるって前に話してたろ?
だから一時期貯金していたんだよ」
今は昼休みで、俺と尚原は会社近くの洋食屋で昼食を共にしていた。
貯金を崩して生活しているから、贅沢は出来ないが昼くらいしっかり食べたい。
少しずつ精神的にも余裕が出てきたような気がするんだ。
尚原は相変わらず仕事が出来るし、上司や周囲からの信頼も厚い。
本当に尊敬できる人物だと言える。
俺もいつかは尚原のようなしっかりした人物になれたらいいと思う。
今はまだまだ未熟だが、これからは成長していけるようにしていきたい。
尚原に言ったら笑われるんだろうな。
「海老原、今度で構わないから実家に一度帰ったらどうだ?
少しずつギャンブルをやめれば、会ってもイラついたりしないだろう?」
「そうだな・・・もうずっと帰ってないから帰ってみるか。
だけど、もう少ししたらにするよ。
今はまだ完璧に克服したわけじゃないし、借金だって返済できてないからさ」
「そうか・・・何かあったらいつでも相談に乗るからな。
絶対に一人で抱え込んだりするなよ」
「ああ、わかってる。
ありがとな、尚原」
誰かに相談したりできるっていうのが、こんなに身を軽くするなんて知らなかった。
今までは関係ないと思っていたが、心配してくれる人もいるんだな・・・。
実家に帰るのは、もう少し落ち着いてからがいい。
ちゃんとギャンブル依存症を克服して、借金も今の半分くらいに減らしてから帰りたい。
なるべく心配なんかさせたくないからな。
それに何年も空き過ぎて、どんな話をしたらいいのかわからないというのもある。
今まで連絡が来てもずっと無視し続けてきてしまったから、向こうも良く思ってないかもしれないな・・・。
特に菜月は会いたくないと思っているかもしれない。
そう思うと、何だか考えてしまう。
「海老原なら大丈夫だ、きっと克服できるはず」
尚原に言われると不思議とそんなような気がしてくる。
とにかく、今は少しずつどうにかしていかないといけないな・・・。
貯金を崩しているから、いつかはこの貯金も底を尽きてしまう。
今よりももっと働いて稼がないとまずいかもしれないな。
残業を出来るだけして帰るとか、誰かの仕事を手伝うとかしたほうがいいかもしれない。
俺は尚原と駅で別れて、自宅へと向かった。
自宅へ向かう途中、何度もパチンコ屋の看板が見えてそのまま向かいそうになった。
だけど、それは良くないと思いとどまって自宅へと到着した。
「ただいま・・・」
誰も居ないのにそう言って、靴を脱ぐ。
真っ暗だった部屋に灯りをともして、テレビをつける。
冷蔵庫からウーロン茶を取り出して、グラスへと注いでいく。
そのまま飲み干して、大きく息を吐いた。
明日からまた頑張らないといけないな。
何か副業を始めようと思ったが、何を始めたらいいのかわからない。
FXを始めている人も多いとは聞くが、負けてしまえば損失を出してしまう。
それに、これはギャンブルみたいで何だか気が引けてしまう。
俺は風呂に入り、今日の疲れをゆっくりとっていく。
そして着替えてベッドへバタンと倒れこんだ。
何だろうな・・・前よりも生きてるって感じがする。
その時、俺の携帯電話が鳴り確認すると相手は菜月だった。
「もしもし」
『あ、お兄ちゃん、やっと出てくれた!
今まで何回電話したと思ってるの?!』
菜月が俺に向かって怒鳴る。
無理もないよな、今までことごとく無視し続けてきたのだから。
仕方ないと思い、俺は菜月が話し終わるまでおとなしく待つことにした。
言いたいことを全て言ったのか、菜月が苦しそうに息をしている。
それにしても、一体何の用があって連絡してきたのだろうか?
俺が黙っていると、菜月が口を開いた。
『お兄ちゃん、お願いだから・・・もうギャンブルしないで。
これ以上、借金が増えたらお兄ちゃんが苦しんじゃうんだよ?』
「ああ、わかってるって。
だから今克服してる最中なんだ」
『本当?信じていいの?』
「ああ、信じていいよ」
まさに、今ギャンブル依存症を克服している最中だ。
それは嘘じゃないし、借金返済だってし始めている。
本当に少しずつだけど、やるべきことをやっているところなんだ。
前途多難だが、それでも今回は頑張ってみようかと思いやっている。
俺がそう言うと、菜月が嬉しそうによかったと言った。
こんなに嬉しそうな菜月の声を聞くのは、何年振りだろうか?
元気そうで内心ほっとした。
そういや、菜月は彼氏とかいないのだろうか。
「菜月、お前彼氏いないのか?」
『な、なによ急に・・・いないよ!』
そうなのか・・・やっぱりいないのか。
彼氏がいれば菜月も幸せになれるんじゃないかと思ったんだが。
お袋の面倒を見てくれているからそんなこと言えないか・・・。
しばらく菜月と話して、実家に帰って来いと言われた。
やっぱりお袋も俺を心配しているらしい。
やるべきことが落ち着き次第、実家に帰るかな・・・。
電話を切り、俺は家族写真を取り出して眺めた。
幸せだった幼い頃の家族写真を見て、現在本当にバラバラになってしまったことを知る。
あの頃のように幸せな家族に戻ることなんて、きっと出来ないだろうな・・・。
「俺も親父みたいになんのかな・・・」
ずっとギャンブルを続けていれば、確実にそうなるだろうな。
だが、それだと保泉と一緒になってしまう。
それだけは絶対に避けたい。
そう色々考えているうちに、俺は深い眠りへと堕ちていった。
翌日、俺はいつも通りきっちり仕事をこなした。
その間にも、保泉はミスを重ねて周囲からの信頼も失い始めていた。
あのままじゃ、本当にヤバいだろうな・・・。
遠くの席から、尚原も保泉を見て不安そうな表情をしていた。
尚原は面倒見がいいから、きっと保泉のことが気になって仕方がないんだろうな。
俺は絶交されてしまったから、もう関係ないが。
結局、俺と保泉は上辺だけでしか付き合っていなかったのかもしれないな。
紹介してくれた尚原には申し訳ないが、今後あいつと関わることは二度とないだろう。
「海老原、今夜残業に付き合ってくれないか?」
「ああ、構わない」
「保泉に頼んだら断られた」
そうか、保泉の事を気にして声をかけてみたものの、フラれてしまったらしい。
俺は特に予定がないから、残業を引き受けた。
稼ぎたいと思っているから、都合がいい。
自分の仕事を片付けつつも、尚原に頼まれた仕事も進めていく。
残業すると言っても、尚原にだって何か用事があるかもしれないからな。
こういうのは早く進めておくのに限る。
「本当に申し訳ございませんっ!!
今からとってきます・・・ッ」
「いや、もう間に合わないからいい。
何とかするしかないな・・・」
尚原と女子社員が話しているが、不穏空気になっている。
会議で必要になる書類を任されていた女子社員が、持ち帰り自宅に忘れたのだとか。
また、とんでもないことをやらかしてくれたものだ。
俺は、尚原の席に座りパソコンを確認していく。
会議で使う資料ってこれじゃないか?
俺は急いで一枚ずつ見直していき、誤字脱字を修正してプリントし始めた。
「海老原、何を・・・!」
「これ、修復急いでコピーすれば間に合うかもしれない。
俺が準備してやるから、尚原は他の準備を進めろ」
そう言って、互いに分担をして会議に必要なものを準備していく。
会議の時間ぎりぎりになって、それでもコピーが間に合わない。
頼む、どうにか間に合ってくれ!
いつもしっかり仕事をしている尚原に必要なものなんだよ・・・!
そう強く願った瞬間、全てのコピーが終わりまとめて尚原に渡した。
「すまない、海老原!
この借りは必ず返す!!」
どうやら尚原は会議に間に合ったようだ。
俺も尚原にしてやれることがあるんだ・・・今後もこんな風に役に立てればいいのだが。